オルタナティブを考えるブログ

タイトルも新たに、1年ぶりですが、まずは過去の記事を整理しなきゃ

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前回の記事にアムル人が登場したのだが、古代の遊牧民族について調べてみた。すると・・・これまで「世界四大文明」などと言った偏った歴史観が一層浮き彫りになるような気がする。メソポタミア文明が起こった地域では、いわゆる文明はことごとく遊牧民族に奪取され、遊牧民族中心の王朝が出来上がっている。
 
 
古代の遊牧民族について少し考えていこうと思うが、その前に「世界四大文明」について調べてみた。
 
 
それが結構 驚きで・・・
 
 
ひょっとして・・・世間の常識があまりにも足りない自分をさらけ出してしまうだけかもしれないが・・・
 
まぁ、恥をかくことはいいことだ。と前向きに考えていこう。
 
 
 
さて、これを読んでいる人の中で
 
いまだに文明のはじまりは、
 
 
メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明である
 
 
・・・と信じている人もいると思う
 
 
僕もそう習ったのだが、それはどうも間違いのようなのだ。
 
そもそも世界四大文明という呼び名は世界ではそれほどメジャーではない。ウィキペディアを見ても次の様に書かれてある。
 
この考え方の原型は梁啓超の『二十世紀太平洋歌』(1900年)にあり、「地球上の古文明の祖国に四つがあり、中国・インド・エジプト・小アジアである」と述べている。この考え方はアジアでは広まったものの、欧米では受け入れられなかった。また、考古学研究が進展した現代では、初期の文明を4つに限定する見方は否定的であり(当の中国でも長江文明など、黄河文明以外の文明が存在したことが確認されている)、四大文明という概念自体が知識に乏しかった過去のものといえる。
 
ちなみに梁啓超とは、清の時代末期に活躍した政治活動家、ジャーナリスト、そして歴史学者であった。1898年に日本に亡命しそこで日本語を通じて西欧の思想を積極的に取り入れる。彼が『二十世紀太平洋歌』を執筆したのはこの日本に亡命していた時期だ。
 
                      「世界四大文明」の名付け親 梁啓超
 
イメージ 1
 
ウィキペディアには彼は晩年に伝統中国の思想や文化の再評価を行ったというのだが、黄河文明について語られるようになるのは仰韶文化が黄河流域で発見されてからの事であり、それは1921年であった。しかし、当時欧米などの食いつくされていた中国の事情を考えれば、この時期に愛国心から『中国だって負けてないぞ!』と、このような説を唱えたのはむしろ自然かもしれない。
 
 
そこで大きな疑問がわく。。。
 
 
 
梁啓超は厳密に言うと歴史家ではない
 
 
 
政治活動家もしくはジャーナリストである
 
 
 
彼の『世界四大文明』の主張も
 
 
 
そもそも
 
 
 
歴史的仮説とか○○論というものではない。
 
 
 
 
彼個人の極めて政治的な発言の一つに過ぎない。。。
 
 
 
 
そんな彼の主張を
 
 
 
21世紀の今日まで歴史の教科書が伝えているのはなぜだろうか
 
 
 
 
 
そんな疑問をもっていろいろと調べていたら、ずばりというブログがあった。
 
 
その名を ねずきちのぶろぐ
 
 
いや〜世の中にはすごい論客がいるものだといつも感心させられるが、このブログにはたまげたね。実はかなり有名人らしいのだが、今頃になって知る自分はまだこの世界では「もぐり」なのかもしれない。
 
 
つまり、世界四大文明説なるものは、もとから政治用語であって、歴史用語ではない。

ではなぜ、正しくない「世界四大文明説」なるものが、これだけ情報の発達した日本において、いまだに学校の教科書で教えられているのかというと、実は、この説が反日学者たちにとって、きわめて都合が良いからです。

どういうことかというと、文明論には、衛星文明説というのがあって、「衛星文明」というのは、独立文明(世界四大文明)の刺激を受けて発生し、独立文明に依存した、自立していない文明を指します。

これを唱えたのが、英国の歴史家トインビーで、彼は、日本文明は、支那の文明の衛星文明であり、日本は、西暦645年の大化の改新によって、漢字や支那の冠位を取り入れて、はじめて文明国家となった、と説いた。それが昭和40年頃です。

要するにこれが、支那が親、朝鮮が兄で、日本が末子という、支那文明日本渡来説の根拠になっています。

これはじつはとんでもない話で、日本には大化の改新よりもはるかに昔から、国体があったし、
そのことを知ったトインビー博士は、後年、日本文明は、独立した一個の文明であると自説を訂正している。

にもかかわらず、都合の良いところだけど、切り取って、いいように歴史を捏造するのが、反日左翼主義者の特徴です。

おかげで、2010年の今日においてもなお、日本の世界史の教科書には「世界四大文明」なる用語が登場しているし、これは必ず「試験に出る」問題です。

これによって多くの子供たちは、世界四大文明なる、世界中の歴史学者にとっくの昔に否定されつくしている説を、無批判に教え込まれ、なんとなく支那が日本文明の親であると思わせられている。
(引用先: http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-791.html
 
  
すごいね。。。
 
 
実はその後にもかなり味深い内容が続くのでぜひご覧ください。
 
 
「ねずきちのひとりごと」の記事は「世界四大文明の嘘」という題名になっているが、このような戦前の中国人政治活動家の発言を、僕たちが世界史の授業の最初に学んでいたというのは驚きだ。
 
 
実際、それを裏付けるかのように、
 
 
ウィキペディアの『世界四大文明』に関する記事も、日本語以外には
 
 
英語、韓国語、中国語(語、文言を含む
 
 
が存在するのみである
 
 
それに、黄河文明や長江文明が中国の文明の発祥であるという考えも、最近では考古学的な発見からすっかり否定されているにもかかわらずだ。
 
 
西洋中心史観を打破するとか何とか言いながら、
 
 
 
 
実は気がつかないところで
 
 
 
 
我々は中華思想にどっぷりとつかっていたのだ。
 
 
 
 
世界史を理解する上で
 
 
 
 
この世界四大文明という呪縛からまずは抜けださなければならない
 
 
 
 
人類の文明が
 
 
 
 
大河のそばから起こった・・・
 
 
 
 
と言うのは
 
 
 
 
 
ウソだ。
 
 
 

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おおお、知らなかった!
勉強になりました。

2010/6/15(火) 午前 7:09 [ 田吾作 ]

eijiさん
コメントありがとうございます。m(_ _)m
僕だけでなくてホッとしました。ハハ(笑

2010/6/16(水) 午後 7:48 [ 9回裏二死満塁 ]

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