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高田馬場「パシフィック・カフェ」において、特定非営利法人ヒューマン・ライツ・ナウによる「ヒューマン・ライツカフェ」が開催された。
ゲストスピーカーとしては、25年間のジャーナリスト生活で世界を一周した伊藤千尋さんをお招きし、目撃した各国の歴史的な一瞬を2時間に亘るトークの中でリアルに語られ、日本が欠落している憲法を活かすことの必要性を訴えられた。
聴衆は、主催者の予定を超え、60名ほどの事前予約を受け、当初予定の2階のラウンジから3階の会議室へと会場を移す結果となった。参加者の年齢は、私が最年長にも見え、20代30代の若者が主体だった。女性の方が多いのは、こうした講演会の最近の顕著な傾向と思われる。そこが9条関連の催しとは大きく違うところだった。
伊藤千尋さんのお話を直接お伺いするのは、今回が初めてであり、ヒューマン・ライツ・ナウのイベントへの参加も初めてであった。
昨年6月に、同じ高田馬場を開催地としたピースボートが主催した、「週末テラコヤ」に参加し、ヒューマン・ライ・ウォッチの東京ディレクター弁護士・土井香苗さんの「アフリカ・エリトリアからの出発」と題して世界の人権問題に取組む経緯をワールドワイドにお話されたのを昨日のように思い出す。若さあってのこともあろうが、日本を越え出た世界的な活動に羨望を禁じえなかった。
同い年で団塊世代・伊藤千尋さんの紹介された数々の特派員生活は、文字通り、羨望の極みだった。
伊藤千尋さんのように時代と、リアルな歴史とに切り結ばれた時代の目撃者人生を送ることは自我に目覚めた少年時代から求めて止まない願望であり、私の「夢」そのものであった。
企業生活でありながら、そうした人生をいとも簡単に実現されていく伊藤千尋さんに同世代である自分との違いを嫉妬にも似た感情を込めて対比し、自己の不甲斐なさを責めるしかなかったのであった。
伊藤千尋さんは南米特派員時代において、ニカラグアの内戦の只中で出会った12歳の少年兵が「自分は勉強をしたい、海洋博物学者になりたい、そのためには戦争を終わらせねばならない」と切実さ溢れる言葉を発して参戦した事由を聞きながら、その少年兵の言葉に心ゆらしながらも、、平和ボケしている日本の若者との違いを鮮明に対比するのだった。
また、伊藤千尋さんは、チリ軍事政権を生み出すに至った、アメリカ政府の仕掛けといわれる、もう一つの「9.11神話」について紹介された。チリ市民の老若男女の一部は、軍事政権下であっても第九「歓喜の歌」をハミングし、また、外出禁止が命じられる夜半に台所で鍋を叩く主婦、自分のできる範囲で声を上げ行動する草の根の反政府活動の実態をリアルに報告されながら、日本の人々の緩慢な動きに喝をいれらるのであった。
チェコのビロード革命で復活したマルタクビショバさんの登場を涙で迎えるチェコの民衆、そして、マルタクビショバさんの再登場にチェコに人権と自由が回復されたことをシンボリックに伝えた。
●プラハの春・マルタクビショバ
http://journey2past.blogspot.com/2008/08/hey-jude.html
伊藤千尋さんがロス朝日新聞支局長に着任して2週間後に2001年の9.11が起きる。その後反テロの名で戦争国家化するアメリカ。そうした国に黙って追随する日本。憲法を活かすことのできない日本人に、反米大陸化する南米の国々、コスタリカや、ベネズエラの国を対比しながら平穏の毎日を送る日本人に喝を入れられるのだった。
最後に、伊藤千尋さんは、、南米の小国「コスタリカ」やキューバのように戦争国家アメリカと訣別し、日本が軍事費を教育費、福祉費、環境費に振り分けることを情熱的に提案されるのだった。
2時間休むことなく「活憲」の必要性を活弁され、日本の進むべき方向をしっかりと指差すのであった。
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2009/5/26(火) 午後 7:26 [ 団塊の旅人 ]