全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

/Photo :thanks to Mr.Mah / blog name まぁのブログ / 記事:おくりびと


もしも「おくりびと」という作品が、「感傷」ではなく優れた「抒情」に留まっているとするなら、それはこれまでにみた徹底した「形式主義」によるのかもしれない。
謎は残さない。台詞は形式化され、宣言となり、主題は反復される。

例えば美香(広末涼子)は、大悟(本木雅弘)の父が残したレコードコレクションを手にとりながら、「私思うんだけど、大ちゃんのお母さんって、ずっとお父さんのこと好きだったんじゃないかな。でなきゃ、レコード全部捨ててるって。こんなにきれいに整理してないって。」
とつぶやく。

この台詞は「命題」であり「法則」である。
つまり、「愛する人物の持ち物は、ずっと捨てないでとっておかれる。」。あるいは「ずっと残しておくという行為は、愛である。」。
この命題=法則は作品を貫く。

「ずっと残されたもの」。それは母が大悟に残した喫茶店、大悟の子供用のチェロ、父が大悟に贈った石手紙、父の死の床で握りしめられていた大悟から贈られた石手紙である。

大悟はモノローグで、喫茶店を「母がたったひとつ残してくれた遺品」と形容している。しかし、その一方で美香は何故だか突然、「ここって最初はお父さんの喫茶店だったんだよね。」と「わざわざ」呟く。
つまり喫茶店は「父が母に残し」、それを受け継いだ「母が大悟に残し」たものだ。
よって先の命題の故に、父は母を愛し、母は大悟を愛していたということになる。
父が死の床で握りしめていたのは大悟から貰った石手紙である。父は大悟を死ぬまで愛し続けたのだ(
これは分析するまでもなく自明ではあるが)。

大悟と父と母。この三人の愛のベクトルを考えてみよう。
父が母を愛し、また母も父を愛していたという構図は成立している。(大悟は、父が母と自分を捨てたと理解している。しかし父は喫茶店を母に残すことで形式的に愛を表明しているのだ。)また母が大悟を愛し、父が大悟を愛していたことも「残されたもの」の命題によって理解される。では、大悟の母への愛、あるいは大悟の父への愛はどのように示されているのだろう?
「大事にとっておかれたもの」で未検討なのは、子供用のチェロと、チェロのケースに同梱されていた石手紙だ。
父が愛人と出奔した後、これらの二品を「とっておいた」のは大悟の母である。子供用のチェロは「父」が大悟に買い与えたものであり、また石手紙は父が大悟に贈ったものだ。
これを母は「ずっと捨てずにとっておいた」。母は、父の大悟に対する愛を、母の大悟に対する愛ゆえに伝達しようとしたのだ。あるいは、父が母に残した喫茶店とレコードが大悟へと残した母は、父の自らへの愛と変わらぬ大悟への愛を、息子に遺品として残すことによって(大悟に)知らしめたといっても良い。

一方、子供用のチェロを実家に残したのは大悟である。つまり、大悟もまた母を愛していることをチェロを残すことで示しているのだ。
しかしその一方で、父が母に喫茶店を残し、レコードを残すことによって形式的には愛を残しつつも「妻=故郷」を捨てている。母に「チェロ」を残しつつも都会へと逃れ去り、父の遺品を放置し、母の遺品を都会へと持ち出さなかった行為をみれば判るように、大悟は図らずも父の行為を模倣しているのだ。
つまり、母に対するその身振りにおいて。大悟は父そのものなのである。とするなら、大悟は父の贖罪を代行しなければならない。従って物語は大悟を「帰郷」させるのである。

さて、大悟の父に対する愛は消え去ったようにもみえる。「愛の命題」に即してみてゆくと、どうもそれらしきものが見当たらない。父から貰った子供用のチェロと再び手にとった父からの石手紙を発見し、「大事にとっておく」ことで愛を証明しようとするのだろうか?
ここで、滝田洋二郎は、面白い演出を行う。美香と大悟が鶴の湯から帰り、家で乾杯した夜、美香は残されたレコードを物色しながら「お父さんに会いたくないの?」と大悟に問う。大悟は「会いたくない。でも、もし会ったら・・・ぶんなぐる。」と言って、父にもらった石手紙をテーブルの上に放り出す。石は「ゴトリ」と大きな音を出す。まるで父を許さないかのような台詞と演出である。
しかし、この直前、美香がかけたレコードを聴いて大悟が漏らしたのは「父の好きだった曲だ」という一言だ。ここで思い出そう。レコードから流れた曲は、大悟が実家に帰って初めて子供用のチェロを手にした夜、一人密かに弾いた曲なのだ。大悟は父の好きだった曲を奏でることで、父への愛を既に証明していたのである。
美香は大悟と共に父の残したレコードを聴きながら、大悟がテーブルの上に放り出した父の石手紙をそっと両手に包んで、前出の「大悟の母は、父がずっと好きだったのではないか」という言葉を呟くのだが、もちろん美香がこの曲を聴くのは二度目である。従って美香は大悟の父への愛に気づいているのだ。その父が残した石手紙を両手に包むことで、その石手紙に込められた父の大悟への気持を、美香は読みとっているのである。その後美香が大悟と父の再会をお膳立てすることになるのは言うまでもない。


さらに、宙に釣られたままに見える台詞を検討してみよう。
大悟が腐乱死体を納棺した夜、子供用のチェロを弾きながら以下のようなモノローグが流れる。

「一体自分は何を試されているのだろう。母を看取らなかった罰なのか?この先どうなっていくんだろう?」

この問いを発した翌日、悩める大悟はNKエージェントに出社せず、一人橋の上に立ち、産卵のために川を上る鮭を眺める。途中、川を上り切れずに死んで下流に流れされてゆく鮭を見送る大悟。
つと通りかかった平田が大悟のそばに立ち、共に川を除き込む。また力尽きた鮭が一匹、死んで下流に流されてゆく。「なんか切ないですよねえ。死ぬために川を上るなんて。どうせ死ぬならあんな苦労しなくても・・・」と呟く大悟に、「帰りてえんでしょうのお。生まれ故郷に。」と応じる平田。

その後、大悟は河原に座って時間を過ごすが、橋に車が止まる。社長である。
車を降りた社長は「メシ食いに行こう、メシ。」と声をかける。
大悟は「偶然ですか?ここを通りかかったのは。」と叫ぶ。
社長はそこで、「運命だな。君の天職だ。」という。

この一連の抽象的な問答が、大悟の問い(モノローグ)に対する回答を示している。

注目すべきは、平田もまた火葬場に長く務める「おくりびと」であること、そしてその彼と並んで大悟は「鮭を看取っている」という構図だ。図らずもまたここで大悟は「おくりびと」を模倣しているのである。
(このシークエンスにはもう一つの事実に気付かねばならない。「なぜ死ぬために川を上るのか?それは故郷に帰りたいからだ。」という「命題」は、「故郷に帰って死にたい者」、つまり大悟の父と、NKエージェントの事務員上村の心境を代弁しているのである。)

こうした「模倣」に苛まれる大悟は、社長とのやり取りの場を借り、「一体自分は何を試されているのだろう。母を看取らなかった罰なのか?この先どうなっていくんだろう。」という問いを凝縮し、橋までやって来た社長に対して「偶然ですか?ここを通りかかったのは」と聞いているのだ。つまり、「私がチェロを辞め、故郷へ帰る、そして貴方と出会い、納棺師の仕事を行うことになったのは偶然か?」と問うているのである。それに対して導師である社長が、チェリストを辞め、タコを葬送し、鮭を今また図らずももう一人のおくりびとである平田と共に葬送してしまうその振舞いと、「故郷へ帰って死にたい父」を看取ることになるという予兆をその証左として、また、前述のようにチェロの演奏と納棺の儀の相等性において、「運命だな。君の天職だ。」と答えているのだ。
「一体自分は何を試されているのだろう。母を看取らなかった罰なのか?」という問いの中で、「試されている」のは第一回の記事で述べた「資質」であるが、しかしそれも「通過儀礼」にすぎない。「納棺師」になる未来は「運命」として約束されているのだ。
「母を看取らなかった罰なのか?」そうではない。図らずも父を模倣し、母を看取れなかったという悔恨から大悟を開放するために、「父を看取ることが出来るように」故郷へ大悟を誘い、納棺師への道を開いたのは、社長のいう「運命」の仕業だ。
では、こうした運命に導いたものは何なのか。あるいは誰なのか。

チェリストとしての道をあきらめ、田舎に帰らなければ父の死の電報を受け取れず、父を看取ることもできなかった大悟。「一体自分は何を試されているのだろう。母を看取らなかった罰なのか?この先どうなっていくんだろう?」という問いへの回答として、ふと「無性にチェロが弾きたい」と思わせ、子供用のチェロと父の石手紙に大悟を遭遇させることで回答へと導いたのは、もちろんそれらを残した人物、つまり母なのだ。母こそが大悟を「運命」に導いたのである。

さて、「おくりびと」という作品の徹底性は、「謎を残さない」ことにも表れている。映画を観た感想は人それぞれであって良い。しかし、作品中に問いかけられた謎に対する回答は、全て作品中に用意されている。
作品中に納棺される人々は、息子、母、娘、祖父、祖母、子供。そして最後に「父」を看取らせる。つまいr老若男女、その網羅性は徹底しており、形式性が色濃く反映されている。
エンドロールと共に流れる大悟の手による「納棺」は、その形式性においてもちろん大悟の手による「納棺の案内ビデオ」である。社長が演じた納棺ビデオではない。つまり、大悟が納棺師を継承した証として撮られたビデオなのである。
作品のこうした自己完結性と徹底した形式性に我々は戸惑う。
交わす会話の抽象性。あるいは不意に飛び出す命題=宣言。
これらが作品からリアリティを奪い去ってゆく。もちろん、反リアリズムの作品だと言いたいのではない。

こうした題材ならばリアリズムが徹底されるべきではないかという、観客のごく初歩的なフィクションに対する誤解に対して滝田洋二郎は徹底的に抗っているだけだ。

ともすれば安易な善意とつまらない社会性を振りかざしながら「職業の貴賎」だの「生と死」だのと口にすることが作品を観ることの放棄に過ぎないことに気づかぬ観客、「感傷」や「俗情」を「感動」であると勘違いする観客、リアリズムをフィクションと誤解して文句をのたまう観客に対するアジテーションとして形式主義的な設計が採用されたのかもしれない。

いずれにせよ「おくりびと」は、由緒正しい映画なのである。

-to be continued

閉じる コメント(7)

アバター

ご訪問、コメントありがとうございました。
監督だけでなく、この企画を持ち込んだ本木雅弘さんや、ガンに侵されながら死ぬ役に挑んだ峰岸さんや、映画の完成を見ることなく亡くなった小口プロデューサーや、色んな方の思いや死生観が詰まった、
本当に由緒正しい映画だと思います。

2010/5/18(火) 午後 5:03 JUNJUN

顔アイコン

僕は映画はまだ見ていないで、この記事の完結の後見ようと思っております。由緒正しい映画とは、映画になっていない撮影実話等を持ち込んで云々することではなく映画そのものにおいてまず発された言葉でしょう。死生観というのは実に曖昧な言葉ですが、映画そのものがすでに生・現実を映像として記録的に残してしまうそのことで映画の発生とともに人に揺らぎが与えられたということ、映画そのものが「おくりびと」であることをいま考えております。映画を見ていないのでわからないところもあるのですが、だからこそ僕の場合は記事そのものから考えることができているかもしれません。勝手なコメントですみません。この先が早く読みたくて(笑)。

2010/5/21(金) 午前 9:15 [ Jump・Jack ]

顔アイコン

JunJunさん、遅くなりました。今回の記事を投稿した際に、このブログの機能で他の方の記事の紹介があって、貴女の記事を知ったのです。僕はあまり他のブログに出かけてコメントするということはないのですが、貴女のレビュー、気になるシークエンスを片っぱしから列挙されていましたでしょう?あれは「由緒正しい(笑)」映画レビューアーに欠かせない資質だなんですね。ほとんどの人は作品を綜合して論じてしまうんですが貴女ははそれをしない。それに感心してコメントさせてただきました。生意気な返信でスミマセン(笑)。

2010/5/23(日) 午前 10:42 [ aly*nv ]

顔アイコン

Jump・Jackさん、前半の指摘はその通りです(笑)。
私の今回の記事はレビューでも批評でもなく単なる分析なんですが、もちろん「映画を観ない」人への啓発ではあるんですね(笑)。実際こうした「分析作業」は面白くもなんともないのですが、次のステップに進んで「批評」を書く場合にはおさえておかなければならない技術です。表象芸術の修辞学を学びましょうというのが趣旨なんですが、逆にこれを読んでいただいてからご覧になると、映画がどのように見えるんでしょう?それは私にもわかりません。

2010/5/23(日) 午前 10:50 [ aly*nv ]

顔アイコン

ごめんなさいね。帰国して直ぐに母が亡くなり、ゴタゴタしてました。張ります。お待ちを。
**旅行、楽しかったですよん。

2010/8/14(土) 午後 10:27 [ aly*nv ]

顔アイコン

初めまして(*´∀`*)
全ての記事にコメントしたい位に読み込んじゃいました♪
最近は、私はバイナリーとか食とか最近の出来事について書いてます♪
お互いに共感する部分があるかも知れないので是非、遊びに来て下さい(*´艸`*)

2015/3/27(金) 午前 7:24 [ ゆうママ ]

顔アイコン

遅くなりましたがありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

2015/3/31(火) 午後 1:19 [ aly*nv ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事