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紀元前3000年からの古代史において、僕達がエジプトについて知っていることは結構少ない。これは話題があまりにもツタンカーメンとギザのピラミッドなどに偏っているためだ。
古代エジプト第18王朝の女たちアジア民族と思われるヒクソスによって長い間支配を受けていたエジプトであったが、ようやく南エジプトのテーベから反旗が上がる。エジプト新王国時代(BC1450-BC1220)と呼ばれる帝国時代が幕を開ける。この王朝では、政治や宗教など様々な場面で女性の活躍が目立つのだが、その知られざる彼女達にスポットあててみる。
エジプト18王朝の女たち part1異民族ヒクソス政権による支配体制を倒し、上下エジプトを再統一に最も貢献したのはイアフヘテプだ。彼女は、ヒクソス打倒を目指し志半ばで戦死したセケエンラー・タア2世の妻であり、まだ幼いイアフメス1世を支えながらエジプト新王国時代の幕開けに貢献した。
エジプト18王朝の女たち part2イアフメス1世以降、王朝が代わったわけではないのだが、アメンホテプ1世から第18王朝と呼ばれるようになる。その後は、後継者問題を抱えながらも母摂政が上手く機能し、エジプトは次第に勢力を拡大していく。ハトシェプストはエジプト唯一のファラオと宣伝されることもあるが、厳密には3000年近い歴史の中では4名の女性ファラオが検証中のものも含め確認されている。
エジプト18王朝の女たち part3女性たちが権力を掌握していたとはいえ、それはさまざまな優秀な側近に支えられたからである。特にハトシェプストの側近中の側近であるセンエンムトは、彼女とのスキャンダラスな噂も囁かれていた。
センエンムウト(Senenmut)の天井画
エジプト18王朝の女たち part4ハトシェプストの人物像をめぐっては、これまで『意地の悪いトトメス3世の義母』というイメージが横行していた。これは彼女の名前や肖像などが、彼女の死後、継承者のトトメス3世によってその存在を歴史から抹消されようとしたことにもよる。実際はどうだったのだろうか?
エジプト18王朝の女たち part5ハトシェプストが女性ファラオであったせいか、彼女の誕生はアメン・ラー神によるものとするなど神話化された。牛に化けたハトホル女神の乳を飲む幼いハトシェプストのリリーフが残っているが、それはローマ建国神話に登場するオオカミの乳を飲む双子ロームルスとレムスにも影響しているのだろうか?
番外編
紅海沿岸の歴史 その2 黒い王妃イアフメス・ネフェルタリの秘密イアフメス1世の妻であるイアフメス・ネフェルタリは肌はエジプト王の家系では珍しく黒で描かれている。第17王朝はこれまで伝統的に月の神を冠する王が続いたが、彼女の「アメンの神妻」という称号をもつ彼女の登場以降、太陽を司るアメン神を中心とした崇拝が広まる。彼女がヌビア人だったのだろうか?
黄金の国プント −ハトシェプストのプント遠征黄金の国プント −ハトシェプストのプント遠征 その1イザベル1世とコロンブス、エリザベート1世とイングランド艦隊、エカテリーナと帝政ロシア黒海艦隊など、歴史上の女傑は航海や艦隊と関わりがあるようなのだが、ハトシェプストも例外ではない。彼女はその治世で、プントと呼ばれる黄金の国へ船で遠征を行ったとされている。古代エジプト史上の謎でもある「ハトシェプストのプント遠征」を考察する。
黄金の国プント −ハトシェプストのプント遠征 その2プント遠征を描いたリリーフは古代エジプトの中でも唯一「外国」を描いたリリーフである。描かれている人物の中で一番有名なのはプントの女王アティ(Ati)だ。彼女の珍しくデフォルメされた描かれ方は、プントの所在について想像力をかき立てる。また、同じく描かれている高床式の住居やインド洋特有の魚。プントはどこにあったのだろうか?
黄金の国プント −ハトシェプストのプント遠征 その3ハトシェプストは紅海、そしてインド洋をわたりインドまでいったのだろうか?オーストロネシア語族の拡散を考えると当然あり得ることだし、メソポタミア文明とインダス文明の間で交易関係があった可能性があるわけだから、エジプト文明とインダス文明との間をみてもおかしくない。そこまで辿り着く船の技術はどうだったのだろうか?
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