|
前回はフェニックスの食べのものである『マナ』と『糞(蛆)』について述べた。
今日はギリシア語バルクの黙示録第6章13節の続きだ。
例によって引用はすべてバルバロイのサイトから。
13 ところで、以前ブログの記事でも書いたが、一年が365日からなるというのはすでに紀元前3000年の頃から古代エジプトやメソポタミアではすでに使用されていたが、考古学的には紀元前4213年から4186年の間のエレファンティネ、あるいは紀元前2783年から2764年頃のメンフィスですでに使用されていたと推測されている。
暇があったらどうぞ ↓
さて・・・、
これからバルクが見るのは創世記の最初の場面ではなく、おそらく一日の始まりであろう。
14 第7章 この文書中の鳥とはフェニックスのことだ。
しかし、どうしてもエジプトやメソポタミアにある有翼太陽円盤と重なってしまう。いずれにせよ、このフェニックスに関する描写を見る限り、エジプトのベンヌの伝承と似ていてその影響のほどが見て取れる。
エジプト人は太陽が沈む際に、ベンヌはハヤブサの姿で夜の間冥界で過ごし、そして朝日が昇る時にはサギの姿で新たな誕生を迎えたと言われている。
それにしても・・・、
このバルクの黙示録では、太陽、光、神という存在がどうも混同して描写されているような気がする。太陽崇拝というのは、キリスト教が普及していった時期のローマ帝国内において、無敵の太陽神ソルという確固たる神が崇拝されていた。
無敵の太陽神ソルとローマ帝国 Part1
12月25日の真実 -無敵の太陽神ソルとローマ帝国 Part2
太陽が東から昇って西に沈み、夜が来て再び太陽が東から昇る。
太陽を崇拝する太古の人々は、こうした繰り返す太陽の動きを説明するために『太陽の船』や『太陽の戦車/馬車』を考案した。このバルクの描写には「天使たちがそれ〔太陽〕とともにあって〔車を〕引き・・・」とあるが、おそらくその名残が在るのかもしれない。
まだ、古代エジプトでは、ヒクソスがチャリオット(戦車)をもちこむまで「車輪」を知らない時代が続いていたので、『太陽の船』がもっぱらその役割を果たした。車輪の伝承とともにヨーロッパにおいては「太陽の乗る戦車/馬車」が考案された。一番有名なところでは、ケルト・ゲルマン系の文化の影響が残っていると思われるデンマークのトゥルンドホルムから出土した青銅器時代(紀元前1400年頃)のものと思われる太陽の馬車がある。
トゥルンドホルムの太陽の馬車
太陽とこの車との関係を示すものとしては何があるだろうか?
こぐま座やおおぐま座は、星座において北極星の周りにあって北半球では沈まない星(周極星)であるが、北極星の周りをぐるぐると回るその姿は、それ以前の古代ギリシアの天文学者によって「小さな車(kleiner Wagen)」や「大きな車(grosser Wagen)」という言い方をされていた。
日本人にとってなじみの深い北斗七星はおおぐま座の一部で,舛の部分の4星を車に,牽引棒にあたる3星を車を引く人か馬に見立て、北極星の回りをグルグル回る「大車」とみたてることができる。お隣の中国では「帝車」、英国では「チャールズの車」などとも呼ばれているそうだ。
一般にこれらは周極星と呼ばれる星座たちだ。これは、地球上のある地点で沈まない星のこと。つまり天の北極または天の南極に近接し絶対地平線下に沈まない星。そのためその地点では何時でも夜の空で見られる
また、ちょっとわき道にそれるが、
小さい車と呼ばれた星座はギリシア神話に登場するヘスペリデス、そして大きな車(実際は今日のおおぐま座の“尻尾”にあたる3つの星は「ヘスペリデスの園の黄金の林檎」とされていた。そし、ヘスペリデスの近くにある「りゅう座」は、ヘラクレスの神話『11番目の功業』に登場するヘスペリデスの林檎を護るラドンである。
それはつまりこんな話だ。(以下ウィキペディア参照)
ヘスペリデスは世界の西の果てにある「ヘスペリデスの園」に住んでいる。その近くでは、父アトラースが天空を背負って立っている。「ヘスペリデスの園」にはヘーラーの果樹園があり、ヘスペリデスは果樹園に植えられた黄金のリンゴの木を世話して、明るい声で歌を歌っている。木の世話をしているヘスペリデスがリンゴを盗んでいるのを見つけたヘーラーは、百の頭を持つ竜ラードーンに木の周りをぐるぐる巻き付かせ、番をさせることにした。 以下のページを参照にちょっとした図を作成してみた。
間違いない・・・エヴァが木の実ではなく林檎を食べたとの思い違いはこのヘスペリデスの話が発端だ。
まざ、ちょっと話がそれてしまったが・・・、
太陽の光で見えないが日中も沈まないこの星座を、古代の人々が“太陽を運ぶ車”としてみたてたのは合理にもかなっている。おそらく“目に見えない星がそこにある”ということは分かっていたのだろう。
ギリシアの太陽神ヘリオスやローマの太陽神アポロを描く時、チャリオット(馬車/戦車)に乗る姿で描かれるのは、こうした伝承の影響であるだろうし、このバルク書の記述もそれを繁栄している。
「その〔太陽の〕頭上に冠があったが、その〔冠〕の眺めをわたしたちは直視して見ることができなかった。」この〔太陽の〕頭上に冠があるというのは、太陽を擬人化・・・もしくは擬神化しているといっていいだろう。これはヘリオスやアポロ、そして無敵の太陽神ソルがかぶっている冠のことを指していることは間違いない。
アポロ神もしくは無敵の太陽神ソル
ソルが描かれた金貨
おそらくバルクの黙示録が正典として認められない理由の一つは、この露骨に太陽崇拝の影響が出てしまっている太陽=神の描写が原因なのかもしれない。
第8章 ふむ。。。
地上に近づくにつれて光が弱まって悪が栄えると言うのは、ギリシア哲学もそうだし、カバラ的な要素も見え隠れする。
|
Top
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
その損害の規模を誰一人として正確に知ることは出来ない。 金融レセ・フェールの終焉とともに、オバマ大統領のグリーンニューディールによって ケインズ経済学が復活の狼煙をあげるが、果たして危機脱出への処方箋は描けるのか。 財政的にも制約を受ける中、にわかに脚光を浴びる政策がある
実はすでに10年以上も前から丹羽春喜教授を中心としたグループが デフレ経済からの脱却への処方箋として提案し続けている。 そして、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツやクルーグマンが政府紙幣発行に対して 肯定的な発言が話題に挙げられたり、ヘリコプターベンという異名をもつバーナンキFRB議長のエピソードなどが紹介され始めると、 高橋洋一(東洋大学教授)や経済アナリストの森永卓郎など、政府紙幣発行を唱えるエコノミストや政治家がいっきに増えた。 2009年2月6日には政府紙幣を検討する議員連盟の設立準備会も開かれ、 いよいよ政策提案に向けた議論へスタートした。 マスメディアで取り挙げられる機会が増えたのは基本的には良いことだが、 本来の学説からスタートした極めて論理的な政府紙幣発行論と政治的妥協産物のような政府紙幣発行論を 整理し、歴史的エピソードや金融恐慌に揺れ動く世界経済の時事ニュースなどもおりまぜて考えていきたい。
にほんブログ村 経済ブログ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
全1ページ
[1]






