武蔵村山市議会議員 あまめいし要一郎の活動報告

すっかり、ブログの更新を怠ってました。精力的に情報公開請求など相変わらず追及してます。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

 7月15日に小中一貫校の体育館建設工事の契約について、臨時議会での議決がありました。
いままで、市の入札に関して、「不自然ではないか?」、「談合があったのでは?」と疑問に思う入札が多々ありましたが、今回の入札はめずらしく自然な入札でした。

 どこからどう見ても、談合は行われず、競争が行われたと思われます。

 入札の結果です。今年度から予定価格の事前公表を行っていません。


          小中一貫校村山学園講堂・武道場新築工事

 契約金額   676,431,000円(税込み)

 契約者    東京都立川市曙町一丁目15番1号 
         株式会社 淺沼組 多摩営業所

 仮契約年月日  平成21年7月8日

 契約の方法   指名競争入札

 予定価格   757,900,000円

 入札業者    株式会社 淺沼組多摩営業所   644,220,000円  落札

         安藤建設株式会社多摩営業所   644,223,500円

         株式会社 間組         654,400,000円

         大成建設株式会社東京支店    720,000,000円

         東亜建設工業株式会社多摩営業所 619,000,000円  失格

         株式会社 奥村組 東京支店   637,800,000円  失格
 
         株式会社 フジタ 東京支店     辞退

         三井住友建設株式会社        辞退
  
         東急建設株式会社          辞退

         戸田建設株式会社東京支店      辞退

         株式会社鴻池組 東京本店      辞退

         鹿島建設株式会社東京土木支店    辞退

         清水建設株式会社          辞退

         株式会社大林組 東京本社      辞退

         株式会社 熊谷組          辞退

         株式会社竹中工務店東京本店     辞退

         前田建設工業株式会社東京支店    辞退

 入札の結果を厳しい目でチェックしてみましょう。

 指名17社中、11社も辞退するという入札結果でした。なんで、こんなに、辞退が多かったのか、辞退の理由はなんでしょうか?

 答えは、会社の都合 5社  工期が短い 3社 見積り出来ない 2社  応札時 1社

 談合破りなどで、圧力が掛かって辞退に追い込まれるという事はありますが、その場合11社辞退は多すぎます。談合が出来ていた場合、「A社さんは幾らで入札してください。」と話が回りますから、受注する気持ちが無くても応札はできます。入札前に11社辞退したと言う事は、本当に競争が行われた為ではないかと思います。

 他にも今回の入札で注目するべき点があります。それは、今回の入札では、7社から267項目も質問があったと言う事です。
 入札の時に市から渡される資料だけでは積算が出来ない場合、質問書を出して聞くことができます。以前、入札結果が一位不動の法則になった時の業者からの質問書を情報公開請求したことがあります。その結果は、質問書は一件もありませんでした。武蔵村山市のあらゆる分野の入札が「談合まみれなのでは?」と考えざるをえない結果でした。
 どうしてそうなるかというと、談合していた場合は、落札予定業者以外は、質問する必要が全く無いからです。

  落札業者からさえ、質問書が出ない事の意味する事は・・・・・・

  天の声が出ていたのではという疑念さえ招きました。

 今回、7社から267項目も質問が出たということは、談合が無かったと言う事の最大の証明になります。

 でも、落札した、淺沼組と、2番札だった安藤建設の差額はたったの3,500円!

 武蔵村山市の最低制限価格は、予定価格の3分の2から85%で設定されます。
 今回の最低制限価格は公表されていませんが、仮に85%だったとすると、644,215,000円です。
 落札金額との差額はたったの5,000円。

 疑い始めればきりがありませんが、今回の入札は組織的な談合は無かったし、多くの指名業者の方たちが受注のために真剣に取り組んだという事は事実です。
 

イメージ 1

 タイのバンコクから西に130キロほどの所にカンチャナブリという街があります。映画「戦場にかける橋」で有名なクワイ河鉄橋のある場所です。映画は史実とかなり異なっていますが、日本軍は物資の輸送のために、タイとビルマとの間に実質的な工事期間はわずか1年3ヶ月で泰麺鉄道を完成させました。
 この工事では、日本軍人、連合国軍捕虜、現地での雇用人の死亡率が1割から2割にも達するという壮絶な現場でありました。衛生状態が悪く、医療体制が整っていなかったため、マラリア・コレラ・チフスなどで多くの方が命を落とされました。

 今から15年前、アジア和平日本委員会の方たちが、泰麺鉄道建設で亡くなられた方、先の大戦で亡くなられた方を偲んで、平和祈念公園を作られました。この公園内には御霊を奉るために桑井川神社が建立され、地元ではシントー(神道)パークと呼ばれ親しまれています。

 今は、のどかな田園風景がひろがり、多くの方が命を落とした場所とは想像がつきません。この、桑井川神社の例大祭にあたり、挨拶をさせていただきました。

 次のような挨拶をさせていただきました。


 第28回 例大祭にあたり、苦難の鉄道建設に従事し、命を捧げられた御霊に、そして先の大戦で命を失った方々へ謹んで哀悼の誠を捧げます。

 今から67年前の1942年7月から、泰麺鉄道の工事は行われました。穏やかなこの風景からは想像が出来ないほど過酷な状況での工事でありました。昼夜休む事なく続けられる建設工事、非衛生的な環境、食料や医薬品の不足の中で、多くの方がコレラ、チフス、マラリアなどの病気で命をおとされました。命を落とされた方は、従事した方の1割とも2割とも言われるほどの惨状でありました。

 病で倒れるまで工事に従事し、病で苦しみながら治療されることなく死を迎えざるを得なかった方たちの、絶望感、哀しみや苦しみを思うに、哀悼という言葉だけでは伝えきれない感情が湧き上がってきます。

 日本やタイ、ミャンマーに欧米諸国、オーストラリアの将来ある多くの青年が夢と希望を絶たれ、この地に眠っています。この方達の犠牲の上で、今の私たちが生きているのだと言う事を片時も忘れる事はできません。

 泰麺鉄道の悲劇は、工事で亡くなった方だけではありません。私は終戦後、捕虜虐待の罪で処刑された方の遺書も、今回挨拶をさせていただくにあたり、読ませていただきました。
 捕虜のために精一杯の事をしたのに、死刑宣告を受ける不条理と無念さを受け入れ、刻一刻と迫る死刑執行に毅然と望まれる姿に神々しささえ感じました。

 ここに、28歳で処刑をされた弘田中尉の辞世を紹介させていただきます。

「まごころの道に貫く益荒男は 微笑み上がる絞首台上」

「国思う心は永遠に生きぬかん わが身はここに散りはつるとも」

 弘田中尉は、「死んだら霊となって、全ての人が毎夜楽しい夢を見れるようにしたい。」と書き残しておられます。

 残された私たちは、全ての人が安心して眠る事の出来る、平和な社会を維持し、弘田中尉の遺志が実現できるよう日々努力してゆかなくてはなりません。それこそが、泰麺鉄道に命を捧げられた御霊への慰霊となることでしょう。
 その、決意を新たにさせていただき、例大祭にあたり、私からの挨拶とさせていただきます。

 

開く トラックバック(1)

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事