オルタナティブを考えるブログ

タイトルも新たに、1年ぶりですが、まずは過去の記事を整理しなきゃ

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さて、ソロモンの時代タルシシの船団によって運ばれてきたのは金や銀、象牙やサルだけでなく「くじゃく」もいた。
          

ソロモンの愛したクジャク

孔雀(くじゃく)は、中国から東南アジア、南アジアに分布するインド・クジャクマクジャクと、アフリカに分布するコンゴクジャクがある。しかし、生息地が限られていたにもかかわらず、紀元前2000年頃にはすでに地中海世界にもたらせていたと言われ、ギリシア神話においては女神ヘーラーの飼い鳥としても登場している。それはこんな話だ。
 
雀の雄の雌を誘う時に広げる羽は、目玉みたいな模様を持っていますが、ギリシャ神話では、これはもともと存在しないものだったようです。それはこんな話からきています。ゼウスは、とにかくいろんな女性と浮名を流しているので、女神ヘーラーはいつも嫉妬しています。
 
そして、ある日、ゼウスは、河の神の娘イーオーと浮気している現場をヘーラーに見つかりそうになったので、とっさにイーオーを子牛に変えてその場をしのごうとしました。だけど、ヘーラーの方が上手で、ゼウスからその子牛をもらいました。そして、アルゴスという巨人に監視させました。

ゼウスは、なんとかしてイーオーを取り戻したいと思っていますが、アルゴスは、身体中に無数の目を持つ怪物で、1つの目が眠りについても、どこかしらの目が開いているので、なかなかうまくいきません。そこで、伝令と盗賊の神・ヘルメスに頼みました。
 
ヘルメスは、羊飼いに化け、アルゴスに近づき、葦笛を吹きました。ヘルメスの笛の音が美しかったので、アルゴスは、眠りだし、とうとう全ての目を閉じてしまいました。そこで、ヘルメスは、アルゴスを殺し、イーオーを取り戻しました。ヘーラーは、アルゴスの死を悲しみ、その目を自分の鳥の孔雀の尾羽にちりばめたとので、以後、孔雀はあのような模様を持つのだということです。
 
イメージ 1
 
ホメーロスやヘーシオドスの時代は紀元前8世紀と7世紀なので、古い時代から孔雀がギリシアに伝わっていたと思いたくもなる。実際オデッセウスの話にはアルゴスという名前の番犬が登場するので、その名がこのアルゴスの逸話に由来するものなのか、当時犬につけるありふれた名の一つであったのかは意見が分かれるところだ。しかし、大方はこの話自体は古い文献にはなく、かなり後世になって付け加えられた話だと考えられる。
 
 
イメージ 4
 
上述で紀元前2000年と書いたが、
アレキサンダー大王以前にギリシアに孔雀は知られていたという証拠はない。
 
ヘレニズム時代以後、エジプトやローマ、あるいは中世紀ヨーロッパで香辛料をふんだんに使った孔雀の肉が食べられていたとされている。この時に使われた香辛料もインド洋を航行するガレー船によって孔雀と一緒に運ばれてきたのだろう。
 
 
インドから運んで来たと言うと、とても長い距離を航行してきたと考えられるが、そうでもない。かなり以前にブログの記事に書いたのだが、紀元前10世紀頃には、夏には東アフリカからインドへ向け、冬はその逆方向に吹くインド洋貿易風を使った航海術が確立しており、紅海と北インドとの間ではダウ船が往来していた。一本マストの古代帆船を使ってオマーンのスールからグジャラートまで航海にようする日数は僅か15日だ。
 
   
タルシシから持ち帰ったとされる金、銀、象牙、さる、くじゃくを考えると、タルシシがインドであったと主張しても何らおかしくない。そして、このエリュトゥラー海案内記にあるような航路を考えると、イスラエル王国がアラビア半島の西部にあったというサリービの説は、従来の歴史の定説よりも辻褄が合うのである。
 
ふむ。
 
 

オフィルからの白檀

列王記上第10章11節〜12節
オフルから金を載せてきたヒラムの船は、またオフルからたくさんのびゃくだんの木と宝石とを運んできたので
王はびゃくだんの木をもって主の宮と王の宮殿のために壁柱を造り、また歌う人々のために琴と立琴とを造った。このようなびゃくだんの木は、かつてきたこともなく、また今日まで見たこともなかった。
 
このオフル(オフィル)がどこかという問題もあるが、おそらく紅海沿岸の海上交易の中継地点だろう。ハトシェプスの遠征先であるプントと同一視する研究者もあり、それがイエメンあたりだとか、アフリカの角のあたりであるとも言われている。しかしながら、問題は「びゃくたん(白檀)」や「宝石」がどこから来たのかということだ。
 
というのも、白檀は少なくとも紅海沿岸に無いからである 
 
これもやはり・・・インドが原産地で亜熱帯地方にしか生息していない。ウィキペディアには
原産地はインド。インドでは古くはサンスクリットでチャンダナとよばれ、紀元前5世紀頃にはすでに高貴な香木として使われていた。産出国はインド、インドネシア、オーストラリアなど。太平洋諸島に広く分布するが、ニュージーランド、ハワイ、フィジーなどの白檀は香りが少なく、香木としての利用は少ない。特にインドのマイソール地方で産する白檀が最も高品質とされ、老山白檀という別称で呼ばれる。
 
イメージ 2
 
列王紀上や歴代誌下には、
このようなびゃくだんの木は、かつてきたこともなく、また今日まで見たこともなかった。
 
・・・と書かれてあるが、きっとその通りなのだろう。
 
でも写真を見る限りはそれほど特別な木とも思えないが・・・。
 
ふむ。
 
 
そして、たくさんの宝石とあるのだが、これもインドからと考えられないだろうか。
 
以下のホームページには次の様なことが書いてある。
インド中央部を覆うデカン高原の二股に分かれた尻尾ダーツ山脈に挟まれた山岳地帯は、自然の豊かな恵みに満ちている。象、鹿、狐、マングース、テン、それにデカンタイガーと称される虎、絶滅寸前のインドライオン、それらは象牙、麝香、毛皮を産出してきた。

ダイヤ、エメラルド、金、銀、そして、まだまだ未開発の鉄鉱石、銅、ニッケルなどの鉱脈に、古代からインド医学を支えてきた薬草、天然香辛料、なによりも世界総産出の八割を占める白檀(サンダル・ウッド)が自生するジャングルなのである。正倉院に収蔵されている白檀も、ここからアラビア海、インド洋を黒潮に乗って漂着したものだといわれている。
 
 ヒラムやタルシシの船団によってイスラエルにもたらされたのは、すべてがインド原産の品物として説明がつく。いや、むしろインドとの交易を前提としなければこれらの品物を入手するのは不可能だ。地中海世界から象牙や「さる」、クジャクなどを手に入れるというのは少し無理がある話だからだ。おそらくエリュトゥラー海案内記に記されているようなルートが紀元前10世紀頃すでにあったに違いない。
 
例えば こんな感じ ↓
 
イメージ 3
 
 
・・・そして、これはテュロスなどを拠点として地中海を中心に支配したフェニキア人の交易路とは明らかに異なる。つまり、旧約聖書のツロという都市は我々の知っているテュロスとは異なる可能性もあるということだ。
 
あるいはヘロドトスが言うように(このブログでも2,3回紹介しているが)
 
このフェニキア人は自らが伝えるところによれば、
 
古くは「紅海」辺に住んでいたが、その地からシリアに移り、
 
シリアの海岸地帯に住むようになったという
 
フェニキア人とはすでに確立された航海術によってインド洋で交易を行い、そして何らかの理由によってシリア地方に移り住むと今度は地中海の航海に乗り出した・・・ということではないのだろうか。
 
 
ただ、これだと「船」、「海」などが誤訳されているというサリービーの主張とは論を異にする。
 
 
ふむ・・・。
 

石ころのような価値のない銀

ところで、列王記上第10章21節には興味深い記述がある。
ソロモン王が飲むときに用いた器は皆金であった。またレバノンの森の家の器も皆純金であって、銀のものはなかった。銀はソロモンの世には顧みられなかった。
 
列王記第10章27節では次のように書いてある。
王はエルサレムで、銀を石のように用い、香柏を平地にあるいちじく桑のように多く用いた。
 
かなり以前の記事だが、中期アッシリアの時代(紀元前1380年から紀元前912年)になると、オリエント世界は深刻な銀不足に陥ったおかがで、銀が通貨として使われなくなったこと書いた。AN.NAという金属でできたスプリング、もしくは渦巻き状に巻かれたものが通貨として使用されていたのだ。この金属が何であるかははっきりと解明されていないが、おそらく亜鉛やスズであったとも考えられる。
 
しかしながら、列王紀上の記述では銀の価値は明らかに金に比べて落ちている。
 
アブラハムの時代では明らかに銀が通貨として利用されていたが、それをソロモンの王国にとっては多少誇張が入っているにしても「石」ほどの価値しかなく、「金」が価値の象徴であったとされている。
 
古代オリエント世界における金と銀の交換価値については以下のホームページ(「コインの散歩道」)が重宝する。
 
 
ただし、ちょうど問題の時代、紀元前12世紀頃から紀元前9世紀頃までの比較がない・・・。
 
 
金銀の交換レートに関する考古学的資料が無いと言うのは、実際に・・・
 
この時代・・・金と銀は交換されなかった・・・
 
ということではないだろうか。
 
つまり、ソロモン王の時代は「銀の不足」によるものではなく、ひょっとしたら改鋳などによって通貨として利用されていた銀の価値が下がり・・・、もしくは「銀の過剰供給」となりインフレが起こっていいたのではないだろうか?
 
いや・・・
 
 
旧約聖書を良く読んでみると銀はしっかりと通貨として利用されている。ソロモンが行った交易は一見すると物々交換のようだが、ここにも銀を価値尺度とした記述もある。
 
ただ・・・、ちょっとその箇所も少し奇妙なのだが・・・
 
 
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