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突然ですがこのブログを本日にて終了させていただきます。
長らくのご愛読まことに有難うございました。
なお引き続きお読みくださるかたは、下記までお願いいたします。
佐々木眞拝
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こんにちは、ゲストさん
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突然ですがこのブログを本日にて終了させていただきます。
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佐々木眞拝
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西暦2016年如月蝶人狂言畸語輯&バガテル―そんな私のここだけの話 op. 226
以前東京新聞の歌壇の老選者が、現代口語で応募した人の作品を勝手に文語に直して特選とし、「どうです、これで格調高い短歌になったでしょう」なる評語を添えていたが、こういうのをいと腹だたしうこちたきわざ、要らぬお節介というのだ。2/1
甘利選手の「政治と金」問題では、本人と首相の任命責任を徹底的に追及する必要があるにもかかわらず、直後の安倍内閣の支持率が上昇しているのはあまりにも酷過ぎる。日本人は真正の阿呆莫迦者にあらずや?2/2
安倍蚤糞が本気で憲法改悪を宣言しているというのに、能天気な人々は相も変わらずスマップやらゲス&ベッキーやら清原問題とやらにうつつを抜かしている。実はそんなこたあどうでもいいのに。2/4
死はNothingである。生は、兎に角Somethingである。たとへいか程苦しくともNothingよりSomethingの方がいいに違ひない。谷崎潤一郎「「異端者の悲しみ」の「はしがき」」 オーレル・ニコレ、スイスのヌーシャテルに死す90歳。この人の現代音楽作品の演奏を収めたLPレコードを愛聴したものだが、あの古いレコード、どこへ迷いこんでしまったのだろう。2/5
シカトするのが一番なのに、まるで大本営の発表みたいにワンワン騒いで北朝鮮の思う壷に入ってる。これも安倍蚤糞の戦争準備の一環ずら。2/7
NHKの「覆面リサーチボス潜入」という番組が気になる。企業のトップが変装して従業員が働く現場に潜入し、後で水戸黄門のように正体を明かして問題点を解決したり表彰したりするというのだが、これって社員に対するスパイ行為だよね。2/8
私企業のトップが労働現場の実情と問題点を把握し、その対策を講じるのは当然のことだが、それをなんでテレビを通じて一般への見世物にしながら実施する必要があるのか。そもそも「皆様のNHK」は特定企業の宣伝は行わない唯一の「公共」放送局ではないのか。2/8
言論の自由を抑圧する権利は、電波法にも鬼面人を驚かす面妖大臣にもない。2/10
元サントリー宣伝部の鈴木理雄さんと元日本総天然色の高杉治朗さんが亡くなっていたことを昨日はじめて知った。在りし日の彼らを偲んで今日は静かに過ごそう。2/11
婆佐羅と号して専ら過差を好み、綾羅錦繍・精好銀剣・風流服飾、目を驚かさざるなし。「建永式目」2/11
「跳ねば跳ね、踊らば踊れ春駒の 法の道をば知る人ぞ知る」 一遍上人2/11
民草のなけなしの貯蓄の最低金利すら奪い去っておきながら、「大丈夫、大丈プリン」などととほざいている安倍蚤糞を、阿呆莫迦自公以外の誰が信用できるというのか。2/14
写真の意義とは、我われが生きている、あるいは生きていた気配を写し取ることだ。それが写っているかいないかは別として。2/14
武満徹が死んでもう20年も経つとは知らなかった。奥さんも同じ歳に亡くなっているんだ。あのご夫婦は東京文化会館などでよくお見かけしたが、とても仲が良さそうだった。ひところNHKのクラシック番組の解説をしていた娘さんはどうしているのかしら。
岩城宏之指揮東京コンサーツの演奏で聴く武満徹のテレビドラマ「波の盆」の主題歌ほど泣かせる名曲はない。2/15
谷川俊太郎の「とおく」という詩に武満徹が曲をつけた「系図〜Family Tree」という作品は、若き日の遠野凪子の朗読とともに終生忘れがたい。凡庸なN響を、凡庸なシャルル・デュトワが振ったにもかかわらず。2/16
空想に生きる者のみが藝術家たり得る資格があるのである。藝術家の空想が、いかに自然を離れて居ようとも、それが作家の頭の中に生きて動いて居る力である限り、空想も亦自然界の現象と同じく真実の一つではないか。谷崎潤一郎2/18
桃花流水 杳然去
油碧香車 不再逢 by徐蘭修2/18
笊から水がどんどん漏れるので、いくら上から注ぎ込んでもおいつかないや。2/21
帽子というものは、晴天でなくても帽子を被るかぶっていないと、不安になるものだ。もしかすると天皇制の根っこは、そんなところに潜んでいるのかも知れないな。2/22
オーケストラ・スコアを書き写すのは、すばらしい練習である。あなたはただ単に読んでいる時よりもはっきりと、自分が書いているものを<聴く>のだ。シャルル・ミュンシュ「指揮者という仕事」2/23
ひと頃は円が80円くらいだったから、安倍蚤糞が登場してからというものは110円台まで急騰したから、好きなCDの大人買いがてんでできなくなった。あれからずっと景気は悪くなるばかりだ。2/23
あたし? あたしは生まれてこのかた、ずっとローパーさ。byシンディ・ローパー2/23
聴覚障がいの息子を持つ歌手が、今度の参院選に出るそうだ。障がい者の親として支援してあげたいところだが、なんで弱者に最も冷酷な安倍自民党から出馬するのか分からない。2/24
私は総譜を暗譜することを要求はしなかった。レイナルド・アーンが書いたように「コンサートに来るのは音楽に感歎するためであって、指揮者の記憶力に感歎するためではない」。シャルル・ミュンシュ「指揮者という仕事」
オーケストラの指揮にはスポーツ的な面があるので、私は体操することが必要だと思う。指揮者は、この本来霊感を吹きこまれた存在であり、詩人である者は、想像以上に神経と筋肉との釣り合いを必要とするのである。シャルル・ミュンシュ「指揮者という仕事」
オーケストラは一個大隊である。これを指揮したいと思う前に、その心理を深く理解していなければならない。シャルル・ミュンシュ「指揮者という仕事」
リヒアルト・シュトラウスの父親は有名なホルン奏者だったが、「我われはあなたが指揮台に上がり、指揮棒を手に取るより前に、主人はあなたなのか我われなのか、もう知っています」と語っていた。シャルル・ミュンシュ「指揮者という仕事」
ほらごらん太平洋旅行社のバスが鎌倉街道を駈け抜けた 蝶人
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西暦2015年水無月蝶人酔生夢死幾百夜
私が勤務している会社は、地道に米を販売する地味な会社なのに、社長がとつぜんとち狂って若者向けの2種類の新製品を発売し、それぞれにマスコット・キャラクターをくっつけて売り込むのだと張り切っている。6/1
しかもその会社の社長は、私にはすでに愛妻があると知りながら、会社の同僚の若い女性を私にくっつけ、一日も早く結婚させようと様々な策謀を巡らせているのだった。6/1
バスの添乗員のおばさんが、さきほどからバスを待たせたままウロウロしているので、訳を聞いたら「モメントを買いたいの」というので「モメントってなに?」と聞いたら、「モメントいう名前のミネラルウオーターです」という。
「そんならこんなところでウロウロしていないで、最寄りの自販機かスーパーかコンビニへ行って早く買いなさい。あんたのお蔭でみんな迷惑しているんだよ」と言ったのだが、
バスガイドのおばさんは、相変わらずそこらをウロウロしているのだった。6/2
正月3日、神君家康公の天下太平を祈念して、俺たち6人の船乗りが波高き江戸湾に乗り出したが、無数の宝船があたりを埋め尽くし、足の踏み場もない大混雑じゃった。6/3
ごろつき政権になってからというものは、貧富の差はますます甚だしくなり、富裕層はもはや普通の日本語をやめて、世界の富裕層にも通用するフユウ語、すなわち新たに改定されたネオエスペラント語を使用するようになった。6/4
絶大な人気を誇るその流行作家は、講演と読者サービスを行うことになっていた当日のイベントに無断で欠席したのみならず、それっきり私たちの前からぷっつりと姿を消してしまった。6/5
あの美貌の誉れ高き高等娼婦を、幕末明治の革命家たちが誰ひとりものにできなかったことが、その後のこの国の歴史のついに咲かなかった薔薇の蕾のごとき存在になってしまったことを、私だけが知っていた。6/6
葉山の御用邸の近くに住む画家に招かれて、彼のアトリエ兼別荘のあちこちに飾られた作品を見物した。ベランダに置かれた1枚では、金髪の少女がボートに乗って逆巻く海に向かって漕ぎだそうとしていたが、荒波に呑まれてたちまち見えなくなってしまったので、初めて絵ではないと分かった。6/7
空谷の跫音に驚いたのか、ケーブルカーは突如嵐のように前後左右に揺れ動きはじめたので、パニックに陥った私は、指に唾して窓に「HELP!」と書いたのだが、これでは外からは意味不明だと気づき、ではどう書けばいいのかと焦っていた。6/8
京橋駅の改札口で「斎藤さんは?」と尋ねると、切符もぎりの隣にいた人の良さそうな中年のひょろながい男が、「斎藤さんはまだですが、私を覚えていますか?」と答えたので、はていったい誰だろうと考えていると「ワーナーの早川ですよ」と懐かしい声がするのだった。6/9
蒸気機関車が煙を吐きながらホームに滑り込んでくると、愛犬ムクはいきなりひらりとジャンプして、線路の向こうに消えてしまった。急いでその跡を追うと、ムクは国鉄と交差する私鉄の線路を疾走していたので、焦った私はタクシーを摑まえて追いかけた。6/10
今年の「デジタル版ゆく年くる年」の番組製作は「インディーズ青年組合」が担当することになったのだが、そのハイライトとなる歳時記カレンダーの正月号を見たら、31コマのすべてが高島易断の運勢本歴と同じ内容だったので驚いた。6/11
私が絹のように柔らかな寒冷紗で出来た捕虫網をサッと一閃すると、その中にワシントン条約で捕獲が禁止されている色とりどりの貴重な蝶や鳥や昆虫が、どっさり飛びこんできた。6/12
吉田吉雄という今年68歳になる無名のカメラマンに、24カットの写真撮影を依頼した無謀さを後悔し始めていた私だったが、彼が寄越した撮影済みのポジをルーペで覗いた途端、それがまったくの杞憂だったと分かった。6/13
村の長老が、郷土への燃えるような愛を築くために、若者たちのさらなる克己と献身を求めたので、私たちは性器を何度も扱いて俵の中に気を遣った。6/14
村祭りの自由走60キロの部で優勝したのはいいけれど、その御褒美に「村の女性の好きなひとりを一夜自由にしてもいい」と村長から言われて、長らく不能の身の私は、はてどうしたものかと大いにうろたえていた。6/15
どうやらふとしたことからもののはずみで人をあやめてしまったらしい。それなのにおらっちはしらぬかおのはんべいをきめこんでいるらしい。こまった、こまった。いやだ、いやだ。6/16
或る朝目覚めると広場は人で一杯だったが、よく見ると彼らの下半身は一輪車と化していて、「ギュギュギュ、ケチョ、ケチョ、ケチョ」という台湾リスの鳴き声のような、ペダルを踏む異様な物音が鳴り響いていた。6/17
ぼろぼろの船に乗って、ようやくこの小さな港まで辿りついた人々は、航海日誌に船の名前と船舶番号を記入すると、そのまま短い一生を終えてしまうのだった。6/18
「私たち真夜中に峠を越えてこの村にやって来たんですけど、蛍が星の数ほどきらきら輝いていたんですよ」と、その貧しい一家の人たちは興奮さめやらぬ口調で語るのだった。
伊藤忠ふぁっちょんシステムの新ブランド開発会議に♪ラリラリラーンと出席したら、むかしの会社や知り合いの業者の人たちが大勢並んでいて、私がなにかヒジョーニ重要な発言をするのではないかと期待するような表情で注視しているので困ってしまった。6/18
よれよれのまっ黒けの服を着たネズミ男が「♪ア、ちょっと待ってね、ア、ちょっと待ってね、ソウリのノウリはまっ黒け」と歌い始めると、その後から大勢の子どもたちが、「♪ア、ちょっと待ってね、ア、ちょっと待ってね、ソウリのノウリはまっ黒け」と楽しそうに歌いながら歩いていく。6/19
うちの社長が夜店で買ってきた「経営バイブル」というテープは、映画監督&俳優のクリント・イーストウッドが吹き込んでいるのだが、"Go ahead. Make my day."ばかり連発するので、我われ社員の評判は芳しくなかった。6/20
デモは終わったが、ここはどこだ。チャイナタウンがあったのでNYか? いや巴里かも知れない。どっちでも構わないが、私は山手線の恵比寿辺りに行きたいので、電車もバスも走っていない入り組んだ路地から路地へとひたすら歩き続けたが、誰も見かけなかった。6/21
最近亡くなったその老人には、ざっと数えて103件の偉大な事績があったにもかかわらず、葬儀でそれに触れようとする者は誰一人居なかった。彼の残り少ない遺族ですら。6/22
私は京響指揮者の広上淳一になりきって、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲を夢中で振っていたのだが、どう考えてもかのムラヴィンスキー老には及ばないまでも小澤征爾爺より遥かにましだと思っていた。6/23
「しかし、鯨のシャッポに宣伝ビラをとりつけることについては、このアメリカ人の契約書にはっきり記されているのだから、いくら君が反対しても無駄なことだよ」と私は、もっさりした風貌の菅官房長官そっくりの男に告げた。6/23
確かにCD1枚当たり183円は安いけれど、チャイコフスキーの6枚組はもう既に買ってあるから、そのダブリを勘定に入れると少し割高になる。ではその結果一枚当たりいくらになるか計算しようとして、私は算盤を探し求めた。6/24
夏休みに隣の家に亡きクラウディオ・アバド一家がやって来て、庭でバーベキューなどを楽しんでいるようだが、アバド本人はかつてシカゴ交響楽団と入れたチャイコフスキーをじっと聴いている。もしかすると彼は、チャイコフスキーの再録音を考えているのではないだろうか。6/24
マッチを擦りながらこの有名な海峡にやって来たのだが、ドローン、ドローンと物凄い荒波が立ち騒いでいる。一度飛びこんだら浮いてくる者は誰もいないと聞かされた私は、マッチを擦りながらまた怯んだ。6/25
戦後最大の思想家と称される人物が、「ともかくリーマンを勤めおおせた人はそれだけで一大事を成し遂げた人である」とご託宣を下されるのを聞いた長屋の八っさんや熊さんが、「んなら、おいらだって一大事を成し遂げた人物だあね」と意気込んだ。6/26
宿舎前の花壇があった場所には、この軍団から出陣した若者たちの最後のメッセージが残されていたが、私の二人の息子のものもそこにあった。6/26
私の同僚の兵士が、やはり同僚の女兵士と一般人多数を人質にして、宿舎に立て篭もったので、私は上司からその解放を命じられたのだが、いったいどこから手をつけたらいいのだろう。6/27
右翼と左翼の超過激派が昼すぎから激論を交わし続けて3時になったので、いったい誰がお茶を入れるのだろうとハラハラしながら見守っていたら。竹取の翁がかぐや姫に命じてしずしずと茶碗を運ばせたので。胸をなでおろした。6/27
ずいぶん昔に退職したヨシダ君の作品が、かつての彼の席にまだ置かれていたが、それは「ひと」「とり」と題された小さな彫刻で、今日退職するヤマガタ君は「これを見ながら、何度も涙を流しました」と、私らに別れのスピーチをした。6/28
非常に重い障がいを持つ息子なので、彼がたまたま黄色い泥水の沼に呑みこまれてしまったときにも、このまま天国に召されたほうが彼の仕合わせではないかと思って、すぐには助けに行かなかったのだが、すぐに考えを改め、次の瞬間には全速力で現場に駆け付け、死に瀕した息子を抱き上げたのだった。6/29
ちかごろ叩き上げの大工の棟梁が、東大卒の若い絶世の美女と結婚したのだが、朝な夕なに有頂天になって舞い上がり、以前のように早起きできなくなって、とうとう仕事に支障が出るようになってしまった。6/29
長男が「ネコ描きます」と言ったので今年のわが家は猫年なんです 蝶人
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