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今回の「絆」プロジェクト:こどもたち支援活動(宮城)で強く感じたことは、被災地の津波後の想像を絶する景色の中でも、そこにたくさん輝いている命があるということです。

自然は、何事もなかったように脈々と生き、人間も途方もない犠牲がありましたが、それでもたくさんの人たちが助かりました。でも、家を失い、家族を失い、仕事を失い・・・・・・まさにこれ以上の不幸がない状況に追い詰められた方もいます。

避難場所でその何人の方とお話ができました。
どんな慰めの言葉も失います。
「それでも生きてください!」・・・・・とてもそんな簡単な言葉も言えませんでした。

これ以上にない困難な状況でも、人間は生きなくてはならない理由とは何だろう。
自分だったら、どうするのか・・・・・まったくその答えが見つかりません。

これまで、人間が生まれてきた理由は「自分以外の誰かの役に立つために生まれてきた」と、後輩たちに話してきました。でも、今は「人間が生まれてきたのは、自分自身のために・・・自分が精いっぱい生きるために、人間は生まれてきた」・・・ような気がしています。

被害が甚大だった石巻沿岸沿いのガレキの中を歩いた時、子供靴の片方・アルバム・表札・・・・・その持ち主が生きた証が目の前にたくさんありました。突然、亡くなった方々の無念の声が聞こえるようで、思わず立ち止まり息をのみました。

海側は太陽が降り注ぎ美しく輝いている・・・・・
陸側は凄まじい津波の痕跡・・・・・・
とても同じ場所・・・・・この世のものとは思えません。

東京に戻って、このガレキの中を歩くシーンを何度も夢で見ました。
初日は、無音でした。
2日目は、海の静かな波の音が聞こえた気がしました。
3日目は、渋谷の交差点前のような「ざわざわする音」のようでした。

そして、昨夜女性の声で・・・・・「こどもたちのために遠くから来てくれて、東京の人、ありがとう・・・」
おもわず、目が覚めました。
目が覚めて・・・「えっ!?宮城ってアクセントが東京と同じなんだな」・・・・なんて思っているのです。

私は、死後の世界も霊も信じていません。人間死ねば灰になり土にかえって終わり・・・です。
でも、不思議なことも否定はしません。

寝ぼけてたかもしれませんが・・・・・実際、拠点の仙台まで長時間運転し、翌朝そこから石巻までまた数時間運転したので、「遠いよなぁ・・・」と、思ったのも事実なので、自分の潜在意識に「遠くまで来たな」がインプットされていたのかもしれません。

でも、この夢はこれからの「絆」プロジェクトで、こどもたち支援を長く活動していく、私自身の心の支えになったような気がしています。

宮城支援活動中、「絆」プロジェクトをご支援・応援してくださる方々からのメッセージで、どれだけパワーを頂いたかわかりません。実際、私は大したことはやってないので申し訳ない気持ちでしたが、日本にはたくさんの強くて優しい人がいることがわかり嬉しくなりました。

本当にみなさん、ありがとうございました!

これからも未来児の応援を末永く、よろしくお願いします。
「絆」プロジェクトは、2030年まで活動します。

「絆」プロジェクト

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