武蔵村山市議会議員 あまめいし要一郎の活動報告

すっかり、ブログの更新を怠ってました。精力的に情報公開請求など相変わらず追及してます。

台湾・中国

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 先月末、日本李登輝友の会主催で、「日台共栄の夕べ」が開催されました。
その打ち上げ会場で、柚原事務局長に「近々、地方議員団で、李登輝先生に訪問は出来ないでしょうか?」と相談してみました。
 
 なぜ、こんな相談を持ちかけたかと言いますと、いろいろと理由はありますが、民主党の大訪中団と習近平と天皇陛下との会見に怒りを感じていたからです。

 最大限譲歩して、中国共産党の汚職党員や不正蓄財をしてきた役人のの摘発を続けてきた胡錦濤政権から民主党が学ぶ点はあるでしょう。
 約150人もの国会議員が訪中しましたが、彼らは胡錦濤国家主席から一体何を学んできたのでしょうか?
 胡錦濤国家主席なら、もし、鳩山由紀夫首相のような巨額の脱税や、小沢一郎幹事長によるゼネコンからの巨額の口利き献金などがあったら、即座に牢屋にぶち込む事でしょう。
 牢屋どころかこれだけ立場のある人間が不正を行ったら、胡錦濤政権なら死刑でしょう。

 にも関わらず、鳩山総理にも、小沢幹事長にも一言も文句を言えず、行動も出来ない民主党議員は何のために訪中したのか? 何を学んできたのでしょうか?
 
 そうは思いたくありませんが、巷間噂されているように、中国に媚びて中国・北朝鮮利権確保のために行ったのではと勘ぐりたくなります。

 続いて、習近平の訪日に、天皇陛下との会見を直前になって強引に押し込むという事を、民主党は行いました。習近平は、反日政策で国民のガス抜きをして政権維持をした江沢民の直系です。建国以来、利権漁りをしてきた労働貴族の子弟、太子党と呼ばれる一派です。

 習近平と天皇陛下の会見はセッティングせず、やんわりと断れば、「民主党政権は、胡錦濤の行革路線は支持し、江沢民の反日路線は支持しない。」とメッセージを送る事が出来たはずです。

 でも、習近平と天皇陛下の会見を行った事により、民主党は労働貴族政党で太子党と一緒という事がはっきりしてしまいました。加えて、日本は中国の言いなりだという事が・・・。

 そんな、底なしの馬鹿さ加減に憤りを感じて、良識ある地方議員何人かで、哲人政治家である李登輝先生を訪問しようと思いました。

 柚原事務局長より、代表処(台湾大使館)にお願いしても難しいこと。李登輝友の会ならひょっとしたら会ってもらえるかもしれないこと。でも、実際は、難しいとその時は聞いていました。

 しかし、なんと翌日、「1月25日の午後3時に、李登輝先生が時間を作ってくれました。」との連絡。

 早速、何人かの地方議員仲間に声を掛けました。何分、地方議会は行政視察の時期ですでにスケジュールが入っている人が多かった事。また、台湾の旧正月にあたるので、飛行機のチケットが取りづらい事などが重なり、小沢訪中団のようには行きませんでしたが、以下のメンバーで李登輝元総統からご教授をうけるために訪台してきます。

 野田数 東京都議会議員  ・・・・彼に団長をお願いしています。訪台は初との事。

 宮川豊史 東久留米市議会副議長 ・・・・副団長です。彼は全盲ながら市議会副議長をやり遂げています。いつも、彼の記憶力の凄さや優秀さには舌を巻いています。李登輝先生の政党 台湾団結連盟は、台湾の政党の中では唯一、福祉の充実を訴えている政党なので、宮川さんと李登輝先生の会談でどのような話題になるのか?非常に興味を持っています。

 関野たかなり 東大和市議会議員 ・・・・中国とのパイプもあるのに、快諾してくれました。中国は中国。台湾は台湾。それぞれ独自の国なんだから、それぞれと友好関係を築くのは大切な事です。

 木村徳 国分寺市議会副議長・・・・なんとか公務を調整して参加してくれる事になりました。訪台は初との事。

 三井田孝欧 柏崎市議会議員 ・・・・台湾で、お会いする予定の老台北こと蔡焜燦先生(名著 「台湾人と日本精神」の著者)とはカラオケで一緒に軍歌を歌いあう仲。

 桑原たまみ 南魚沼市議会議員 ・・・三井田さんの友人

 五十嵐茂明 魚沼市議会選挙で惜敗 ・・・三井田さんの友人 車イスの体で選挙戦を戦いましたが惜敗。次回に向けて頑張っておられます。

 そして、私、天目石というメンバーです。

 加えて、日本文化チャンネル桜のキャスターの大高さんと落合さんも同行されます。


 今回は、李登輝先生にお会いするだけでなく、台湾団結連盟 黄昆輝主席、蔡焜燦先生にもお会いします。また、台湾の障害者福祉施設も視察させていただける事になっています。

 台湾総督府、2.28記念館など、日本と台湾の歴史を学ぶ場所は時間が許す限り見学してこようと思ってます。個人的には、桃園神社も行けたらよいなあと思ってます。

 立法院(国会)や台北市議会、台北省議会なども視察したかったのですが、旧正月で食堂すら空いていないとの事で、こちらは断念する事になりました。私自身は以前視察させていただいた事がありますが。

 ちなみに、参加者は、全員、日本李登輝友の会の入会を快諾してくれました。

 という事で、「日本李登輝友の会 地方議員会員 訪台団」は明日の朝の便で出発します。
 

海角七号は奥が深い!

 あけましておめでとうございます。ブログの更新がすっかり遅くなりました。正月明けに、台湾映画「海角七号」を見て、あまりの奥の深さにうなっていました。今日は、サウンドトラックのCDを落としたipodを、携帯電話と勘違いして会社に行ってしまったくらいです。

 海角七号が上映している映画館は、銀座 和光の裏のシネスイッチ銀座。私が大学生になって最初のバイトがシネスイッチ銀座でのキップのもぎりでした。シネスイッチ銀座はちょっとお上品な映画を掛ける映画館なので、バイトを止めてからはすっかり足が遠のき、約20年ぶりにたずねました。
 当時、白い大理石を基調とした内装だったのが、茶色いシックな内装に改装されていて、時の移ろいを感じました。椅子もずっと良くなっていて、当時と変わっていないのはトイレの便器ぐらいでした。
 バイト当時、上映していた「木村家のひとびと」の脚本家の一色伸幸さんが、心配そうに客の入りを見にちょくちょく来てられました。メチャクチャ面白くて、パンフレットに一色さんのサインを書いて頂いた事もありました。昨年末、一色伸幸さんの著作「うつから帰ってきました。」を読み、うつ病で苦労されていた事を知り胸が痛みました。
 映画館のバイトは女の子たちが多かったのですが、彼女たちには「モーリス」や「失われた殺人の記録」なんて映画の方が評判が良かったです。私はどちらも、つまらなくて途中で見るのを止めたのを覚えています。「全然面白くない!」と正直に言うと、「芸術センスがない。」などとからかわれた思い出があります。

 話はそれてしまいましたが、海角七号は、約60年前、日本の台湾統治が終わって、内地に帰る事になった男が、台湾人の恋人に宛てた7通のラブレターのゆくえと、世代も民族もバラバラで、それぞれの人生の苦悩を背負った人達が、にわかバンドを結成させられ奮闘する話です。
 台湾では、「海角七号を何回見た?」というのが挨拶になるほどヒットしたと言いますが、映画の中に深いメッセージが込められていて、見るたびに「そういう意味があったのか?」と気付かされます。
 中国では、「政治色が濃い!」とカットされて公開されましたが、表面的にカットしても、海角七号の本質はカットできません。そんな映画です。

 例えば、内地に帰る事になった男が、日本国を表し、残された彼女の友子さんは台湾を表しているように思えます。
 最初、日本から来た男は教師、台湾人の友子さんは生徒という関係です。友子さんが卒業するころには二人は恋人になる。そして離れたくないのに、無理に引き離されてしまいます。
 日本が台湾統治を始め、産業振興、教育制度、行政機構を整備し、マラリアが蔓延し首狩りが行われていた台湾の近代化が完成し、日本と台湾は切っても切れない関係になった時に、日本は戦争に負け、台湾を手放さなくてはならなくなった歴史とオーバーラップします。

 映画の中で七通のラブレターが読まれます。一度見るだけでは、昔の恋人にあてた手紙ですが、一言一言をかみ締めると、日本と台湾、お互いが最も大切な国で、想いがあっても国交を結ぶ事が出来ないもどかしさと哀しみが表現されている事に気がつき、胸に迫るものがあります。
 「何回見た?」と台湾の方たちが挨拶をするというのは、この映画の中に隠された複雑な繊細な想いは見直して初めて、浮き上がってくるからでしょう。


 また、日本人歌手 中孝介の前座として、にわかバンドは奮闘しまが、このコンサート前、印象的な虹がかかるシーンがあります。5通目のラブレターの最後の言葉の「虹の両端が海を越え、僕と君を、結びつけてくれますように。」を象徴するようなシーンです。
 中孝介は、奄美出身の人で、琉球の音楽をうたいます。奄美も戦後米軍統治下におかれ、本土復帰をはたしました。

 離れ離れの恋人同士の日本と台湾に、沖縄が虹となって二人を結ぶ。

 こんな視点から、海角七号を御覧になると、面白いと思います。

 



 

 
 

 

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 中国人民解放軍の野戦司令官 小沢一郎氏に引き連れられて、2等兵の皆さん(民主党国会議員)が大挙して訪中をしてきました。
 
 チベット弾圧で名を上げた胡錦濤と嬉々として握手してはしゃぐ2等兵の姿に背筋が寒くなる思いがしましたが、自慢げにホームページに掲載したり、チラシを作って地元に配られている事でしょう。

 建国以来、60年間、チベット人やウイグル人の弾圧のみならず、数千万人もの人を死に追いやった中国共産党の指導者と握手して喜んでいる、民主党の国会議員たちの心境が理解できません。

 恥ずかしくないのでしょうか?

 あの姿をみて、今も中国国内で共産党独裁で苦しんでいる人々の絶望はより深まったでしょうし、日本の将来を憂える心ある人びとは慄然としたと思います。

 なぜ、白色テロの独裁政治から、自由と民主主義の台湾を創った李登輝さんに学ぼうとしないのでしょうか?

 先日、李登輝友の会 事務局に行って、李登輝学校に参加したときの写真を頂いてきました。

 民主党議員が胡錦濤と握手してはしゃぐので、私は李登輝さんから李登輝学校の修了書をいただいた時の写真を掲載します。

 23日に、李登輝友の会主催で、日台共栄の夕べが開催されました。私の役割は受付担当と決議文朗読です。事前の準備もあるので、午後1時には市ヶ谷の私学会館に到着しました。

 今回は、メインの講演が金美齢さんでしたが、私は受付をしながら、金美齢さんの講演の後に行う決議文朗読の練習をしていたため、講演内容が聞くどころではありませんでした。
 
 そんなことより、今回は政権交代があったせいでしょうか? 今まで顔を見せなかった自民党国会議員が参加されました。 その中には元総理の森喜郎氏の姿が。

 受付にいましたら、相撲部屋の親方のような恰幅の良い人がやってきました。森元総理でした。

 森元総理はどんな挨拶をするだろうかと聞いてみましたら、以下のような内容でした。

 最初、今年の選挙で苦労した話をして、民主政権の問題点などをしばらく話した後、台湾の事を話し始めました。
 「地元の金沢と台湾には国際便が飛んでいるので、台湾からのお客さんがたくさん来てくれて本当にありがたい。和倉温泉の加賀屋にも大勢の方に泊まっていただいている。加賀屋さんも、感謝の気持ちから台北に新しくホテルを作る事になった。」

 そして・・・

 「台湾は日本にとって本当に大切な国である。」

 おっ!森元総理が台湾を国と言い切ったぞ! 偉い! と思ったら・・・

 「大切な地域である。」と言い直してしまいました。

 口が滑ったにしても、台湾を国と発言してくれた。その心意気や良し!と、会場も元総理の挨拶を真剣に聞いておりましたら・・・。

 「日本人は、歴史を知らなすぎる。戦後、ドイツも朝鮮半島も分断されてしまった。日本は幸いな事に分断されずにすんだ。日本が分断されなかったのは蒋介石さんのおかげです。蒋介石さんに日本は感謝しなくてはならない。そういうことをみんな知らないんだ。」

 会場は皆、「・・・・・・・・・・・・・・・」

 声も出ませんでした。30〜40年前ぐらいまでは一部通用した蒋介石神話を未だに信じているとは!

 それも、白色テロの蒋介石政権の中、台湾独立のために命がけで闘ってきた金美齢さんの前で言い切ってしまうとは!

 やはり、「サメの脳みそ。」と評されるだけの人です。


 誰か、戦後の台湾史を森元総理に教えてあげてください。この程度の認識で本当に大丈夫なのだろうか?

 佐藤優の著作では、ロシア問題には詳しいと書かれているし、森元総理の地元、白山市議の大口さんの話では、「意外としっかりしている。」と聞いていたのですが。

 方や民主党からは、中津川議員が来られていました。こちらは、李登輝友の会にいつも来られる方で台湾問題に詳しい方です。中国共産党の人権弾圧に熱心に取り組む稀有な議員さんです。
 「中津川さん、民主なのに来ちゃって大丈夫なの?」と、むしろ心配になります。

 自民も民主も、正しい知識をもって議論をして欲しいものです。今の民主政権の混乱も、いい加減な認識でマニフェストを作ってしまった事にあると思いますし。

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 デジカメの電池が切れてしまい、携帯の写真なので画質が悪くてすみません。 

 ウイグル支援、習近平来日阻止デモに参加してきました。 デモの本当の名称は違っていると思います。すみません。私が到着した時は1時30分を回ってしまっておりまして、壇上では永山英樹さんがマイクを持っておられました。
 ちょっと遅刻してしまい、「しまった。遅れてしまった!」と思ったら、目の前で小林秀英先生がチベット国旗を広げる作業をされていたので、そちらを手伝わせていただきました。

 デモ隊出発の前に、シュプレヒコールの練習がありました。

 壇上から「ウイグルに自由を!」

 私たち「ウイグルに自由を!」

 
 壇上よりウイグル語で「ウイグル○△※■!」

 私達・・・・・・・・・?

 この前のデモの時、ウイグル語のシュプレヒコールを覚えたのにすっかり忘れております。

 壇上より、「ウイグル ラ・ル・ダ エ・リ・キ・ン・リ・キ ですよ。」とカタカナで発音するとこんな感じであると教わり、なんとかウイグル語でのシュプレヒコールもマスターし? いざ出発!!!

 コースは大手町常盤公園より、東京駅前を通り、そのまま電通通りをまっすぐ進み、銀座8丁目か7丁目あたりを右に曲がり日比谷公園へと向かうコースです。

 今日は暖かかったせいか銀座はすごい人手でした。数百人のデモ隊は迷惑でしょうに、頑張れと車内から手を振ってくださる方、デモ隊に飛び入り参加してくださる方も多数いらっしゃいました。

 昨年はチベット虐殺、今年はウイグル虐殺を中国共産党がしたというのに、小沢一郎筆頭に140名もの民主党国会議員が朝貢外交する事の異常さを多くの方が感じられているのだと思います。

 加えて、人類史上最大の虐殺集団 中国共産党の習近平と天皇陛下の会見をねじ込む民主党政権のおかしさに多くの人が気付き始めたからだと思います。

 デモで歩きながら、「そうだったのか!」と気付きました。

 民主党は選挙で、「市民が主役の政治!」と訴えていました。

 民主党の言う市民という言葉の意味は、 市民=小沢一郎、 その他の人=奴隷 という事なんだ!

 鳩山由紀夫は「日本は日本人のためだけのものではない!」と言って、外国人地方参政権に反対する人から猛反発をくらいましたが、そんな意味でいったのではないんです。

 鳩山由紀夫が言いたかったのは、「日本は日本人のためだけのものではない! 小沢一郎先生のためのものだ!」と。

 いつも間にか、デモ隊のシュプレヒコールは、「中国共産党を許すな!」、「習近平を許すな!」から「小沢一郎を許すな!」に変わっていました。

 行進しながら、「今度、小沢一郎の地元、水沢で抗議をしましょう。」と誘われたので、「世田谷の深沢の方がいいんじゃないですか?小沢一郎氏の自宅がありますから。」と答えました。

 「それは良いですね。是非やりましょう!」という事になりました。今度は世田谷でデモをやるかもしれません。

 小沢一郎という人には、ウイグル人やチベット・モンゴル人、そして漢民族の哀しみは伝わっていません。政局専門で、中国共産党独裁で地獄の苦しみに喘いでいる人達がいることなど知りもしないのではないでしょうか?

 美味い北京ダック屋の名前はたくさん知っているのでしょうが。

 私は、小沢一郎という人はしっかりした見識を持った方だと思っていましたが、新進党時代、自由党時代、民主党と、新自由主義、保守、左翼系組合偏重とあまりの変貌ぶりにきちんとした見識があるのだろうかと疑ってしまいます。
 小沢塾で拝聴した講演は3回中2回が、「南の島の酋長さんは親日家で良い人だった。」というだけの話だったし・・・。

 選挙に勝ち抜き、いかに権力を掌握するか。そして権力を守るか。 と言う点には一つのブレも無い方だとは思います。
 


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