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前回の桜井茶臼山古墳に引き続き、考古学シリーズ第2弾は、泣く子も黙る 「纒向遺跡」です。 11月14日と15日に行われている現地説明会に行ってきました。 14日は朝までかなり雨が降ったせいで中止かなとも思いましたが、何とか雨も上がり 開催されました。なんせ全国から来られてますんで簡単に中止は出来んのです。 そのせいか幾分人の出足は遅いようで、一回目の説明は割とゆっくり見れました。 しかし何ゆえこの遺跡がこれだけ脚光を浴びているのかと言いますと、 あの、例の、そう、邪馬台国なんです。 そう、 卑弥呼〜。 なんてもちろん断定はできませんが、 可能性があるらしいんですね。 詳しいことは完全にすっ飛ばしますが、(よ〜わからんし) とにかく学者さんによっては、九州説にとどめを刺す大発見じゃ〜、なんて方も・・・。 当日現地に来ていた桜井市長なんかも、邪馬台国はここやぁなんて言っとりました。 ただ、実際に発掘を担当した技師さんは、「だったらいいなぁ」くらいの乗りで止めておられましたが。 技師さんも言っておられましたが、今回の発掘で一番の成果は、複数の建物跡が、東西の軸に沿って きっちり一列に並んでいることなんです。 方位軸に沿って複数の建物跡がきっちりと一列に並んでいる日本最古の例が、ここなんです。 しかも東西軸って言うのがまた泣かせます。 黄色い円柱が柱の跡を表している。 復元模型を当てはめるとこんな感じです。大型の高床式住居です。 卑弥呼の家か? このあたりの古代信仰にある三輪山から二上山にかけてが東西に並んでいるもんで つい太陽信仰なんてものにも思いを馳せてしまいます。 まだまだ全体の5%ほどしか発掘出来てない遺跡の今後を見守りたいと思います。 帰りにはもうこんな人だかりが。右手に見えるのが、山全体が御神体の三輪山です。 俳優の苅谷俊介氏も20年前からこの地にたずさわっておられます。(右端) 見つかると作業中でもこんな感じに。 遺物も展示されています。 後ろの住宅街は「卑弥呼の里」なんて言って分譲中。 すぐ近くの箸墓古墳です。ここに眠っているのは果たして・・・。
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路上観察記
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全国数百万?の考古学マニアの皆様、待望の奈良県にある桜井茶臼山古墳の地元向け 現地見学会に行ってきました。 明日からはじまるほんとの現地見学会に先立って行われました説明会です。 桜井市はあの邪馬台国があったといわれている所で、卑弥呼の墓だとされている 箸墓古墳がある地でもあります。 そしてこの古墳ですが、箸墓古墳より少し小さいですが、それでも全長が200mの 前方後円墳で、3世紀後半頃の築造とされています。 この時代の大型前方後円墳にしてはめずらしく、宮内庁に管理されてない為、 発掘が出来る貴重な古墳でもあります。 戦後すぐに一度発掘されており、竪穴式石室と木棺の一部が確認されているそうです。 今回はその石室の再調査と、木棺を取り出して保存処理を行う為、60年ぶりに再発掘が行われました。 なんと言っても今回のこの古墳、その丁寧な作りが目を引きます。 古墳時代前期の大型墳墓の石室が見られることはほとんどないと思いますが、 例えば、石舞台古墳や條ウル神古墳のような巨石を組んで作られたものとは明らかに 違う丁寧な作り方をしております。 またもう一つすごかったのが、石室内部にはっきり残る朱色が見られることです。 大量に使用されたと思われる水銀朱が、天上石はじめ周囲の葺き石にはっきり残っています。 こんなのなかなか見れませんぜ。 木棺はすでに取り出されていますし、副葬物である鏡や玉類もあったらしいですが、 ばらばらに壊されてたそうで今回は見れませんでした。 古墳時代前期の間違いなく大王級の被葬者が誰かわかりませんが、見に行って損のない 最古の古墳でしょう。 現地見学会は29日から31日の3日間、午前10時から行われます。 ただしかなりの行列になることでしょうね。
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さて、南木曾町の福沢桃介記念館から木曽川を下って(そんなわけゃあない) 貞奴なる人物を調べに名古屋の大都会まで出てまいりました。 川上貞奴とは、明治4年に東京日本橋に生まれ16で芸姑になり19で演劇家の川上音二郎と結婚。 川上一座のアメリカ巡業で舞台に立つ。「日本の女優第一号」として名をはせヨーロッパにも進出。 マダム貞奴として有名になる。 このころから例の福沢桃介とお知り合いになりいい仲へとならはります。 桃介は福沢諭吉の次女の婿であり、貞奴もまだ川上音二郎の妻であったので俗に言う不倫という 奴やったんでしょう。 音二郎の死後、女優を引退した貞奴は晴れて桃介の事業パートナーとして行動を供にしはじめます。 名古屋市東区東二葉町の約2000坪の敷地に和洋折衷の豪華な屋敷を建て、二人で住み始めます。 これが「二葉御殿」と呼ばれ、サロンとして利用されておりました。 その後、平成17年に東区撞木町に移築、復元され「文化のみち二葉館」として公開されています。 ステンドグラスが多用された和洋折衷の建築で、日本初の住宅専門会社「あめりか屋」が設計して おります。 内部は、貞奴の生活の様子がわかるように当時の調度品なども再現展示してあります。 立派な2階への階段。 当時のままのソファーなどもあります。なかなかの座り心地でした。 このステンドグラスの色が最高によかったです。 その他にも昔のままの電気配線とか壁の塗り方が良くわかるように説明されていてなかなか よかったです。 またこの周辺は文化のみちエリアとして他にも、色んな建築物が点在しておりましてレトロ建築ファン にはたまらない場所のひとつになります。 最後に、この二葉館はあくまで「旧川上貞奴邸」であります。 桃介邸ではありません。 |
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長野県木曽郡南木曾町。JR中央線南木曽駅を降りてすぐ、木曽川に対面して右手に でかい吊橋がみえます。 大正11年に福沢桃介が読書発電所建設の資材を運ぶ為作らせた全長247mの吊橋ですが、 その吊橋の下流側すぐのところに橋を見渡せるように瀟洒な洋館があります。 大洞山荘と呼ばれたこの洋館は、木曽の電力王、福沢桃介が大正8年に電力会社の社宅兼自らの 住居として建てた豪華な洋風建築でした。 建築された当時は他にも社宅や池などが配置され、広い敷地に建てられていたようだが、 現在は母屋が残るのみの少しさびしい光景になっていて、福沢桃介記念館として公開されています。 また、昭和35年の火事の為、2階部分が消失してしまい平成9年に復元されています。 それでも石作りの階段から中2階の玄関にあがるところなど、とてもすばらしいものです。 玄関横のサンルーム。 本格的なマントルピースやシャワー室を備えた内部には、桃介とパートナーである貞奴の 記念品や資料が展示されています。 貞奴とは? 続きはその2へ。
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先日、京都北山にあるコンサートホールに行って来ました。 ここはクラシック専門のホールとなっております。大ホールと小ホールの2つの ホールからなる施設は、京都市交響楽団のホームグランドにもなっております。 ほんでなんでこんなところに行ったかと言いますと、身内が3年ほど前から、みやこフィルハーモニック チャリティーコンサートとやらに出演、と言っても合唱隊みたいなもんですが、なさっていまして 一回くらいは見てやらんとあかんかなぁ、と思いまして行ってきました。 このコンサートは今年で14回目になるチャリティーコンサートです。阪神淡路大震災の被害で 遺児になった子の為、その年に生まれた子が二十歳になるまで演奏を続けると言う活動であります。 20回まで行うと言うことは、あと6回続けられると言うことですね。 演目は、今年没後200年をむかえるハイドンのオラトリオ、「天地創造」です。が 当然今まで聴いたこともなく、私には難解な曲でした。 ただこのようなホールで、クラシック音楽を聴くこと自体初めてだったので、なかなかおもしろく 病み付きになりそうですね。 ところでこのコンサートホール、1995年に磯崎新が設計しております。 巨大な円筒の建物とコンサート会場部分の長方形の組み合わせが外観の特徴になっています。 日が落ちてから行った為、全体の写真は撮れませんでした。 内部は先ほどの円筒形の部分が、吹き抜けでらせん状の長い廊下になっており、 2階のコンサートホール入り口に繋がって行きます。 廊下の壁には、今までこのホールに出演してきた指揮者の写真がたくさん貼られています。 ちょっと長い距離ですが、いやがうえにも気分が盛り上がるような設計になっています。 ホール内に入るとまず天井の意匠に驚かされます。 私は2階の舞台に近い席で見ましたが、とにかく天井に見とれてしまいました。 このスピーカーのような突起物がこのホールの音響を支える大きな役割を持っています。 帰って調べますと、この突起物は全部で15種類ありそれぞれ大きさ形が異なります。 それらを色んなパターンで組み合わせることによって、最適な音響効果を生み出しているそうです。 フラクタル理論やf分の一理論なんて言うそうですが、これはちょっとわからんです。 とにかく見た目迫力がありきれいです。 あと巨大なパイプオルガンも有名でしょう。 また来たくなるいいホールでした。 ちなみにこの北山周辺には著名な建築家の作品が多いのですが、とくに地下鉄北山駅付近には この磯崎をはじめ安藤忠雄、そして高松伸の作品が50メートル以内にあり、3つ同時に 見物できるという、建築ファンにはたまらん場所であります。
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