オルタナティブを考えるブログ

タイトルも新たに、1年ぶりですが、まずは過去の記事を整理しなきゃ

全体表示

[ リスト ]

 
『聖書アラビア起源説』の著者サリービーがとった方法はシンプルだ。1985年に彼の説がドイツの雑誌『シュピーゲル』に紹介されたのだが、その記事をもとにすると下記の5ステップとなる。
 
ステップ1
子音で書かれたヘブライ語聖書、もしくはアラム語聖書のどちらかと一致するアラビア半島西部(アシュール地方)の土地名を探す。
 
ステップ2
聖書に言及のある数多くのヘブライ語由来の地名がアシール地方に集中して発見する。他方、パレスチナ地方では僅かしか見られない。
 
ステップ3
他のアラビア半島地域やメソポタミア地域でも、聖書由来の地名がそれほど多く発見されないことを確認する
 
ステップ4
アラビア半島西部のアシュール地方で確認された聖書ゆかりの土地や民族の名が、聖書の物語の関連性、経路、位置関係においても少なくともパレスチナよりも整合性のあるものであることを証明する。
 
ステップ5
聖書以外の情報源、エジプトやメソポタミアの碑文で言及されている地名とも関連し、整合性のあることを証明する。
 
 
前回の記事ではペリシテ人との関わりが多い「契約の箱」に関する物語と「ダビデとゴリアテ」の話を紹介した。本日のブログ記事ではサリービーの仮説にも見据えながら有名な『サムソンとデリラ』の話をとりあげよう。
 
 
聖書のペリシテ人がアシール沿岸地域、すなわちリース、クンフザ、ビルク、ジーザーンなどの港町の内陸部に集まって暮らしていたことは確実である。このことからそれらの人々が、イスラエル人やその他の原住民が住む地域に暮らしていたことがわかる。ヘブライ語聖書中には、それらの人々が、「海洋民族」として他国から入植してきたなどと述べている箇所はどこにもないのである。

この聖書にあるペリシテ人とイスラエル人が、アシールの沿岸地方で同じ地域内に隣り合って暮らしていた事実を示すものとして、南ヒジャーズのリース内陸部のほぼ全域を舞台に展開する、サムソンの物語を地理的に分析してみよう。
 
(サリービー著 『聖書アラビア起源説』 より)
 
                  サムソンの活躍した地域
イメージ 2
 
最後の13人目の士師としてサムソンは士師記に登場する。当時、イスラエルの民はペリシテ人に支配され、苦しめられていた。そこへ、イスラエルのダン族に神に祝福された男の子が誕生した。
 
サムソンはザフラーン地方の沿岸丘陵地帯にある村、アルザラア(聖書の「ゾラ」)に生まれた。彼の一族はダン(dn)という部族に属したが、この部族の名は今日その地方にダナーディナ(dnのアラビア語の形容詞形の複数形、「ダン人」の意)という地名で残っている。 (サリービー著 『聖書アラビア起源説』 より)
 
サムソンの誕生前に神は母親に対して3つのことを言いつけた。
 
1. ぶどう酒や強い飲み物を飲まない
2. 汚れたものを一切食べない
3. 頭にかみそりをあててはいけない。
 
母親がこの言いつけを守り、サムソンは士師としての力を得ることになる。
 
立派に成長したサムソンは、あるペリシテ人の女性を妻に望み、彼女の住むテムナに向かった。サムソンがテムナのぶどう畑に着くと、一頭の若い獅子が吠えたけって彼に向かってきた。
 
 
サリービーによると
「ヤハウェの霊」はザラアーとアルイシュターの間にあるこのダナーディナ近くのアルマフナー(mhn)において、初めてサムソンを「感動させた」。
 
 
その瞬間、主の霊がサムソンに降り、目の前に現れたライオンを子山羊を裂くように裂いた。手にはなんの武器も持っていなかった。しかしサムソンはそのしたことを父にも母にも告げなかった。
 
イメージ 1
 
 
日がたって後、サムソンは彼女をめとろうとしてテムナに向かう途中、わき道に入り、以前殺した獅子の屍を見た。すると、獅子のからだに、蜂の群れと、蜜があった。
 
彼はそれをかきあつめ、手にとって歩きながら食べ、父母のもとに帰って、彼らに与えたので、彼らもそれを食べた。しかし、獅子の身体からその蜜をかきあつめたことは彼らに告げなかった。
 
 
彼の父がその女のところに下って行ったとき、サムソンはそこで祝宴を催した。若い男たちはそのようにするのが常だった。人々は、サムソンを見たとき、三十人の客を連れて来た。彼らはサムソンにつき添った。
 
 
サムソンは彼らに言った。
 
「さあ、あなたがたに、一つのなぞをかけましょう。もし、あなたがたが七日の祝宴の間に、それを解いて、私に明かすことができれば、あなたがたに亜麻布の着物三十着と、晴れ着三十着をあげましょう。もし、それを私に明かすことができなければ、あなたがたが亜麻布の着物三十着と晴れ着三十着とを私に下さい。」
 
すると、彼らは言った。
 
「あなたのなぞをかけて、私たちに聞かせてください。」
 
そこで、サムソンは彼らに言った。
 
「食らうものから食べ物が出、強いものから甘い物が出た。」
 
 
これが有名なサムソンの「謎」である。
 
 
彼らは三日たっても、そのなぞを明かすことができなかった。”
 
四日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。
 
「あなたの夫をくどいて、あのなぞを私たちに明かしてください。さもないと、私たちは火であなたとあなたの父の家とを焼き払ってしまう。あなたがたは私たちからはぎ取るために招待したのですか。そうではないでしょう。」”
 
そこで、サムソンの妻は夫に泣きすがって言った。
 
「あなたは私を憎んでばかりいて、私を愛してくださいません。あなたは私の民の人々に、なぞをかけて、それを私に解いてくださいません。」
 
すると、サムソンは彼女に言った。
 
「ご覧。私は父にも母にもそれを明かしてはいない。あなたに、明かさなければならないのか。」
 
 
彼女は祝宴の続いていた七日間、サムソンに泣きすがった。七日目になって、彼女がしきりにせがんだので、サムソンは彼女に明かした。それで、彼女はそのなぞを自分の民の人々に明かした。
 
町の人々は、七日目の日が沈む前にサムソンに言った。
 
「蜂蜜よりも甘いものは何か。雄獅子よりも強いものは何か。」
 
すると、サムソンは彼らに言った。
 
「もし、私の雌の子牛で耕さなかったなら、私のなぞは解けなかったろうに。」
 
 
さて、この物語を『聖書アラビア起源説』のサリービーはどのように見ているのだろうか? 
 
私には、これらの謎は、地名の由来を説明し、共同体の部族間の伝承を保存するための物語、あるいは謎解き遊びに過ぎないように思われる。サムソンが「獅子の死骸からその蜜」をかき集めたというくだりは、ひとつの見方として、3つの場所の名の語源を示したものだとも言える。
 
そしてその3つの地名とは
 
「獅子の死骸からその蜜」
 
 = m-gwyt h-ryh rdh h-dbs
 
ジャッウgw = 〜の内: ワルヤー近くにある=> gwyt
ワルヤー (wryh = 獅子: ワーディ・アダム流域にあるワルヤー=>ryh
ダバシュdbs = :クンフザ地方のハリーの近くにある)
 
つまり、クンフザ地方のダバシュとは、もともとはワルヤー近くのジャッウの人々が、おそらくサムソンの援助の下に入植したちに築いた町であることを物語るものである。
 
逐語的に見ると、このヘブライ語の語句は次のように2通りに翻訳できる。
 
(1) 「獅子の体の中から彼はその蜜を取った(あるいは捨てた)」
 
(2) 「ワルヤーのジャッウから、彼はダバシュを奪った」
 
 
このサムソンが「獅子」の「内」から「蜜」を取ったという謎は、2つの共同体と、そのそれぞれを母体としてきた入植地について述べたものである。その謎は、
 
食らう者から(m-h-kl
 
食い物がで(mkl)、
 
強い者から(m-z)、
 
甘い物(mtwq)が出た
 
 
というものである。この一節は次のように解読することもできる。
 
アルクーラ(kl=クンフザ地方にある村)から
 
マキーラ(mkl=バフル地方にある村)が生まれ、
 
アッズ(’z=ビルク近くの「ガザ」)から
 
マサカ(mtq=クンフザ地方にある)が生まれた」
 
 
そして、よく分かりにくいサムソンの次のセリフについてに、サリービーは明確な回答を与えている。
 
 
もし、私の雌の子牛(glt)で耕さなかったなら、
 
私のなぞ(hydh)は解けなかったろうに。
 
逸話によればサムソンは、謎の正しい答えを得ようとしたペリシテ人たちが、彼と契った妻を「耕した」と憶測したことになっている。しかし、この謎かけ言葉からはもうひとつ次のような意味も容易に読み取れる。すなわち、
 
アジュラート(glt)から来たものでなければ、
 
ハイダ(hydh)のことを知るはずはない
 
 
これは明らかに、その土地の出身者だけがその周辺の土地についても良く知っている、という意味のことわざである。
 
ふむ。。。
 
次回もサムソンの話を続けよう。。。
 
 
ここまで読んだ方 ↓クリックお願いします。
 
 

閉じる コメント(13)

顔アイコン

畏れながら。

『聖書アラビア起源説』の著者サリービーは、「神話伝説」の分野を研究したことが無いのでしょう。

インド・ヨーロッパ語族の「神話伝説」には、『サムソンとデリラ』の話と瓜二つの話が数多くあります。(確かギリシャ神話のニーソス?もそうだと思います)

その辺の事情は、ロバート・グレーブスの「ギリシャ神話」に詳しく解説されています。

2012/3/29(木) 午前 6:40 [ - ] 返信する

顔アイコン

『サムソン』とは、シャマシュ(太陽)からの派生語(変形)であり、彼は、太陽の性格を持つ聖王でした。

太陽の性格を持つ聖王(=サムソン)の髪の毛は、日輪の光を現すものとして、神聖な象徴でした。だから、頭にかみそりをあててはいけなかったのです。

2012/3/29(木) 午前 6:46 [ - ] 返信する

顔アイコン

太陽の性格を持つ聖王(=サムソン)は、夏至(太陽の最高点)になると、髪の毛を切り取られ、犠牲として生贄にされたのです。

この場合、妻デリラは、月の性格を持つ女王です。

『サムソンとデリラ』の話は、太陽の性格を持つ聖王(=サムソン)と、月の性格を持つ女王(=デリラ)の聖婚と、聖王の犠牲をあらわしているのです。

蜂も、その文脈において理解されます。(デリラは蜜蜂の女神でもあった)

2012/3/29(木) 午前 6:57 [ - ] 返信する

顔アイコン

『聖書アラビア起源説』は、信憑性がないと思います。なぜなら、ダマスカスやレバノンとの、地理的関係が説明できないからです。

ダマスカスやレバノンの地理的位置は、既に確定している訳ですから。

2012/3/29(木) 午前 7:02 [ - ] 返信する

確かに・・・
サリービーの仮説は地名を調べることによって成り立っているので、他の学術的分野からのアプローチで補強されたものではありません。『神話伝説』はサリービーの専門外だと思います。


サムソンがヘラクレスやアキレスと比較されるのは知っていましたが、インド・ヨーロッパ語族の神話に瓜二つの話が多くあるとは知りませんでした。「ニーソス」がそうなのですか?

2012/3/29(木) 午後 0:58 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

ひとつ教えてください。

獅子と蜜蜂の話は、サムソンがデリラと出会う前の出来事だと思いますが、彼女が「蜜蜂の女神」にして「月の性格を持つ女王」というのはどうしてでしょうか?

2012/3/29(木) 午後 1:03 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

サリービーは、確かにレバノンなどいくつかの地名はパレスチナでも確認できるが、アラビア半島西部アシール地方にも同様に確認できると書いています。

2012/3/29(木) 午後 1:07 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

顔アイコン

>獅子と蜜蜂の話は、サムソンがデリラと出会う前の出来事だと思いますが、彼女が「蜜蜂の女神」にして「月の性格を持つ女王」というのはどうしてでしょうか? <

まあ、ここでは詳しく説明できません。(複雑なので)

時間的前後関係を考える必要は無いと思います。最初の<テムナの女>と次の<デリラ>を合体させた者が、「蜜蜂の女神」にして「月の性格を持つ女王」になる訳です。

2012/3/29(木) 午後 2:05 マーラーー 返信する

顔アイコン

*訂正*

>太陽の性格を持つ聖王(=サムソン)の髪の毛は、日輪の光を現すものとして、神聖な象徴でした。だから、頭にかみそりをあててはいけなかったのです。 <

太陽の性格を持つ聖王(=サムソン)の髪の毛は、日輪の光を現すものとして、神聖な象徴でした。だから、髪の毛に力が宿っていたのです。

2012/3/29(木) 午後 2:10 マーラーー 返信する

顔アイコン

ロバート・グレーブスの「ギリシャ神話」に詳しく解説されていますので、僕も、もう一度確認してみます。二―ソスは確実です。

あと北欧神話にも、非常に似た話があるはずです。

2012/3/29(木) 午後 2:37 マーラーー 返信する

図書館にはロバート・グレーヴスの「抄訳・ギリシア神話」しかありませんでした。「ギリシャ神話」良い本のようですが、専門学者からは批判さらている本のようです。そもそもロバート・グレーヴスは学者ではなく詩人のようですが…大丈夫でしょうか?

2012/3/29(木) 午後 6:50 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

顔アイコン

ロバート・グレーブスの「サムソン解釈」について記事を書きました。

確かに、(サムソン解釈以外の)彼の解釈(理論)には、問題点が多くあります。

彼は完璧ではない。

しかし、彼はダイヤモンドではないが、サファイアです。

僕は、ロバート・グレーブスの理論の欠点を、W・ブルケルトの神話儀礼解釈により補っていました。(W・ブルケルトの神話儀礼解釈は優れているが、それ以外の彼の理論は、魅力なし)

*神話を解釈するためには、「儀礼の意義」を理解しなければなりません。

なぜ、人類は、人間を犠牲として殺す儀礼を為さねばならないのか?

ユダヤ教が、それを禁止したことは、何を意味するのか?

2012/3/30(金) 午後 6:30 マーラーー 返信する

記事拝見しました。アイルランドやウェールズの神話についてはほとんど知識がありません。ケルト人の神話もまだこれからって感じですかね。自分でもちょっと調べてみます

なぜ、人類は、人間を犠牲として殺す儀礼を為さねばならないのか?
ユダヤ教が、それを禁止したことは、何を意味するのか?

↑ 興味あります。

2012/3/30(金) 午後 7:06 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事