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これまでのブログ記事を見て頂ければ分かると思うが、僕はこれまで東電へのバッシングは行き過ぎであり、どちらかというと批判すべきは菅政権と官僚や不安を煽るような報道だと書いてきた。まぁ、東電擁護ともとられないような立場さえとってきた。
日本で起きている放射能の問題は隠蔽ではない。
問題は・・・
そもそも隠蔽する前に
「見ざる、言わざる、聞かざる」 という行政の姿勢であり。。。
問題の存在を認識しないことにしている・・・
という態度をとっていることだ。
僕自身の経験から言えることだ。
インタヴューの男性が
「汚染問題の中にみんなを放置している」
この男性が
「行政に畑の農作物の検査を依頼しても、「20キロ〜30キロ圏から離れている」という理由で応じない」と訴えている。
個人的な経験から同調できる。
また別な男性が言う。
「もはや食べ物ではなくて 放射性廃棄物です」
原子力発電所敷地外で発生した放射性廃棄物の処理方法が未だに問題なのも、
福島県を例外とすれば、未だに原子力発電所敷地外の放射性廃棄物の存在を認めていないからだ。
行政が”問題の存在”と正面から向かい合わない限り、
解決には向かうことはないだろう。
それじゃぁ 市民の力で・・・ともなるが
ガイガ・カウンターの扱いには注意が必要だ。例えば
Coliy Technology GmbHのガイガ・カウンターは中国製だ。
少なくともドイツ製ではない。
ネットにも回答があるが、正しいです。
ご注意を。。。
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時事ニュース(国内)
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「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」
・・・という言葉を有名にしたのは1951年4月19日に離任演説を行ったダグラス・マッカーサーであった。
これは当時兵士の間で流行していた風刺歌のフレーズで、およその歌詞を要約すれば
「遠くにある古ぼけた食堂で、俺たちは一日三度、豚と豆だけ食う。ビーフステーキなんて絶対出ない、畜生、砂糖ときたら紅茶に入れる分しかない。だから、おれたちゃ少しずつ消えていくんだ。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。二等兵様は毎日ビールが飲める、伍長様は自分の記章が大好きだ。軍曹様は訓練が大好きだ、きっと奴らはいつまでもそうなんだろう。だから俺たちはいつも訓練、訓練。消え去ってしまうまで」 多くの場合、この言葉が歪曲して引用されているというようなイメージがあるが、おそらくこれを引用したマッカーサー自身もそうかもしれない。日本でもよく引退時に使われるこの言葉は、
後は若い世代に任せ、年老いた自分は一線を退く
・・・という意味で用いられることが多い。
一つの 去り際の美学 というものなのだろうか・・・。
・・・
戦後、モノづくり大国の日本経済を支えてきた技術者達は、
今や老兵となった。
しかし、そんな老兵たちが今、
未来の日本のために再び立ち上がろうとしている。
福島原発暴発阻止行動プロジェクト
年齢制限60歳以上のプロジェクトだ
以下は下記リンクより抜粋
危険だから自分たちがやる 以前にブログで『人類の英知が問われる時、我々が原発に立つ時』という記事を書いた時、いずれ人員を新たに獲得しなければならない事態がでてくるだろうということを書いた。単純労働者として普通のサラリーマン達が、福島の現場に立つかどうするかを考える日がくるかもしれないということを。
下記のブログでも『福島第一原発のコアな作業員が、二百人程度になってしまっているという情報』ということで、問題は日本の技術力ではなく、現場が労働者を確保できない状態になりつつあることが問題だとしている。
おそらくネットだと「東電役員がいけ!」だとか「政治家がいけ!」だとか書かれるのが関の山だが、現実的には不毛な議論の中に自分らを埋没しているに過ぎない。もし事故の収束が年オーダーであり、作業現場での被ばく量の度合いからすれば一人が年に被爆可能な限界値などすぐに超えてしまうのは明らかで、継続的な作業をするには新たな人員の補充することでしか補えない。
山田恭暉氏は60歳以上の技術系に呼びかけたが、
文系の若い世代も心の準備をしておく必要があるかもしれない。
以下の募集文はリンク先より抜粋→ http://park10.wakwak.com/~bouhatsusoshi/
「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」 |
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今日でこのシリーズも最後かな・・・?
さて、原発視察でカメラマン役を務めた下村健一は、2002年4月からTBSテレビ『みのもんたのサタデーずばッと』にて取材キャスターを担当するだけなく、みのもんた不在時には代理司会を務めた人物だ。
みのもんたと民主党政権の癒着は以前から噂されていて、片山総務大臣も以前にコメンテーターとして彼の番組に出演し「小沢批判」の急先鋒に立っていた。下村と片山が“みのもんた”の司会する番組から内閣に取り入られた事実自体問題視すべきかもしれないが、彼の番組で菅総理の福島原発視察を擁護する裏にはそうした事実関係も作用しているのかもしれない。
下村健一と菅直人の交流は長い。30年以上にもなるという。彼は東京大学在学中に菅直人の事務所で選挙活動の手伝いもしたこともあり、審議官起用は首相側からアプローチだそうだ。ウィキペディアの菅直人の項目には次の様に書いてある。
当時菅の選挙を手伝っていたジャーナリストの下村健一(元TBSアナウンサー)によると、「初当選から十年で自民党に対抗しうる勢力をつくり、その後十年で天下をとる」話を聞かされていたという 一方小沢に対してはあまり好意的でなく、彼が自民党の中国向けODA利権を取材した時に、自民党議員が札束を紙袋に入れて持ち歩いている映像をスクープした。その際、下村が記者会見で小沢一郎にしつこく食い下がったため、小沢が怒って途中で退席した。
というような出来事もあった。
審議官として活動するにあたり、下村は抱負として「首相が何をやりたいのか国民に伝わっていない。これまでの経験を生かし、首相の言葉をわかりやすく伝えていきたい」と語ったそうだが、要するに官邸のホームページ、ブログ、ツイッターなどを担当するということだ。
ところで
カメラは回せるのか? もちろんだ。
彼のホームページにはカメラワークを指南するような「カメラを回す時、とりあえず考えるべき事5か条」という項目がある。 また、下村は陸前高田の視察にも同行しているが、その時もカメラをまわしている。
『下村君はがんばっている(みの)』
ツイッターでは次のように語っている。
原子力技術は、まだ人類には扱いきれんのだな。事故の今後を予測する学者や技師達の説の千差万別さに、つくづくそう思う。(4月19日) 菅総理の内閣審議官のつぶやきとしては問題かもしれないが・・・視察に同行した人間としてそんなこと言って良いのか?
さて、最後にもう一度マスメディアによって報道された菅総理の福島第一原子力発電所視察にまつわる武勇伝をいくつかまとめてみよう。
3月25日
週刊ダイヤモンド 世界が震撼!原発ショック悠長な初動が呼んだ危機的事態
・・・しかし、本店を経由してしか現地に連絡できなかった。だから12日朝、菅直人総理がヘリで現地に飛び『ベントしろ』と言った。吉田所長の背中を押しに行ったんだ(政府関係者)。 4月4日
毎日新聞 福島第1原発:東電、ベント着手遅れ 首相「おれが話す」
「東電はなぜ指示を聞かないのか」。 4月8日
報道ステーション 特集:原発事故の裏側、政府VS東電
危機管理の総司令塔たる総理が官邸を離れ、福島第一原発に乗り込むという行為に出る。そして、総理は原発企業の責任者として現地入りしていた武藤副社長らに厳しくつめよった。 4月10日00:29
MSN産経ニュース 『官邸機能せず(上)「開かずの扉」のその奥は…』
ところが、東電の反応は鈍かった。しびれを切らした菅は午前6時14分、陸上自衛隊のヘリに乗り込み第1原発の視察を強行。「こっちは人命を考えてやっているんだ。早め早めにやらなきゃダメだ」と東電副社長・武藤栄に詰め寄った。 こうした武勇伝が虚構であったことは、記者会見やプレスリリースなどを時系列的に見ていくだけで分かる。これまで見てきたとおりだ。
ただ、原発視察における東電との話し合いで、もし菅総理が『○○』と言った・・・というような政府官邸関係者からの情報があった場合、印象操作も含めてマスコミにリークできる人物は以下の3人だけだ。
寺田学 首相補佐官 (異名:森蘭丸、マスコミへの情報提供)
池田元久 経済産業副大臣 (元マスコミ(NHK))
下村健一 内閣官房内閣広報官室内閣審議官 (元マスコミ(TBS))
しかし、なぜ・・・こんな作り話をでっちあげたのか?
もちろん、4月10日に統一地方選挙の前半戦をひかえていたからだ。
ふむ。。。
それにしても おかしい。下村健一内閣審議官広報担当はともかくとして、寺田学首相補佐官、池田元久経済産業副大臣が原子力発電所に同行した事に対するネットの露出度は極端に少ない。
さらに奇妙な事もある。それは今や有名となった3月28日の参議院予算委員会における池田元久と自民党佐藤ゆかりのやりとりだ。
佐藤ゆかり
・・・言わばこの東電側の激しい抵抗、経産副大臣、それは御存じでおられましたでしょうか。そしてまた、保安院の同行者の方、総理がヘリで視察に行かれて現場が困惑したこと、御存じであったか、それぞれお伺いしたいと思います。 池田元久
まず、事故発生翌日早朝、総理が自衛隊のヘリで現地に行きました。同行者は保安院ではなくて、安全委員会の委員長お一人と、あと官邸関係者と。そして、初動体制のいろいろな問題でございますが、これは事後に予断を持たずに徹底的な検証を行う必要があると思いまして、そこでレビューをされるものと私は理解しております。 ??おかしい。。。
”官邸関係者”って池田自身も使節団に同行しただろう。なんなんだこの他人事のような応答は?
佐藤ゆかり
総理のヘリに同行された原子力安全委員会の方の御答弁をお願いします せっかくなら池田に食い下がってほしかったのだが・・・彼も視察団に参加していたことは知らないのだろうか。
班目春樹
・・・それからもう一つ、総理と同行して現地に飛ばさせていただきましたが、そこは総理が原子力について少し勉強したいということで私が同行したわけでございます。現地において、特に総理が行かれたことによって何か混乱があったというふうには私は承知しておりません。 これがその後問題となった斑目の発言だが、
もし、斑目の発言“そこは総理が原子力について少し勉強したいということで私が同行したわけでございます。”の裏を読むことが許されるなら・・・
「私は別に役割があって視察に同行したわけではない・・・(お飾りに過ぎない)」
つまり本当に菅総理が「原子力について少し勉強したい」と言ったかどうかは二次的な問題だ。問題は班目春樹自身が視察における彼の役割をしっかりと理解していなかったからこういった発言になったのだろう。
ん〜〜〜。
なぜ 池田元久、寺田学、そして下村健一などが
福島原発使節団に同行したことは問題にされないのだろうか?
このベントの攻防と福島原発視察にまつわる議論はどうもおかしい。
さて、福島原発を視察した後の菅総理の動静をみてみると・・・
午前7時47分 菅総理は武藤副社長の説明終わると、49分に重要免震棟を出る
午前8時4分 陸自ヘリで福島第1原発を出発した。
午前8時29分 仙台市の陸上自衛隊霞目駐屯地着。
東電から政府にベント実施の通達があったのはこのタイミングだ。
(午前3時の枝野官房長官会見では、その時点でベントの必要性は東電より伝えられており、発表した後に実施するものと思っていた・・・とある。)
午前8時35分 陸自ヘリで同駐屯地発。
宮城県沿岸部の被災地を上空から視察。
午前9時4分
東電がベントに着手したのは9時4分だ。実際の放射線を含む蒸気を排出するのは2つの弁を開く必要がある。その一つ目に着手したと言うのだ。
午前9時14分 同駐屯地着。
午前9時17分 陸自ヘリで同駐屯地発。
午前10時17分
東電が2つ目の弁の開放に着手するが、不具合で開放しなかったため、代替用の空気圧縮機の調達しようとする。(しかしながら、その調達に4時間を要し、実際の排出が行われたのは午後2時半だった。)
午前10時47分 官邸屋上ヘリポート着。
午前10時50分 執務室へ。
おかえり・・・。
この福島原発視察団のメンバーと発言をまとめた。班目春樹原子力安全委員会委員長原発視察が終わった後も、なぜ自分が視察に同行したのかよく分かっていない。
寺田学首相補佐官(異名:森蘭丸、マスコミへの情報提供)
議事録をとりに同行しただけなので、3月26日にはお払い箱。原発視察の経験活かせず、馬淵澄夫が原子力発電所問題担当に・・・(おそらく連立の仲介役として自民党に菅総理との会談を打診した時に、自民党の重鎮に“おまえじゃ役不足”と一蹴されたからだろう)。
でも 報道ステーションにVTRで出演出来たからいいか・・・。
池田元久経済産業副大臣 (元マスコミ(NHK))
視察に行ったことは秘密。で、結局、『神のみぞ知る』発言でマスコミに叩かれる羽目に。
下村健一内閣審議官広報担当 (元マスコミ(TBS))
映像係として視察に同行。それだけ・・・。一ヶ月後には『原発技術は人類には難しい』などと呟いていた・・・。
菅直人総理
視察後 『爆発はしないよ』 と語ったらしい。しかし、その日の午後3時には水素爆発。
いずれにしても・・・
賭けても良いが・・・
報道されたような官邸と東電によるベントの攻防など・・・
そもそも存在しなかったのだ。
菅総理の原発視察については、“ベントの遅れの原因となった”、“パフォーマンスだった”などいろいろな批判はあるが、一つだけ確かなことがある。
このメンバーで行った原発視察は、
その後の災害対策にまったく活かされなかった・・・ということだ。
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菅総理が福島原発の視察に行った時、
撮影したカメラマンは誰だったのだろうか?前回→ http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/28466416.htmlくだらない疑問だ。。。誰でもいいじゃないか・・・。
・・・と思ったが、話を進めよう。
このカメラマンは菅総理がヘリコプターから降りる場面を左前から撮影、そして後ろに回り込みながら視察団一行の撮影をしている。
ただ、時間が早朝のため、朝日によって帽子をかぶった姿のカメラマンのシルエットも映っている。
ん?
このカメラ・・・
・・・なんだか、ただの家庭用ビデオカメラ、ハンディーカムに見える。
プロのカメラマンが、ハンディーカムを使うだろうか・・・?ツカウカモネ
影に映った帽子をかぶった姿のカメラマンだが、帽子の形や襟元から判断すると、何となくだが政府系の防災服を着用しているようだ。
ところで、
菅総理が到着するVTRシーンの中で、同行していたにもかかわらず確認できない人物がいる。
首相補佐官の寺田学だ。
重要免震棟では菅総理の隣に座りメモをとっている彼の姿ある。
実はこのシリーズを書き始めた時、このビデオカメラ撮影を行ったのは、報道ステーションで証言していた“腰の軽い(産経ニュース)”寺田学本人だと思っていた・・・。
というのは、寺田学は4月8日に放送された報道ステーションの特集『原発事故の裏側、政府VS東電』の政府側の主要証言者であり、産経ニュースでは「開かずの扉」の“開閉係”として「腰が軽く頭の回転が早いところ」など、内部のリーク元としてふさわしくヨイショされていたので、ひょっとして映像も彼が自分で撮影したのではとさえ思った。
以前 彼は『世論と永田町がリンクするのが民主党だ』(http://d.hatena.ne.jp/haigujin/20100830/1283162500)と発言したことがあるが、彼の頭の中では、メディア=世論=国民 となっている。
しかし、若い・ボンボンの議員だからと言って甘く見てはいけない。
民主党人事の裏事情などがザルのようにマスメディアに流されるのは、森蘭丸と異名をとる寺田学がリークしているからに他ならない。しっかりとマスメディアに情報を流すことによって、菅総理の報道もある程度コントロールされたものになる。逆に思ったように情報を出さない東電などは徹底的に叩かれるのだ。
まぁ、マスメディアと民主党の結び付きは以前から指摘されていた。
それが端的に現れたのは2009年8月30日に行われた衆議院議員総選挙だ。以前『経済を危機から救った政権をお払い箱という民主主義(http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/20995733.html)と題して当時のマスメディアの偏向報道に対する記事を書いたのだが、その選挙で民主党は少なくとも23人のマスコミ出身者の候補者を立ててきた。http://www.j-cast.com/2009/07/15045431.html
(公平性ということであれば自民党には10名ほどのマスコミ出身者がいた)
あの、執拗な麻生バッシングも民主党の勝利も、こうした事情を考えれば当然かもしれない。
しかし、
寺田がカメラマンか?というと、どうも違うような気がしてネットで調べてみると・・・
4月2日にその日の「みのもんたのサタデーずばッと」を見た人物からYahoo!知恵袋に投稿があった。
おそらく質問者“konoyonosue”はかなりの“アンチみのもんた”のようで、あたりかまわず“みのもんた批判”とそれに同調を求めるような質問をしている。したがって多少割り引いてみる必要もあるが(ちなみに僕もみのもんたは嫌い)・・・、多少興味深い質問もある。
それに・・・異常なまでにみのもんたを攻撃しているが、それを“変質的”とみる見方もできるし・・・ひょっとすると
業界・内部事情に詳しい者
・・・という可能性も否定できない。
当該の映像を僕は見ていないので裏は取っていないのだが、知恵袋の内容は次の通りだ。
4/2「みのもんたのサタデーずばッと」 菅首相ヘリ視察出発
konoyonosueさん
6:03 「菅首相ヘリ視察出発」を生放送で取り上げました。 質問③もあるのだが、本題と関係ないので省略
週刊新潮の記事にも、元TBSのジャーナリスト広報担当の内閣審議官も同行したと書いてあり、日刊ゲンダイにも同様な記事があったようだ。『日々坦々資料ブログ』より引用すると。
(日刊ゲンダイ2011/3/22) このまま信じていいのだろうか・・・。
また、こんな証言がある
地震発生当日から、菅首相は被災した原発に強い関心を示し、非常用発電機を原発まで空輸できるかどうか尋ねたこともあったという。側近の一人、下村健一氏によると、首相は自ら携帯電話をかけて、発電機のサイズと重量を問い合わせたという。 大震災が発生した当時から下村が首相と伴にいたことが分かる内容だが、菅総理の行動をリークしているのは他でもない下村本人だ。
更に2010年に下村が広報担当の内閣審議官に抜擢された当時の報道で・・・
時事通信 11月5日(金)23時48分配信 菅総理が語った内容をマスコミにリークできる人物は 下村をおいて他にいない。
福島第一原発での菅総理視察に同行し、カメラマンとして動いたのは
下村だったのだ。
この震災翌日の原発視察・・・
企画・立案も彼によるものなのだろうか?
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さて、視察までの状況把握がダラダラと長くなってしまったが、何はともあれ3月12日午前6時14分菅総理は福島第一原発視察を強行する。
しかし、この時の状況は非常に切羽詰まっている。出発30分前に福島第1原発正門付近で計測された放射線量は通常の約8倍という値を示し、格納器内の圧力は設計上の値の2倍になっていることが予想されている。菅総理自身、避難指示範囲を10キロに拡大したばかりだ。
実際に菅総理が向かった場所については、原発から5キロ離れたオフサイトセンターという噂もあった。
オフサイトセンターの位置(地図上のA地点)
また、菅が行ったのはオフサイトセンターでこれは原発から5キロ離れている。当たり前だが原発に直接乗り込んで作業員を視察したわけではない。 というようなコメントだ。
実際、オフサイトセンターと呼ばれる緊急事態応急対策拠点施設は、原子力災害発生時に避難住民等に対する支援など様々な応急対策の実施や支援に関係する機関などが、一堂に会して情報を共有し、指揮の調整を図る拠点となる施設である。しかし、福島民報が3月17日に伝えたところによると、この大事な拠点が震災で被害を受け、機能のほとんどが失われたことが後日分かったそうだ。
(参考:
いずれにせよ、実際の記録を見る限り、菅総理が訪問したのは現場から5キロ離れているオフサイトセンターではなく、原子炉建屋の1号機から400メートルぐらいの距離にある重要免震棟である。
これは実際に菅総理の視察VTRでも明らかだ。彼らが向かう左手前には大きなタンク状の建造物が2機見えることから、菅総理一行は福島第一原子力発電所敷地内の運動場にヘリコプターを着陸させ、その後バスに乗って重要免震棟に移動したと考えられる。
2機のタンク状の建物(班目春樹原子力安全委員会委員長背中が見える)
菅総理視察 移動経路(予想)
危機管理上、信じられないことだが、菅総理が向かった場所はやはり重要免振棟だ。
さて、
ネットで調べることの限界なのか、誰が何人現場に行ったのかは、首相動静などで見る限り、政府側として、菅総理をはじめ、班目春樹原子力安全委員会委員長 と 寺田学首相補佐官 の3名が同行したと書いているが、この時の東電とのミーティングに池田元久経済産業副大臣が同席していると書いてあるので、合計4名となる。
池田元久はNHK出身元社会党の民主党議員で、今回の福島原子力発電所の事故では『神のみぞ知る』発言で後に有名になった人物だ。ちなみに彼はパチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザーに名を連ねている。 その他同行者の名前を出すことは公には避けているが、
2011/4/8 4:00 日本経済新聞 電子版 (4/8付 日経朝刊 第7面) によれば
原発視察に同行したのは原子力安全委員長の班目春樹、首相補佐官の寺田学、SPや医務官ら総勢10人。最小限の規模にしたのは「大名行列ではだめだ」という菅の指示だ。 ということらしい。。。
午前7時11分、福島県大熊町の東京電力福島第1原子力発電所着。現場を視察するVTRを見ると、警察庁の防災服を着た人物が菅総理の両サイド、そして前方にと合計3名見ることができる。日経新聞が報じたSPとはおそらくこの3名のことだ。ヘリコプターを降りて免震棟に向かう一行の中には、まず菅総理が降りてきて、その後同じく青い防災服を着ているパチンコアドバイザーの池田元久が降りてきている・・・(タブンね)。
映像はこちらをご参照ください ↓
更にVTRを観察すると、菅総理を迎えたのは白い防護服を着ている東京電力副社長の武藤栄と幹部スタッフ(おそらく福島第1原発の現場責任者の吉田昌郎・執行役員発電所長?)だ。
東京電力の武藤栄副社長は前日3月11日(金)午後3時30分、つまりあの大地震があった45分後には東京の本社からヘリコプターで福島第二原発に向かっている。福島第2原発の職員から津波を目視したとの報告が入ったのが午後3時23分であるから、この反応の速さは世間の批判に目をつぶれば、原子力村の頂点に立つ男がとった行動としてはむしろ評価すべきものがある。
そして、武藤は午後6時半ごろに福島第2原発に到着、そしてその日のうちに福島第1原発から5キロ離れたところにある「オフサイトセンター」に入り、指揮をとり始めたとある。これがおそらく“菅総理はオフサイトセンターに行った”という誤解を生んだのだろう。
一方、吉田昌郎は、東電批判記事の中では特殊な存在で、東電経営陣とは対照的にマスメディアでは現場のヒーローとして取り扱われている存在だ。週刊ダイヤモンドでも『福島第1原発の現場責任者は、吉田昌郎・執行役員発電所長である。その陣頭指揮は光っていたようだ。「吉田所長は勇敢で現実的だった」と政府関係者は言う。』とべた褒め。
“東電経営陣が海水投入を渋った”とか“手動ベントを渋った”というのはもう少し事実の検証が必要だし、当時の所与の状況を考えれば、すぐに技術的に着手できるような状況ではなかったことは明らかだ。
ただし、少し穿った見方をすれば、菅総理の福島原発の視察はひょっとしたら3月11日のうちに決定しており、武藤はそれを受けて第一原発に入ったと言う見方も出来るが・・・いずれにせよメディアで露出する無愛想な武藤副社長は、処世術に長けた政治家の前では格好のスケープゴートだ。
さて、菅総理の視察に話をもどそう。
ヘリコプターを降りていく菅総理を撮影した後、カメラマンは、一行の後ろからまわりこみ、重要免震棟に向かうためにバスに乗り込もうとしているところを撮影している。
黒いフードのついたジャンバーを着た人物が2名ほど写っている(上記写真)が誰だろうか?医務官だろうか・・・?
武藤副社長といっしょに、現地の警備員らしき人も見えるが防護服は着ていない。
ふむ・・・
ところで・・・
ビデオを撮影したのは誰だ?通常、菅総理の視察にはカメラマンが同行している。カメラマンが同行していくことそのものは、それほど強く批判されるべきではない。『視察』ではあれば、見たものを記録しようとするのはむしろ当然だろう。基本的に総理の動静を撮影するのは専属の「公式カメラマン」、略して「公カメ」が行うことになっている。
しかし、彼らが“カメラ”ではなく“ビデオカメラ”の操作を行うことはあまり考えられない。
菅総理がヘリコプターから降りてきたところを撮影したということは、
現場にもカメラマンが待機していたのだろうか?
もちろん違う
常識的に考えると、夜を通して現場で働いた東電関係のスタッフには頼みにくいし、停電があった現場でビデオカメラのバッテリー充電を頼むようなバカな真似はしない。
それに今回の視察に関する映像はすべて政府の権限範囲でもっておきたいと判断するだろうし、実際メディアに出てきた写真や映像はすべて官邸の広報室からだ。
つまり、ヘリコプターの中で菅総理を撮影しているビデオカメラと福島原発にてヘリコプターから降りてくる菅総理を撮影しているビデオカメラは同じで、政府の所有物としてみる方が自然だろう。
当日現場に到着すると真っ先にヘリコプターから降りて、
準備のできた時点でヘリコプターから降りる菅総理を撮影したのだ。
『政府の東電に対する不信感』がよくクローズアップされているが、こうした現場を見せつけられては、当然『東電の政府に対する不信感』もあって当然だろう。
でも、
誰が撮影したのか?
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