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前回の記事で聖書アラビア起源説から以下の箇所を引用した。
ギリシャ語の70人訳聖書では、このヘブライ語のkwsがギリシャ文字に翻訳されている場合がときとしてあり、その他の場合では、より自由に解釈されてAithiopiaとかAithiopesなどと表記されている。現代の聖書学者たちがそれをエチオピアであるとするのは、これに力を得たからである。 実際、聖書には「クシ」と書いてある箇所もあれば、「クシ」を「エチオピア」として書いてある箇所がある。したがって、クシの位置を確認するには聖書の「エチオピア」についての言及にも注意を払わなければならない。
ペルシア王クセルクス(アハシュエロス)が統治した領土の範囲エステル記第1章1節
アハシュエロスすなわちインドからエチオピヤまで百二十七州を治めたアハシュエロスの世、これはおそらく我々の知るエチオピアでいいだろう。 エステル記は聖書の中でも最も成立が新しく紀元前167年のマカバイ戦争あたりだ。 トパーズの産地ヨブ記 第28章19節
エチオピヤのトパズもこれに並ぶことができない。純金をもってしても、その価を量ることはできない。 古代ローマの博物学者プリニウス(AC22年〜AC79年)によれば、トパーズの名の紅海の島であるトパーゾス(おそらくセント・ヨハネス島)に由来するという。しかしながら、この島でトパーズが採石されたことはなく、おそらく長い間(17〜18世紀頃まで)トパーズとよく勘違いされていたカンラン石(ペリドット)であろうと思われる。ちなみに「ペリドット」という名前はアラビア語で宝石を意味する「faridat」に由来するそうだ。
以下 ホームページより抜粋
エジプト南部、スーダン国境に近い紅海に浮かぶ小島、ザバルガート島では紀元前1500年の昔から美しいペリドットを産することで知られていました。 スミソニアン博物館蔵の世界最大のルースを始めとして、世界の博物館や王室の宝飾品を飾る巨大なペリドットの大半はこの島から採れたものです。 ふむ。。。
ちなみにトパーゾス(セント・ヨハネス島)位置は以下の通りだ。結構小さいね。。。
詩篇68篇31節
青銅をエジプトから持ちきたらせ、エチオピヤには急いでその手を神に伸べさせてください 詩篇87篇4節
わたしはラハブとバビロンをわたしを知る者のうちに挙げる。ペリシテ、ツロ、またエチオピヤを見よ。「この者はかしこに生れた」と言われる。 ・・・いや一応・・・87篇全体も読んでみたのだが、力不足で詩篇の内容がそもそもよく分からない。ネットのあちらこちらに解釈があるのだが、それを鵜呑みにするのもどうかと・・・。詩篇87篇4節のラハブは、エリコ攻略時に斥候を助けた遊女なのだが、それをエジプトに置き換えて解釈すると言うようなものもあり、やはりご都合主義のようにしか思えない。それをもってすべて異国について述べていると言うのだ。聖書の解釈ってみんな無茶苦茶なことしてないかな・・・と思ってしまう。それに青銅とエジプトの組合せもあまりしっくりくるものではない。
深入りする前に先へ進もう・・・。イザヤ書には「クシ」という翻訳で登場せず、一貫して「エチオピヤ」と翻訳されている。
イザヤ書11章11節
その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテおよび海沿いの国々からあがなわれる。 「パテロス」はミツライム(エジプト)の子であり、シナルはというのはクシ(エチオピア)の子であるニムロデが支配した土地の一つに数えられ、バベルの塔との関連でも登場する。ハマテはカナンの末っ子で今日のハマーという都市がそれにあたるとされている。エラムはセムの子で通常はエラム王国と同一視されている。アッスリヤに関してはおそらく説明の必要はないだろう。
ちょっと系図を見てみよう・・・。
イザヤ書18章1節〜2節
ああ、エチオピヤの川々のかなたなるぶんぶんと羽音のする国、この国は葦の船を水にうかべ、ナイル川によって使者をつかわす。とく走る使者よ、行け。川々の分れる国の、たけ高く、膚のなめらかな民、遠近に恐れられる民、力強く、戦いに勝つ民へ行け。 「ナイル川」とあるが、おそらく原文には「川」としか書いていないだろう。そもそもクシを流れる川はエデンの園から流れるギホンの川とそのまま考えるべきであろう。羽音のする国とは何であろうか?これは以前の記事でヘロドトスの『有翼の蛇』について検証したが、おそらく時々紅海沿岸に大量発生するバッタのことであろう。乳香などが生息する地域が考えられ、イエメン地方だけでなく、現在のエチオピアも対象となり得る。
イザヤ書20章3節〜5節
主は言われた、「わがしもべイザヤは三年の間、裸、はだしで歩き、エジプトとエチオピヤに対するしるしとなり、前ぶれとなったが、このようにエジプトびとのとりことエチオピヤびとの捕われ人とは、アッスリヤの王に引き行かれて、その若い者も老いた者もみな裸、はだしで、しりをあらわし、エジプトの恥を示す。彼らはその頼みとしたエチオピヤのゆえに、その誇としたエジプトのゆえに恐れ、かつ恥じる。 イザヤ書43章3節
わたしはあなたの神、主である、イスラエルの聖者、あなたの救主である。わたしはエジプトを与えてあなたのあがないしろとし、エチオピヤとセバとをあなたの代りとする イザヤ書45章14節
主はこう言われる、「エジプトの富と、エチオピヤの商品と、たけの高いセバびととはあなたに来て、あなたのものとなり、あなたに従い、彼らは鎖につながれて来て、あなたの前にひれ伏し、あなたに願って言う、『神はただあなたと共にいまし、このほかに神はなく、ひとりもない』」。 イザヤ書ではクシ(エチオピア)とエジプトが夫婦のように述べられているが、ここで問題は『たけの高いセバびと』という民族である。セバというのはひょっとしたらシバのことかもしれないが、やはり違う民族のようだ。クシはハムの子であり、セバはクシの子であり、シバはクシの子であるラアマの子である。以前ブログの記事で同じように書いてしまったが、詩篇に次のように書いてある。
詩篇72篇10節 それにしても、イザヤの予言の中で『クシ(エチオピア)』についてこれほど言及されているのも面白い。イスラエルにとって地理的にも政治的にもそれほど重要な国とは思えないのだが・・・。それとも、イザヤ書が書かれたのが紀元前8世紀後半、もしくバビロンの捕囚(紀元前597年頃)であったとされているので、エジプトのエチオピア王朝時代(紀元前747年〜紀元前656年)の記憶が大きく、アッシリアの傀儡政権が樹立される前はエジプト=クシ王朝であったためなのだろうか・・・。
ヌビア人ファラオ
さて、エレミヤ書にはクシ人の肌について言及がある。
エチオピヤびとの肌の色エレミヤ書13章23節
エチオピヤびとはその皮膚を変えることができようか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる。 ふむ。やっぱりネイティブ・アフリカンを指しているように思える。エジプトではヌビア人として壁画などにも描かれているあのひと達だ。
ユダ王国王宮に仕えるエチオピアびとの宦官エレミヤ書38章7節〜10節
王の家の宦官エチオピヤびとエベデメレクは、彼らがエレミヤを穴に投げ入れたことを聞いた。その時、王はベニヤミンの門に座していたので、エベデメレクは王の家から出て行って王に言った エベデメレクの名の由来は「王の奴隷」と考えられている。予言者エレミヤは、バビロニアによるエルサレムの滅亡を予言したために穴に投げ落とされたが、エベデメレクはユダ王のゼデキヤに彼を救うよう懇願したのだった。
一般的に、宦官はアッシリアやアケメネス朝ペルシア帝国時代にオリエント世界に広まったと考えられているが、旧約聖書には結構いろいろな宦官が登場する。ユダヤ社会においてはモーセが律法でこれをきっぱりと批判している。まぁ、奴隷に対する処置としては一般的であったのかもしれない。
さて、エゼキエル書やダニエル書でもエチオピアについての言及はあるが、だいたいがエジプトや他の地域と一緒に述べられている程度である。
結局、クシという地域を聖書の記述だけで特定しようとするのは難しい。サリービーは次のように言っている。
「クシ」という語は、すでに述べたように、聖書原文中では、msrymという語と関係がある。そして確かにこの語は、聖書のいくつかの章句内ではエジプトを指している。 ふむ。
アブハとハミースムシャイト ミツライム(エジプト)とクシ(エチオピア)の位置関係を整理すとこんな感じだろうか?
・・・
クシについてはあくまで“適当”です。ハミース・ムシャイトの近くの適当の位置です。ミツライムについては、アブハとハミース・ムシャイトの間ぐらいにしておいた。。。
クシとミツライムの間は距離にして約25キロほどだ。近すぎ?
エチオピアとエジプトと言いなおすとにわかに信じられないかもしれないが、単なる部族の名称ととらえたら、こんなもんだろうか・・・。
ちなみにこれが現在のアブハの風景だ。
以下にはもっと写真がいっぱいあります。
このあたりが聖書のエジプトでもいいか・・・
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ペルシャ湾のとこから今は枯れてるけど川が南西の方に流れてたそうですね
ハミースムシャイトまで到達してたかはわかりませんが
2018/5/22(火) 午後 2:54 [ sab*te*ebo* ]