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オバマ政権の下では「グリーンニューディール政策」など史上最大規模の財政政策に舵が切られると、一度は歴史に葬られた「ケインズ経済学」が復活した。見わたせば、サマーズ国家経済会議委員長やバーナンキFRB議長など新政権の周りは”ニューケインジアン”と言われる面々が並ぶ。 日本でも「アジア版ニューディール」だとか「ICTニューディール」だとか・・・例によって「それじゃ我々も・・・」というわけだ・・・ 今朝読んだ日経ビジネスに掲載していた若田部氏のケインズ経済学に対する記事が興味深い。ケインズ政策の理解は、テネシー川流域開発公社(TVA)の巨大ダム建設に代表されるニューディール政策(拡張的な財政政策)によってアメリカを大恐慌から救った・・・というものだろう。Wikipediaにも下記のように記述されている。 ケインズの有効需要創出の理論は、大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト米大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となった。 ただ、当時の不況下にある米国で財政金融政策の必要性を唱えたのは何もケインズだけでなく、当時対極にあったとされる新古典派のフランク・ナイトやアービング・フィッシャーも負債デフレ理論を用いて、リフレーション政策を唱えた。 そこで 日経ビジネスの若田部氏の記事ではケインズ経済とニューディール政策の関連性に対する誤解を以下のようにまとめている。
これは、まず時系列的に間違っている。ニューディール政策はルーズベルトが大統領に就任した1933年から行われ、ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』が発表されたのは1936年である。ケインズが影響を及ぼすのはルーズベルトの二期目、37年以降である。
ニューディール政策はケインズ政策ではない。 ちなみに、1933年の米国の失業率は最悪といわれ25.2%であり、ニューディール政策の成果として1937年には14.3%にまで下がったものの、翌年には再び19.1%にまで上昇した。
ニューディール政策は決して財政政策中心だったわけではない。財政拡張はGDPの3%近くに過ぎなく、−42%もの生産ギャップがある時にはたいした規模ではない。若田部氏の記述によると、最近の研究では金本位制からの離脱とその後の金融緩和政策だったとされている。
1939年にはじまった第二次世界大戦だったという意見もあるが、では英国が戦争前に不況から脱出できたのを説明できていないし、そもそも米国で不況が長引いたのは財政金融政策を引き締めに転じてしまったからであるとしている。
表にまとめると
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ケインジアン
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