武蔵村山市議会議員 あまめいし要一郎の活動報告

すっかり、ブログの更新を怠ってました。精力的に情報公開請求など相変わらず追及してます。

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 天目石さん、李登輝学校の代表として李登輝さんの話を聞きに行っているんだから、講演録を早く作ってよ!と友人達から言われていたのですが、忙しく、反訳に2ヶ月半もかかってしまいました。
 すみません。
 この講演録は、昨年末の12月初頭に、日本李登輝友の会役員訪問団での会見の時に、李登輝先生が
講演されたものです。李登輝先生のユーモラスで温かみのある語り口が目に浮かぶのではないかと思います。ここ数年、体調を崩される事があり、死をより見つめられたのでしょうか?
 「我是不是我的我」という李登輝哲学がより深まっているように感じました。
 
 講演の冒頭は、安倍政権への評価と期待から始まります。
 緑色で記載しているものが李登輝先生の講演です。
 「なぜ緑色か?」 理由は書くまでもありませんね。
 
 日本李登輝友の会役員支部長訪台団の川村純彦会長をはじめとするメンバーの皆さんこんにちは。李登輝友の会も今年で設立11年目になります。
  これまで努力を重ねてきた皆さんに心から敬意を表したいと思います。さて、本日は皆さんになにかお話しようかといろいろ考えましたら、最終的には、今回は人間の本質的な問題についてお話しようと思い、また、日本の今の非常に役に立つようなお話をね、そういうテーマの話をしようと思って、「人類と平和」という題目で皆さんと話しようと思います。
  この問題を私は皆さんが来たから話するだけじゃなくて、これからの日本、安部総理の新しいリーダーシップのもとに、日本が進んで行かなきゃいけない問題、それはね憲法。
 安部政権の重要な問題は憲法修正、憲法修正で今まで困っとったんだ。問題は結局国会がうまくいかれなかったのが、いわゆる 参議院が非常に優秀な成績で選挙で勝ちましたから、安部政権は長期安定政権をしばらくつづいてゆけることになると思いますね。そういう状態の中に、今、安部総理のリーダーシップ、かつて、いままで日本になかったリーダーシップですよ。
  あの、私書いたの皆さん読みました?見てなかったら差し上げましょう。あのね「安部総理のリーダーシップ」を送ってください。
 
 ※李登輝元総統の小論「安部総理のリーダーシップ」の冊子が全員に配布される。・・・・
 
 実は 私は2002年にね アメリカのね ある雑誌、それが日本で翻訳されております。
 「なんていう雑誌だった?」。それが日本の中央公論社から出している本ですけどね。「デフレをどう脱却するか?」という本だったんですよ。
 その時私はこういうことを言ってましたよ。デフレ、長期に渡ったデフレ、これが結局回復できない。「問題はどこにあるか?」というと、結局、マーケットがね、見えざる手による市場の経済の調整が不可能だということになる。 20年間の不景気。
 
 「これは今まで無かったでしょ?」

 景気循環 この20何年間という状態はね、あきらかに市場はもう役にたたない。大事な事はなにかというと、政府の政策によって、解決する以外に道はない。そして政府の政策を変えるのに、一番大事なものは何かというと、結局はね、インフレのターゲットをもうけて、そして日本の日本円を落とすことだね。あの為替率をね、落とす事だね。今の為替率。あの時は、私の書いた2002年ごろは、大体おそらく110円ぐらいだったんじゃないですか?最近は落ちて、上がって78円でしょ。その時に結局、為替率を落とす。これは確かに日本にとっては大きな変化ですよ。
 私、これ見てね、こんな事やる指導者、日本にはいなかった。20何年間、総理になった人はお金がないとか言ってね。消費税を課したりね。もう他の事ばかり考えてた。ところが、これじゃ 全然日本の問題を解決できない。日本の基本的な問題
というのは結局、今までの指導者、政治的な指導者による 国の調整というのがおこなわれない。台湾と同じよ。

 「今、台湾の事やれない。私、日本に対してアドバイスできるが、台湾に対してアドバイスできない。聞いてくれない。聞いてくれないね!」

 そして人間の本質的な問題、結局 安倍さんがいつも言っている基本的な問題というのは、人間という問題が非常に大切だなあと。

 私たちに言わせると 世界においては道徳的な立場における国民の品格というのが日本が一番だな。他の国はそういうもの持っていない。

 東日本のあの大地震、人民たちが示した態度。国を大事にし、ゆずりあって、そして苦しいのを耐えて行く。これは日本でなきゃできない。アメリカだのではできはしないしな。
 今回のフィリピンのレイテ島のあの暴風雨、大変ですよ。あの状態はね。 
 こういうようなところにね。私はね。ここにね 「人間と人類と平和」という題目を考えましてね。
 結局、何かの形で日本に読まれてくれ、日本人に読んでもらったらね、非常にうれしいと書いたんですよ。書いたこれを、今ではおそらく来月のVOICEにね、載る予定ですよ。
 そしてその前に書いたのは「安倍総理のリーダーシップ」という問題を書きまして、非常に台湾の人民から歓迎されて、喜ばれた「安部総理のリーダーシップ」です。これは安倍政権の重要なテーマである憲法修正。特に、9条の改正に関ってくるからです。
第9条、私はこの安倍さんへのエールとして書きました。
 ダライラマ法王が東日本大震災49日法要を護国寺で行われるというので参加してきました。いつまでも寝込んでいても、物事は進みませんから。
 ダライラマ法王が来られるという事になると護国寺とは言え大変な混雑になると思ったので、2時間も前に到着したら境内の椅子席を確保する事が出来ました。
 ちょうど陽気も良かったので、昼寝していたら法要の始まる午後2時となりました。
 
 
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真ん中のお坊さんは小林秀英先生
 
 まず、参道に日本の多くの宗派のお坊さんたちが並ばれて本堂へと入場をされました。日本のお坊さんたちが入場のあと、ダライラマ法王が入場されました。ダライラマ法王は気さくに参列者の方たちの握手の求めに応じられていました。
                       
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ダライラマ法王の入場
列の最後には横綱の白鵬も。一瞬、アレッと思ったのですが、モンゴルはチベット仏教の国。モンゴル出身のお相撲さんの代表としてきたのでしょう。立派な心がけだなあと感じました。
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                     白鵬関の入場                       
 
 関係者が入場され、自然とチベット語による読経がはじまりました。読経がはじまりますと、私は不思議と涙が溢れてきて止まらなくなりました。テレビで東日本大震災のニュースを見ても「気の毒に、代われるものなら代わってあげたい。」とは思っても、涙するという事はありませんでした。選挙の結果もショックで寝込みましたが、涙は出ませんでした。まわりにも、涙が止まらないという方が結構いらっしゃったようでした。感情が揺さぶられているというわけでもないのに。
 
 約1時間の読経が終わり、「ホッ、ホッ、ホー」という口癖と笑顔から、ダライラマ法王が被災者の方や日本全体に向けてのメッセージがはじまりました。すると、これまた不思議な事に、雲間から青空が垣間見えるというのに、雨が降ってきました。
 「しまった!布団をベランダに干したまま出てきてしまった!」とせっかくの法王のメッセージの間気になって仕方がありませんでした。それぐらい、講話の間、雨がどんどん強くなってゆきました。
 
イメージ 4
 雨がちらつき始めましたので、タオルを頭にかけている人がいます。
 
 「戦争に負け、広島・長崎に原爆が落ちても、日本は復興した。日本は復興できます。」という話や、「英語を学ぶと良いですよ。」また、祈りや心の事などの法王の講話が終わり、法要の最後は日本のお坊さんの挨拶でおわりました。
 
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雨で参列者はびしょぬれです。
 
 さて、最後の挨拶で、法要が終わりますと、それまであんなにも降っていた雨がぴたりと止んでしまいました。隣の席に座っていた方に傘に入れていただいたお礼を言い、「不思議な事があるものですね。」と言葉を交わし、本堂から出てこられた小林秀英先生にご挨拶をさせていただき、会場を後にしました。
 
 布団を干したまま外出して大丈夫だったかと心配でしたが、雨が降ったのは護国寺界隈だけのようで、布団は無事でした。
 
 3月27日、日本李登輝友の会総会が行われました。(私は市議会で行った震災の義捐金募金で出席できませんでした。)
 
 この総会にて、李登輝 台湾元総統からインターネット中継でお見舞いのメッセージが届けられました。
 
 
 日本李登輝友の会の小田村先生、会員の皆様、そして会場にお集まりの皆様、こんにちは。李登輝です。
 台北市李登輝之友会と李登輝民主協会の合同主催の「台湾真の情(こころ)、日本頑張れ」というチャリティ・コンサートがいま始まりました。
 この場を借りて、私からこのたびの東北関東大震災に慰問のメッセージを日本の皆様に送ります。
 このたびの東北関東大震災の人々に与えた恐怖は甚大なものでした。物質的損害はもちらおん、莫大な数字にのぼると思います。しかしながら、このような惨状のなかにあっても、日本文化に育まれた日本の方々の冷静かつ理性的な言動は、世界の人々から絶大な賞賛を受けました。
 私は日本の皆様に一言だけ激励の言葉を述べさせてもらいます。
 再建はわれわれが傷痕から抜け出し、再生するための契機です。次の世代のために、永続的に発展する安全で平和な新しい日本が創造出来る事を心より願っております。
 日本の皆さん、がんばってください。
 
 李登輝元総統も、総統在任中に台湾大地震に遭いました。中国の温家宝首相もチベット地震に遭いました。そして、日本の菅総理は東日本大震災です。
 大地震の時の対応として、この3人には共通点があります。
 それは、直ちに現地に飛んだ事です。その点では、菅総理が原発に飛んだ事は他国のリーダーの対応と変わりません。ただ、菅総理の対応が他国と全く異なるのは、李登輝総統にしろ、温家宝にしろ、軍の幹部や行政の幹部を同行させ、その場で対策を指示していった事です。視察ではありませんでした。
 また、阪神大震災でも、小里震災対策担当大臣は、神戸のホテルに各省庁で現場を熟知している中堅クラスの官僚を集めてプロジェクトチームを作り、省庁の壁を取り払って一刻も早く災害復興するようにと指示をしました。
 
 政治主導と言っていた、民主党 菅政権が、一番、政治主導という言葉が似合わないように思います。
 
 
 
 

日台共栄への寄稿文

 日本李登輝友の会の機関紙、日台共栄2月号に寄稿させていただきました。友の会より、昨年末の台湾戦没者慰霊祭について書くようにという依頼され、「さて、何を書いたらよかろうか?」と悩み、数日、締め切りを遅れたのですが、李登輝元総統からうかがった話とを絡めながらまとめました。ご一読ください。
 以下、寄稿した文章です。
 緑色にしてブログに掲載しているのは、台湾旗が緑色だからです。
 
昨年の年の瀬、125日に、靖国神社にて、台湾出身戦没者慰霊祭が行われました。参加者は、台湾出身者で実際に従軍された方、台湾人の方、また多くの日本人を含め、約50名での昇殿参拝となりました。
今回は、慰霊祭の前に開催された李登輝学校日本校友会の理事長を拝命したため、私は代表者として参拝をさせていただきました。
日本李登輝友の会 柚原事務局長のお話では、つい10年ほど前まで台湾出身戦没者が靖国神社に祀られている事は台湾は言わずもがな、日本ですら知られていなかったのだそうです。日本李登輝友の会の呼びかけで、台湾出身戦没者慰霊祭を行うようになった事に加えて、3年程前に李登輝元総統が参拝されて以来、台湾でも知られるようになり、今では多くの台湾人の方達が参拝されるようになっています。
靖国神社の昇殿参拝された方はご存知と思いますが、本殿には鏡が一枚あるだけです。私は、鏡を通して、日本のために命を捧げた先人に想いをはせながら、以前、李登輝学校で李登輝先生のおっしゃっていた話を思い出していました。
「戦争中、自分は20歳まで生きる事はないだろうと思っていた。そこで、一体、生とは何か?死とは何か?と徹底的に突き詰めて考えてみた。西田哲学や鈴木大拙などを限られた時間の中で必死に学んだ。」と話をされていました。靖国神社に眠る英霊も、李登輝先生と同じように、精神的な葛藤や複雑な思いを持って出征されていったのでありましょう。靖国神社というと、A級戦犯合祀の是非、首相参拝の是非などばかりが取り上げられますが、そこに、靖国神社に眠る方々への思いが全く欠如しているのは悲しい事です。
また、李登輝先生は、「私であって私でない私」という事や「実践哲学なんだよ!」というお話をされます。私は、「私心を捨てて社会のために、まず自ら行動しなさい。」という意味であろうと解釈しています。私自身も日々の生活の中で心がけていますが、言うは易し行なうは難しで、反省することばかりです。
そして、「私は聖書に行き着きました。」ともおっしゃいます。李登輝先生の言う「聖書に行き着く。」とは一体どういう事なのでしょうか?しばらく、どういう事を意味するのか分からなかったのですが、私なりに理解するのは、「赦し」という事でないかと思います。社会にはいろいろな不条理があり、葛藤もある怒りもある。それでも赦すという事でないかと思います。赦し、癒すということが李登輝先生の言う「聖書に行き着く」という事なのではないだろうかと思います。
靖国神社は、若くして国のために命を失った方たちを祀る悲劇の神社です。夢や希望を絶たれ、命を中途で失った悲しみや苦しみ、嘆きで、本来なら非常に沈鬱で重苦しい場所であるはずです。しかし、行ってみると凛とした清清しさを感じても、沈鬱さは感じません。不条理や悲しみ、苦しみといった葛藤を「赦し」、そして「癒し」へと昇華しているがゆえに、凛とした清清しさを感じさせ、過度に押し付けがましかったり、説教臭くなく、自然に世界平和を祈る場所となっているのではないでしょうか。私は、李登輝先生がおっしゃる話が靖国神社では胸にストンと落ちるように思います。
台湾出身戦没者の方たちは、李登輝先生と同世代の方々です。李登輝先生が、私たちに語りかけて下さる言葉は、時空を超えて靖国神社に眠る多くの英霊が語りかけている言葉のようです。。李登輝先生から学びながら、日本と台湾の友好、日本を始め東アジアの平和や人権問題に対して、「実践哲学」で取り組んでゆかなくてはと台湾出身戦没者慰霊祭に参加させていただき、改めて考えました。
このたび、片木先輩より、李登輝学校日本校友会の理事長をやるようにとご指名をいただきました。何分、浅学非才ではありますので、所先輩の皆様から学ばせていただき、1年半という任期を終えた時には、及第点をいただけるように頑張ってゆきたいと思います。  よろしくお願いいたします。
 つい先日、中国の核被害について警鐘を鳴らしておられる札幌医科大学の高田純先生が上京されましたので、シルクロード科学倶楽部の懇談会が開かれました。
 
 中国共産党が、高田先生の言動を徹底的に調査しているようなので、懇談会の詳細などはブログに載せる事が出来ません。
 高田先生は核被害の研究を積み重ねられているので、凡百の偽装反核の政治家とは比較にならない深い見識を持っておられます。
 高田先生は、原水禁や原水協といった反核団体を、「偽装反核団体!」と喝破されます。なぜなら、彼らは人類史上最大の核被害である、ウイグルの核被害を取り上げないからです。こういった団体は、中国共産党の核兵器には頬被りして、アメリカやフランスの核兵器の抗議をしていますが、その結果、核の無い平和な社会が訪れると思っているんでしょうか?昨年は、尖閣問題が起こったというのに・・・。
 
 高田先生から、ウイグルでの核実験の規模などを分かりやすく教えてもらいました。
  ・中国共産党がウイグルで行った核実験で、最大規模のものをは、核被害が半径1000キロメートルにも及ぶこと。日本に当てはめると、東京で核爆発を起こしたら、被害が稚内にまで及ぶほどの規模であったこと。
 
  ・中国共産党の核実験は、クレーター爆発という種類の爆発で、地表付近、もしくは地下数メートルから数十メートル程度の場所で核実験を行った。この方法は放射能汚染がすさまじいので、アメリカやソ連でも行っていない方法であるとの事。
 
 他にも、いろいろな話をうかがいましたが、これ以上は書けません。
 上記の話だけでも分かるのが、中国共産党が日本に向けて数発核攻撃をしたら、甚大な被害が出るだけでなく、日本列島は人が住めない場所に変わり果ててしまうという事です。
 
 ちなみに、武蔵村山市は偽装反核団体と言われている「原水禁」に対して、市長交際費が出されています。
 数年前、原水禁への補助はおかしいのではと議会で取り上げたところ、予算書から消えたので、やれやれと思っていたのですが。
 原水禁が不偏不党で、世界中、どの国の核兵器も廃絶するんだという理想を掲げた団体であるなら、私は文句も言いませんし、応援したいと思っています。
 
 高田純先生の著書「核と刀」是非、ご一読を。非常にためになります。
 
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