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縄文文化の聖地3

2010年1月1日、神長官守矢史料館。

パンフレットによると年末年始は休館日のはずである。が、この日は開いてました。

今回2回目の訪問ですが、前回は時間が遅くて閉まっていました。

今回も元旦と言うことで、また外観だけ見て帰ろうと思っていたところ何たる幸運。

早速100円払って中に入ります。

前にも書きましたがこの建物、藤森照信氏が設計されております。

藤森氏の出身地はここ茅野市の高部でありまさにこの近所です。そして守矢家とも親戚関係に

あるとか。

そんなご縁で茅野市より建築設計の依頼があったそうです。

藤森氏の建築物を見てみるとやはり自然素材をうまく取り入れた建物が多い。

守矢史料館からもう少し奥に(山側)に行くと、「高過庵」というツリーハウスがあります。

今回は見れませんでしたが、写真で見る限りこの史料館をミニチュアにして樹の上に据え付けた感じ。

背後の山に溶け込んでいるようです。

こんな感性の中にやはり縄文のDNAが息づいているのかもしれない。

現代の建築理論を生かしながら、その設計思想はより自然に近いもの、原始的なものへ、

よりプリミティヴな方向へと向かっていく。

日本をはじめ、世界中の建築物を見てこられた藤森氏ですが、最近どんどんより原始的なものへと

興味が向かっていると言ってます。

たとえば自然の石だけを使った家とか、洞窟のようなものとかに。

話がそれたので、また史料館に戻ります。

イメージ 1

一階はおおきいドアを入り吹き抜けのホールになったメイン展示場。この鉄製のドアノブも階段の

手摺も、藤森氏会心の作品です。

その奥にガラスショウケースに陳列された史料がある小さな部屋がある。

そしてメインホール横の通路から入るトイレ、これだけです。

会議室のようなのもありますが普通は入れません。

また階段もあるが、2階にはいけなくなっている。


問題のメインホールです。

イメージ 2

特に解説はしませんが、これは守矢家が司る儀式の中でも重要な位置を占める「御頭祭」の

貢物を表したものであります。

神様への生贄でしょうか。

イメージ 3

鹿や猪、兎に魚、鹿や兎の脳みそと肉をあえたもの。まさにご馳走の数々。

狩猟採集民族である縄文人の儀式と言っていいと思う。

そして弥生時代から中世近世を経て現代に至るなかで、密やかに、政治的圧力や宗教的弾圧をかいくぐり

ながら、この地に御頭祭などの儀式を残してきた民衆がいる。

そして今も「御頭祭」は行われています。

古来、貢物である鹿の頭は75頭ぶんであったそうだが、現在は3〜4頭になり、冷凍保存された

鹿肉が供えられているようだ。

守矢山山麓に広がる諏訪大社上社前宮と本宮、神長官守矢家、諏訪湖対岸には八ヶ岳や蓼科山。

旧石器時代から縄文時代の遺跡の数々。

黒曜石が産出する鷹山や和田峠、麦草峠。

諏訪湖から流れ出る唯一つの川、天竜川は太平洋へとつながっている。

はるか伊豆沖の島々からこの地で取れた黒曜石が発見されている現実。

まさに縄文文化の聖地と呼ぶにふさわしい土地である。

史料館後ろのみしゃぐじ神の社には、みかんらと共に黒曜石が供えられていた。

縄文文化の聖地2

神長官守矢史料館の裏手は少し高台になっており、そのまま山へとつづいていますが、

史料館からすぐのところに石垣に囲まれた社が建てられている。

イメージ 1

カヤの樹やカジの樹が植えられたその一角は四隅に木の柱が立てられている。

いわゆる「御柱」といわれているものである。

諏訪の町は御柱と共にあると言っても過言ではないだろう。

近世の御柱はもちろん諏訪大社の木落しで有名な祭りである。

7年に一度おこなわれる歴史ある祭りであるが、今年はその年に当たっていて、春ごろには

御柱一色になると言われている。

その御柱が社の四隅を取り囲んで立てられている。

またこの一角の中にはもっと小さな祠が2つあるが、その祠の周りにもご丁寧に御柱が立てられているの

である。

イメージ 2

この小さな敷地の中に、大小合計12本の御柱が立っているのである。

そして一番重要なこの社に祭られている祭神は、みさく神(みしゃぐじ)と呼ばれる

謎の神様なのである。

この神様は調べれば調べるほど複雑になっていく神様でありなかなかその正体を現してくれない。

少し調べただけでも、御左口神、みさく神、みしゃぐじ神、御社宮司神、と表記の仕方も

いろいろである。

わかっていることは、このみしゃぐじ神は神長官守矢家が代々仕えてきた神様であると言うことである。

そして諏訪地方のほとんどの神社はこのみしゃぐじ神を祭っていると言うことである。

もちろん裏の顔のことであり、表の顔は建御名方命である。

守矢家の裏にあるみしゃぐじ神の社の後方には古墳時代終末期の古墳があり、そのずーっと後方には

守屋山(守矢山)が控えている。

守矢山は諏訪大社上社前宮のご神体であるといわれている。

山には巨岩がありその岩が神の寄り付く聖なるイワクラとされる。

今、私が住む町も三輪山というご神体に見下ろされている。

三輪神社のご神体の三輪山、守矢山をご神体とする諏訪大社、そして同じ注連縄の形式を持つ

出雲大社、いずれも古代から現代まで連綿と続く歴史を背負ってきたところであり、その根本は

やはり原始信仰、アニミズムにつながる自然崇拝なのである。

21世紀のこの時代に、神長官守矢家という縄文人にもつながる系譜を持つ一族が存在している

のである。

イメージ 3

縄文文化の聖地

長野県茅野市宮川と言うところ、諏訪湖の南東から中央高速諏訪ICを越えたあたりに

神長官守矢史料館なる建物がある。

イメージ 1

まずこの建物、鉄筋コンクリートなのだが外観はちょっと変わっている。

わらを混ぜ込んだ土壁とさわらと言う木を薄く裂いた板で囲い、薄い平石を葺いて大屋根とし、

その屋根に地元のミネゾウと言う樹が4本突き出ている。

中は2階建てで入ってすぐ階段があるが、一般には登ることは出来ない。

設計者は、昨今のレトロ建築や洋館ブームの立役者と言っていい、藤森照信氏。

路上観察学会や建築探偵でおなじみになった方である。

そしてここは藤森氏の建築家としての第一号作品になった。

自然素材をふんだんに使用したこじんまりとした良い建物である。

建築の苦労は著書「タンポポハウスができるまで」に詳しく書かれている。

イメージ 2


しかしこの地には、建物と比較しうることのない深くて長〜い歴史がつまっているのである。
我輩はたまである。

和歌山の貴志駅と言う片田舎のローカル線の駅でのんびり自由に暮らしていたのである。

イメージ 1

ところが、いつの間にやら、我輩目当てにどんどん客がやってきて、おさわりしたり、

写真を撮りまくったり、寝てるのを起こされたり、傍若無人な振る舞いを受けてるのである。

イメージ 2

帽子にまんと、挙句の果てに駅長室なる牢屋同然の囲いの中に押し込められ、完全に

自由を奪われたのである。

日曜以外の毎日は、朝から夕方まで、写メールやカメラのフラッシュで目が疲れるのである。

たしか、フラッシュは禁止と書かれているのに、おばはんには通用しないのである。

イメージ 3

イメージ 4

あぁ、電車までこんなことになって・・・。


親会社と飼い主が、儲かってるとかいないとか、我輩には何の関係も無いのである。

夕方5時の勤務時間明けはさすがにストレスがたまりまくっているのである。

イメージ 5

だんだん目つきが険しくなってくるのは、あたしのセイデハナイのである。
はよ飯食わさんかい!!

イメージ 6

あぁ、今日も疲れたにゃぁ。



と言いつつ、写真を撮りに行った我を許したまえ。

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天王寺でタイ。

昨日大阪は天王寺の公園で行われたタイフェスティバル2009に行ってきました。

40を超えるタイフードの屋台やチャーンやシンハーでおなじみのタイビールのコーナーやらが

ひしめく素敵なイベントでした。

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しかしそれ以上にインパクトがあったのは、なんといっても

SWEET VACATION

と言う、日タイ混合ユニットでありましょう。

というか、このタイの女子大生その名もMAYちゃん。

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容姿端麗、しかも大変な才媛と言うじゃあーりませんか。

参りました。

イメージ 3

小さくてよーわからん?

ほんで曲の方は??




すばらしい!!

良い!

タイ庶民の味、牛肉ラーメンを食ってこの場を去りました。

イメージ 4

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