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タイトルも新たに、1年ぶりですが、まずは過去の記事を整理しなきゃ

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フリーメイソンの改革者クニッゲの登場


アドルフ・フォン・クニッゲ(Adolph Freiherr v. Knigges)男爵が1780年1月にイルミナティ結社に加わると、組織的な大きな転換期を迎えることになる。1781年まではヴァイスハウプトがこの結社をイエズス会指導者のような役割を担っていて、組織の構造もイエズス会のに良く似たものであったそうだが、クニッゲの改革によって権力構造も変化がおきたのだ。

アドルフ・フライヘア・フォン・クニッゲ(Adolph Freiherr v. Knigges)
Freiherr(フライヘア)はドイツで使用された貴族の称号「男爵(バロン)」を少し丁寧にした呼称
イメージ 1

このクニッゲという人物はもともとあちらこちらのメイソン・ロッジ(主に北ドイツ)の会員で、ブラウンシュヴァイク(Braunschweig)、ヴォルフェンヴュッテル(Wolfenbuettel)やヴィルヘルムスバード(Wilhelmsbad)などで階級制度の改革などを断行してきた。

彼がフリーメイソンの階級制度改革を行うのはそれなりの背景があり、ヴァイスハウプトのイルミナティに参加したのにも理由があった。

フリーメイソンとドイツの関連について少し調べてみた。

フリーメイソンのはじまり


『近代』におけるフリーメイソンが公式に設立されたのは1717年だと言われている。1717年6月24日に、すでにある四つのロッジが合併し、ロンドンのコヴェントガーデンにあるアプルツリー・ターヴァンに集まってグランド・ロッジを形成したのがはじまりだ。

この日は今でも世界中のフリーメイソンにとって最高の祝日として位置づけられているという。ちなみにこの日は洗礼者ヨハネスの誕生日でもある。

『近代』という言葉を使ったのは、それまで石工職人のネットワークやギルドと言われる商人・手工業の団体は、ヨーロッパ各地に存在しておりロッジも数多く設立されており、フリーメイソン自体もそれ以前から存在していたと考えられるからだ。

1717年以前のフリーメイソンは、本当の意味で秘密結社的な存在であった。したがって、会員である事実を認めたり、ロッジでの集会について話題にする事さえ誓いへの冒涜とされていたそうだ。

その起源については諸説あり、カリオストロ男爵が力説したようにエジプト起源説やテンプル騎士団の流れを汲んでいるという説もある。

いずれにしても、近代フリーメイソンの『結社』として登場したのは、もともと石工職人やギルドにある『友愛(兄弟愛)』というのが、啓蒙哲学や宗教革命とあいまってより注目されはじめたことにも起因するだろう。

存在自体が公にされた理由はいろいろ考えられるが、おそらく秘密結社に対する取り締まりが厳しくなったことで、いっそのこと公開してしまい、反逆罪などという名目で摘発される前に、富裕層や貴族、王族なども取り込んでいくことで、そうした結社に対する弾圧から免れようとしたのかもしれない。

フリーメイソンの儀式の様子
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1717年以降、フランスやスコットランドでもロッジも公開の結社として世の中に姿をみせはじめる。

広がるという見方は少しおかしいかもしれない。諸説が示すように近代フリーメイソンには下地のネットワークになる母体がもともと存在していたと考えるのが妥当で、各地域でこれまで秘密にされてきた組織が公開され始めただけということになるかもしれない。

ドイツにおけるフリーメイソンの歴史


ドイツに注目してみると、1729年にターナス(Thuanus)という人物が辺境地(ザクセン地方)のグランド・マイスターに任命されたが、実際の活動に関する記録は残念ながら残されていない。その後1733年に11人のドイツ紳士がロンドンでフリーメイソンに受け入れられると、ハンブルクにロッジを設立するように依頼される。しかしながら、これも成功しなかったと言われている。

ようやく1737年12月6日にドイツのハンブルクに(近代)フリーメイソンのロッジが出来るが、最初のうちはロッジの名前もなく、ましてやグランド・ロッジという位置づけでもなかった。しかしその後1740年に第二の親方がロンドンのグランド・ロッジ・レジスターの番号108として登録され、1743年にようやく『Absalom(アブサロム)』という独自の名前が与えられた。

また、他方で1738年にはドレスデン地方にもロッジがルトウスキ伯爵によってロッジが設立され、その後二年間にさらに2つのロッジが設立されている。

1754年には確認される限りは19ものロッジがドイツに設立された。。。

ドイツ独自の発展 Strikte Observanz


当時のドイツでは、フリーメイソンは独自の発展を遂げる。Strikte Observanz(Rite of Strict Observance:厳守の騎士?)というイギリスの3段階からなるシンブル階級構造に比べて、複雑な階級構造をカール・ゴットヘルフ・フォン・フント(Karl Gotthelf von Hund)なる人物がドイツ全土に広めたからだ。

カール・ゴットヘルフ・フォン・フント(Karl Gotthelf von Hund)
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フントは、元々フランスでフリーメイソンとして受け入れられ、その後パリに滞在中にスコッティシュ・ライトの段位の中に受け入れられた。その際、彼は絶対服従の騎士(赤い羽根の騎士)に会いテンプル騎士団のフリーメイソンになったとか、ならなかったとか・・・。

いずれにしも、彼はフリーメイソンとテンプル騎士団を結びつけ、『未知なる上階位の存在』を説くとともに、スコッティシュ・ライトと似たような階級制度を導入しようとした。

スコッティシュ・ライトというのは、フリーメイソン関連の本や資料には必ずと言ってよいほど登場するのだが、これはフリーメイソンの、会派のようなもので、特徴的なのは「徒弟」、「職人」、「親方」の3位階からなるフリーメイソンの階級システムの上に、更に30位階をもうけて33の位階としてもので、発祥は実はフランスのボルドーとされている。

さて、フントが主張した『未知なる上階位の存在』といのは・・・


本当に未知だった・・・(笑。


誰も知らなかった・・・。


したがって、イルミナティがそのささやかな結成式を挙げた1776年、フントが突然亡くなると、彼の影響を受けたドイツのフリーメイソン社会は混乱に陥った。


「俺たちこれからどうすればいいんだろう・・・」

「いったい誰なんだよ。未知なる上階位の者って・・・」


しかし、フントが指導者と仰いだ『未知なる上階位』なる人物はついに現れなかった。

クニッゲ男爵 イルミナティ結社へ・・・


指導者を失ったドイツのフリーメイソン社会にあって、Strikte Observanzに従い改革を実践していたクニッゲにとって、イルミナティを組織したヴァイスハウプトとの出会いはまさに渡りに船だった。

クニッゲは北ドイツの会員勧誘を任されていた。彼の意気込みには並々ならぬものがあり、数多くの結社会員を獲得した。その中にはヴォルフガング・ゲーテヘルダーリンもいた。


ヴォルフガング・ゲーテ
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これは確かなようだ。


まぁ、不思議な事ではない。むしろ 陰謀論として論じるのであれば、怪しいのはヴァイスハウプトやイルミナティ結社ではなく、むしろヴォルフガング・ゲーテの方だ。(これについては いつかまた・・・)


さて、このクニッゲがフリーメイソンのコネクションを利用してあまりにもすごいスピードで会員を獲得していくので、イルミナティ結社は間もなく組織力の限界に達してしまう。彼自身の申告によると結果として500人以上の貴族や知識人たちを獲得することに成功したという。

その多くの会員達はこれまでのフリーメイソンの活動には満足しておらず、フント以来ついに『未知なる上階位の存在』を知ることが出来ると思っていた。

しかし、そうした高い要求をもった会員達が急速な拡大していく中で、ヴァイスハウプトは逆に追い込まれる。その時になってもまだ「『未知なる上階位」というものが結社の中には存在していなかったのだ。

困ったヴァイスハウプトは、クニッゲに命じて彼が集めた資料を基にしてイルミナティ結社の組織作りに本格的に着手させた。クニッゲはフリーメイソンの構造を模倣することにした。

1782年7月16日から9月1日までフントと彼の作ったテンプル騎士団方式の階級システムについて話し合う会議がヴィルヘルムバードで執り行われた。イルミナティに参加したばかりのクニッゲとナンバーツーであり非常に急進的な啓蒙主義者であるフランツ・ディートリヒ・フォン・ディトフルト(Franz Dietrich von Ditfurth)が会議に参加し、会議を先導する立場をとった。

テンプル騎士団のシステムについは、薔薇十時団がStrikte Observanzの後継者となるべく裏で動いていたが、結局のところ、ライバルでもあるクニッゲによって薔薇十時団が継承する事を支持する者は少数派にとどまり、イルミナティを代表する2人の勝利となった。

クニッゲとディトフルトは、Strikte Observanzを解散させ、そこに集まった会員を次々に引き抜き、更に、著名なフリーメイソンであり、Strikten Observanzにおける代表格であったクリストフ・ボーデや有力な貴族達をイルミナティ結社の会員として獲得した。
クリストフ・ボーデ(Johann Christoph Bode)
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これでイルミアンティ結社は絶頂期を迎えたようだ。。。


しかし、組織が大きくなると分裂するリスクも高くなるのは古今東西同じだ。


すでに終焉がすぐそこまできていた。

続く・・・

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