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川正電器(カワマサデンキ)のブログ
本日のお仕事のご紹介。ほぼ毎日更新。

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愛媛県には住友財閥の発展の基礎となった有名な別子銅山がありますが、
四国中央市にもかつて鉱山がありました。

新宮鉱山と今回訪問した佐々連鉱山(さざれこうざん)。
当店のお客様にも時々「親父が鉱山に勤めていた」って話しが出ることがあります。

元禄2年の開山ということですから今から328年前、別子銅山と同じ時期になりますね。

開山当時は村人に怪しまれないように、山の反対側からまわって探索したらしい。

前回に訪問したのは約30年前なのでほんとに久しぶり。
残念なのは安全のために敷地内は立ち入り禁止になってました。

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フェンス越しに見ると遠くに佐々連鉱山碑が見えました。

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以前は足元にキラキラ輝く銅鉱石がいくらでも落ちていたんですが入れなくて残念。

横断歩道がきれいに残りますが、

イメージ 3


片側には古い朽ちた石段、

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反対側には小学生の標語の建て杭が残っています。

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「大人にあったらまずあいさつ」
○○小4年○○○子と読めます。

最盛期の昭和38年から39年頃のものでしょうか。
当時の○子ちゃんもいまでは、いいお歳になられているかな。

この山奥に当時は4,000人弱が生活していたことを考えると感慨深いですね。

廃屋が残っていますが、時代の流れを感じました。

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巨大なズリ山が残っています。
谷を埋めるほどの量がありますね。

イメージ 7


隣の別子銅山では坑道の全長は700キロ、最深部は海抜1,000mという
ことですから、地下ではこの鉱山とつながるほどだったんでしょうね。

廃墟となった鉱山跡は、怖い物見たさもありますが歴史を感じます。

この記事に

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    はじめまして。
    いつも楽しみに読んでいます。
    「佐々連鉱山」は私が高校を卒業して川之江市内の製紙会社に入社したときの友達の親父さんが勤めていたことを聞いたのを、とてもなつかしく思い出しました。(もう30年以上前です) 削除

    [ しゅうじ ]

    2017/8/17(木) 午後 3:33

    返信する
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    > しゅうじさん
    コメントを下さりありがとうございます。
    思い出のある場所なんですね。
    きっとお友達の親父さんも一生懸命働いて日本の高度成長に貢献されたんでしょうね。

    ama*dek**on

    2017/8/17(木) 午後 6:46

    返信する

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