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(2012.12.29)
知人・友人の皆様
年の瀬も迫りましたが年金生活者にはただの「昨日の続きの今日」でもあります。 寒い日が続きますが、日本は原発事故が原因のCO2の垂れ流し放題で温暖化議論は何処かへ飛んで行ってしまったのでしょうか?先日、あるところで地球温暖化に関する講演がありました。そのあとに懇談会があり、近くに来た講演者に質問してびっくりしました。 地球温暖化は太陽の影響を加味しない話だというのです。さらに、その人は太陽の影響を考えるなら地球は寒冷化に向かう時期になってくるのかも?そのことはこれから10年程度の観測で分かってくるはず、だと言いました。ならば、なぜそのような話が出ないのか?その人は続けました。「そういう話は学会でもメディアにも受けないのです」と? あきれてものも言えません!学者がこういうことを言うのですから!視野狭窄の専門家バカですね!こういう連中が原子力事故を起こすのでしょうから、我々ジェネラリストは視野狭窄の専門家を監視する義務があるのです。
人類に与える寒冷化の影響は人間が起こしている温暖化の影響をはるかに、はるかに凌ぐことは間違いありません。みなさん、来年は専門家バカに騙されないようにしましょう。以下が私のことし最後の「ヨタ噺」です。
皆様、良いお年を!
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米国国防権限法案の持つ重い意味!
(2012.12.23)尖閣への日米安保適用明記 米上院が国防権限法案可決【ワシントン=伊藤宏】米上院は21日、2013会計年度(2012年10月〜13年9月)の国防予算の枠組みを決める国防権限法案を可決した。下院はすでに可決しており、オバマ大統領の署名を経て成立する。尖閣諸島について、日米安保条約第5条に基づき、米国に防衛義務があることを明記した条項が盛り込まれた。 法案は、尖閣諸島が日本の施政下にあり、5条の適用条件を満たしていることも確認している。米政府の見解と一致しており、議会としても、この立場を明確に支持することで、中国を牽制(けんせい)する狙いがある。(朝日デジタル)
上記のとおり米国議会は尖閣防衛の義務が米国にあることを法制化しておりますが皆さんはどのように受け止められたでしょう?米国が日本あるいは他国に要請されることなくこのような決定するということにはそれなりの意味がある、かなりの重みのあることと私は理解していますおり、私にはアメリカが過去の誤りを正した行為にみえるのです。そして日本にとって尖閣問題は新たな局面を迎えたと言えるのではないのでしょうか。
その説明のためには少し歴史を遡ります。敗戦直後に首相をつとめた外交官出身の幣原喜重郎という方がおられますが、氏の書いた「幣原喜重郎ー外交50年」という本があり、米国との関係を考えるに辺り何時も私に思い起こさせる一節があります。それは幣原が20世紀の初めに2度のワシントン駐在のときに出会ったイギリスの駐米大使を務めたジェームス・ブライスとの話です。ブライス氏は幣原に対米関係につきこう語っているのです。
<P.57 「アメリカ人の歴史を見ると、外国に対して相当不正と思われるような行為を犯した例はあります。しかし、その不正は、外国からの抗議とか請求とかによらず、アメリカ人自身の発意で、それを矯正しております。これはアメリカの歴史が証明するところです。われわれは黙ってその時期のくるのを待つべきです。加州の問題(1924年の排日移民法に繋がる日本人だけを対象にした差別法ーJN注)についてもあなた方が私と同じような立場を取られることを、わたしはあなたに忠告します。」ブライス氏とのこの会話は、1912年か、13年のことであったが、14年には第一次大戦が始まった。するとその年にアメリカはこの(イギリスが問題にしていたーJN注)パナマ運河の差別的通航税を撤廃した。ブライス氏の予想が的中して、その後イギリスからは、何も要求しなかったのに、アメリカは自発的に自己の過失を反省したのである。私はブライス氏の先見に敬服せざるを得なかった。>
私も全てではないにしろいくつかのこのような事例を見ています。1924年に成立の排日移民法ではアメリカは1930年代に入るとこの差別的な法案の修正を図る動きが出てきている。しかし実際にはその修正には戦後(1960年代?)まで待たざるを得なくなったのである。そしてその原因は日本が満州に進出した時期とかさなり、さらに日米が戦うことになってしまったことにある。このほかには台湾関係法案である。ニクソン・キッシンジャーはベトナム戦争を終わらせるためとはいえ、台湾を中国に売ってしまうことになるが、あとでこれを反省し中国の武力による台湾支配は認めない、アメリカは台湾を守るとこれも法律に定めている。さて尖閣に移るが中国があたかも武力をもって占領するとばかりに日本を恫喝し始めた背景はどこにあるのか?マイケル・シャラーが書いた「日米関係とは何だったのか」という本がある。戦後の日米関係を冷戦終了まで書いたものであり、米国から見た日米関係という数少ない本として貴重である。
<P.428 1972年3月、ニクソンは再び日本政府を愕然とさせた。台湾と沖縄のあいだの大陸棚上の無人の岩から成る尖閣諸島は、日本と台湾(最近になるまで台湾の要求は漁業権にとどまっているはずーJN注)の双方がそれぞれ領有権を主張していたが、1970年にその地域に石油が発見された時、今度は中国が領有権を主張した。ニクソン訪中のあと、尖閣諸島について国務省は日本の主張に対する支持を修正し、あいまいな態度をとるようになったのである。佐藤(当時の首相佐藤栄作のことーJN注)の推測によれば、これは、ニクソンと毛(毛沢東)のあいだで何が話し合われたかを示すものであった。1969〜72年のニクソン・ショックとその余波は、日米関係を緊張させたが、断ち切りはしなかった。両国は相互に緊密に依存し合っていたので、1971〜72年の戦略的経済的衝撃によっても絆は断ち切られなかった。>
繰り返すがこの本はアメリカ人がアメリカから見て書いた本である。従って、最後の原注にあるとおり資料はほぼ100%アメリカ側のものである。こうしてみればアメリカは過去の例にみるとおり、自らの間違い(ニクソンが行った)を修正するべく自らこれを立法化したのが今回のアメリカ議会の動きであろう。そして中国のあたふたとした本件への対応ーニクソンとの話はどうなったんだとでもとれるーをみると証拠となる資料はないもののやはりニクソン・毛の間に尖閣に関するなにがしかの話し合いがなされたということは十分推測できる。
そして前述のとおり今回の米国の尖閣防衛の立法化は間違いなく日本にとり新しい局面であるといえるし、日本はしっかりとこのことを自覚し、これを生かす行動をとる必要がある。すなわち、日米が尖閣で共同歩調を取るならば中国はそう簡単には尖閣・台湾に武力行使はできなくなる状況を作り出せるのである。
しかし、ここまで言いながらであるがまだ「但し書き」を加えねばならない。それは日本の自国領土を守り抜くという意思の明示が必要であり、同時に対米集団的自衛権容認の表明も不可欠だ。このらなくしてはアメリカの大統領の立場に立つならば、同盟国のためにとは言え辺境の小競り合いに自国民を戦場に送る理由を説明しえないからである。
安倍首相は1月中旬に訪米予定といわれているがその際以下3点を核にして尖閣問題を討議してもらいた。
・米国による立法化への謝意と日本の領土死守の意志
・日本による対米集団的自衛権の容認
・領土問題の解決は国際司法の場で行うべく日米共同で中国に要求する
本件に関し恐らく米中に限らず世界がかたずをのんで見つめているこの時期に日本政府はしっかりと米国と組んで地域の安定のために行動を起こす時期に来ている。そして、これに続いて国防力の増強を行いアジアでの軍事バランスが一方的に中国側に偏らないように配慮してゆく必要があることは言うまでもない。
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無題
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知人・友人の皆様
歴史をあまりご存じでない方にはこの読後感が解りにくいかもしれません。しかし、20世紀がユダヤ人が思想と金融の二つを駆使し世界を混乱させ、支配しようとした世紀だったということをまず理解していただくには、と考えこんなまとめ方をしてみました。そしてその中心となったのは1933年に政権を取ったF.D.ルーズベルト政権に始まり途中4期目の初めにルーズベルトは死にますがトルーマン大統領が引き継ぎ1953年まで20年間の民主党政権が続きました。そしてこの政権はユダヤ人が中心のユダヤ人のための政権でした。日露戦争でポーツマス条約を成立させノーベル平和賞をもらったT.ルーズベルトという共和党の大統領もいますが、この二人は叔父・甥の関係であり、ともにユダヤ人です。アメリカは1898年スペインとの戦争に勝ちフィリピンを植民地化しますが、同時に中国進出への意思を表示し門戸開放宣言を行いました。でもその狙いは中国よりも満州に有ったと言ったほうが良いのかもしれません。日本が日露戦争を終わらすべくポーツマスで小村外務大臣が交渉をしている間に、ハリマンというユダヤ人の投資家であり鉄道事業家が日本を訪れ、南満州鉄道の経営権を求めてきました。時の桂宰相は小村外務大臣の承認を条件にこれを認めますが、帰国した小村はこれを認めず、この話は破談になりました。そしてハリマンは日本はこのことを10年後に後悔することになると捨て台詞を残したようです。私には何故ハリマンが南満州鉄道の経営権にこだわっていたのか良く解らなかったのですが、今回それが解りました。アメリカにとっては大したことがない満州に何故こだわり中国を巻き込んでまで日本を非難し続けたのか?とりわけ1933年にFDルーズベルトが大統領になってからその圧力は強まります。それは満州が無主の土地であることを彼らも良く知っていました。そして彼らユダヤ人は満州をユダヤ人安住の地の候補の一つに考えていたからなのです。それでまた他のことが解りました、日米関係が悪化してゆく中で現場にいるアメリカの外交官、これには駐日大使のジョセフ・グルーも含むのですが、日本の対中政策を悪くは言っていないのが不思議でした。しかしワシントンにいたユダヤ人にはそれは都合の悪いことだったのです。ラルフ・タウンゼントと言う外交官は帰国後に日本を擁護したために反米であるとされ投獄までされています。アメリカ国内でアングロサクソンとユダヤ人の対立もあったのです。
何時も言うことですが歴史の扉というのは非常に重く、一度に開けることはできません。特に同時代史はそうですが、少しずつ情報が公開され時間とともに解ってくる。まだ、公開されていない情報も多々あるようです。しかし今回知ったユダヤ人とユーズベルト政権というこの枠組み、これは確かなもので後日これがひっくり返ることはないと思っています。
まー、色々と且つ長々と書いてますので暇を見つけて読んでやってください。
(2012.10.28)読後感 日本人に謝りたいーあるユダヤ人の懺悔 モルデカイ・モーゼ著 久保田政雄訳 日新報道 1979年
お世話になっている知人の方から面白い本があると紹介された。そしてその名前を聞いた途端に私はその本が我が書庫で積読状態であることを思い出したのだ。もう4−5年前になろうかどこかの古本屋で1990年に出版のビル・トッテンの「日本は悪くない」と一緒に買ってきた。そしてこの「日本は悪くない」を先に読んだ。この本は1980年代前後のアメリカによる日本叩きを諌める内容のものだった。私は本書も同類かなと勝手に判断してその内にと放置したのをすっかり忘れていた。
しかし、この本を読まなかったら大変なことだった。
私は略この10年、「あの戦争は何だったのか?」数多くの年寄り同様にその答えを求めて歴史を学んできたが、今年になって一つには邦訳はまだ出ていないが「フーバー大統領回顧録」とでも言うべき Freedom betrayed(直訳すると「裏切られた自由」、「踏みにじられたアメリカの自由」とでも?)とこの本の2冊に出会った。
フーバーは共和党の大統領であり、ユダヤ人と名指しはしないもののトルーマン(ユダヤ人にあらず)を含む20年間のフランクリン・ルーズベルト(ユダヤ人)ー以下F.D.ルーズベルト)民主党政権が国民の望まぬ世界戦争に国民を騙しアメリカを引き込み、アメリカに価値観の近い日本には必要のない戦争を仕掛け挙句の果てに原爆まで落とし日本人を地獄に突き落としたと激しく非難している。戦後は日本の顔を立て朝鮮と台湾を統治させ経済復興させるべきとまでフーバーは言っている。戦勝国の元大統領がここまで言うのはF.D.ルーズベルト政権の対日極悪非道を如実に物語るものだと言える。
「日本に謝りたい」の紹介は内容が多岐に渡るのでネットにある他人様が書いた書評、長短3点に任せるが、一言でいえば、ユダヤ人が世界各国で生きて行くための、よく言えば世界戦略、ありていに言えば陰謀にユダヤ人が日本をよく理解していないことであったにせよ巻き込んでしまった。(ユダヤ人は理想の社会として君民共冶を望んでいるがそのような支配者と被支配者が共存する社会などはこの世に存在しないと思っていた。しかし日本と言う国が天皇制の下、まさにその君民共冶の国であったがそのことに気が付かなかった)戦後は思想改造まで試み日本並びに日本人を貶めた。その占領政策にかかわり日本にも駐在した著者はユダヤ人の所業を子細に告白し、真摯に謝罪するという内容の物である。そして戦前・戦後を通じ対日非道を行った実行犯の中心はアメリカ人と言うよりもユダヤ人が大勢を占めたF.D.ルーズベルト政権である、と。
1979年の初版であるが当時日本でどのように受け止められたのか?何故なら、自慢でも嫌味でも無いのだが今読んでもかなり歴史を読んでないと、「あー、そうか」とは素直に理解できない内容である。ましてや、ソ連の崩壊による情報公開もなければアメリカNSCの情報公開もない当時では読者が「際物」と読んだとしても不思議はない。30数年前、どのように受け止められたのか、興味はあるがネットを調べても出てこない。思い切って出版社に電話をかけてみた。出てきたのは当時の編集長・現社長の遠藤氏である。
「出版より2年ほどしてからようやく学者を中心としての電話による問い合わせが始まったが、書いたものは残っていない。10万部ほど売れた。復刻本も10万、都合20万部が売れた」と。
それだけ売れたのに世間で大きな話題にも成っておらず私の耳にはこれまで届いていなかった。私だけが知らなかったのか?静かなブームが続いているということなのかもしれない?どの国でもユダヤ人のことを公には語らない傾向にあり、著者はアメリカではルーズベルトはタブーとまで言うが、日本でもそうなのか?ユダヤ人がここまで言っているのだから日本人も話題にしても良さそうなものだが???いずれにしても、もう一度取り上げても良い1冊である。
私にはこの2冊の行き着いている先が共にF.D.ルーズベルト政権であることに大変重きを置いている。現代史を考えるうえで常に見え隠れしたユダヤ人の存在がルーズベルト政権を通じて顕在化したのである。そしてユダヤ人がアメリカという社会の中で共産主義者と手をくんだというような話ではなく、むしろユダヤ人が共産主義を作りソ連を生み、F.D.ルーズベルト政権を通じアメリカを一時的に乗っ取りその国力でソ連を育て、中国を共産主義化し世界を共産主義社会に変えれば、その過程で起きる混乱・戦争に大金融機関として介在し、ユダヤ人だけが金持ちになる、という図式が明らかになったことである。記憶しなければならないこと、それは大きな戦争には常にユダヤの金貸しが絡んでいる。日露戦争で日本は英国から金を借りようとしたが、植民地の独立が続き20世紀に入った英国には金がなく、たまたまロンドンに滞在中のロシア生まれのユダヤ系アメリカ人シフからの借金で日本がロシアと戦ったのも例外ではない。
著者のユダヤ人としての謝罪ということも大切なことではあるが、彼が言っているのはユダヤ人の多民族支配謀略の思想的一面であるということである。ユダヤ人には二つの戦略が存在し一つは思想的支配、今一つは金融を通じての支配である。そしてこの戦略はアメリカに巣食う(民主党支持者に多い)ユダヤ人を中心に今もって続いている。共産主義を利用しての多民族支配は廃れつつあるが、メディアを介在することによる支配を見ることが出来る。巨大金融資本を利しての多民族支配という企みというもう一面は、当然今も残っている。何故そんな力を彼らは得たのか?それはヨーロッパ各地に住み着いたユダヤ人がその土地に同化しなかったがためか金融業(=高利貸。ベニスの商人を思い出してください)と言う職業しか許されなかったことに始まり、国家間の混乱に乗じて徐々に力を蓄え巨大資本へと成長してきた、と言うことなのだろう。
1980年に始まったアメリカ民主党主導による金融機関への規制緩和は投機的経済を増長させ、世界的に中産階級を窮乏化させることで大金を握るという彼らの謀略が続けられているということである。そしてそのことが貧富の差が拡大し新たな社会的な対立・不安定を興し、早晩民主主義すらも破壊するものであることをよく理解するする必要がある。これがユダヤ人が巨大金融機関を通じ現在も行いっている世界支配戦略の一つであることを繰り返しておきたい。
歴史とはかくも非道なものなのか?しかしこれは過去に限らない、ユダヤ人に限った話でもない。国家・人種・宗教他の争いには腹黒いたくらみが国益と称して今も我々の周辺で行われていることは周知の事実である。自分の事は自分で守る、自分の国を自分で守る、が大原則。そして物理的な守りもさることながら、精神的な守りこそが一番大切だということだ。ユダヤの歴史は国がなくても精神を守り密かに団結することで生き延び、復讐劇を実行することすら可能だと教えてくれているのだ。原爆を落とされ精神をもてあそばれて65年、日本人もそろそろ平和ボケから覚醒されないと、日本国も日本人の精神も失われたまま崩壊の道を辿ることになってしまう。その日本人の精神を取り戻せるかどうか、アーミテージの指摘を待つまでもなく、今がその最後の分岐点である。ユダヤ人の懺悔を聞いて我々がどう扱われてきたのかを自覚し、立ち上がらなければ日本はその将来に普通の国であることすら叶わないことになり滅んでしまう。傷ついた精神を修復し少しでも日本をましな形に戻して次世代に申し送りする、それが我々年寄も含め現在の日本人に課せられた唯一・最大の仕事なのである。
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5月4日付のコラムから要約。
前米国政府高官が教えてくれた。「ホワイトハウスや国務省で日米安保にかかわる当局者たちは鳩山首相、あるいは鳩山政権に対し、今や真の軽蔑(genuine contempt)を感じているといえる」
しかし古森が鳩山への酷評よりも気になるのは米国側識者一般の間での日本の重みの急減であるという。そして日本が日米関係でも国際関係でも沈没を始めたというのは、米国の認識であると同時に実際の現象だともいえそうだ。この点、野党の共和党でより率直な声が聞こえる。
保守系シンクタンクの「ヘリテージ財団」のブルース・クリングナーの論文は「日本はアジアで無意味になりかねない」と題して、「このままだと、アジアでも二線級の中級国家になってしまう」という警告だ。同氏はいわゆる日米屋ではなく、CIAで長年、朝鮮半島の分析にあたり、民間に転じてはこの数年アジア全体の情勢を追っている。
日本はどう国際的意義を喪失しているのか?「アジアの危険な戦略環境に対し防衛費を8年連続で相対的に減らし、集団的自衛権も禁じたまま、自衛隊の国際貢献にも愚かなほどの制約を課し、中国その他の諸国が国際安保への寄与を増大していることから目をそらす」そうなると自民党にも責任があるが、同論文の後半は「民主党政権は日米同盟を対等に、と唱えるようになったが、では安全保障面で具体的になにをするのか示さない。国際平和への貢献に危険な作業は他国に押し付け、自国の防衛の政策さえも考えない」
古森は最後に同氏は鳩山政権の「日米同盟の深化」という標語は単に「同盟を安保や防衛という本筋から遠ざける策」であろうと見抜いていると述べている。
最近よく話題にされている日本の安全保障に関するテーマに3つのシナリオ、1.自主防衛 2.日米同盟 3.日中同盟 が挙げられるが、私には 1.の自主防衛が言葉として又気持ちとしては存在するが実際はこのシナリオは存在しない、日本には当てはまらない、と考えている。自分の国を自分で守ることは必要だし、この事を怠ってきた日本は取り囲まれた危険な戦略的環境の中では、今幾ら防衛に力を注いでも十分とは言えない状態にある。しかし、これをやることをもってしても自主防衛だけで日本を守るというにはならないと私は思う。
日本は小国ながらなかなか立派な国だ、桜井よし子が言うように「そんなに捨てたもんではない」のは確かだが、人口、領土、とりわけ近代化に不可欠な天然資源が皆無な国が大国になれるわけはない。従ってどうしても頼りになるパートナーを求めざるを得ない。其の場合、相手と対等な関係を維持できるかどうかは甚だ疑問であろうし、そもそも対等でなければならないということもない。日本に対等になれる資質が有れば対等は得られるしその資質が日本に無くても信頼できる相手なら構わない。ならば信頼できる相手の条件とは「相手に透明性があり信頼できる事が第一であり、同様な社会制度・仕組みの国又は国家群であることが条件」になろう。幾ら相手が大国であっても、この条件に当てはまらなければパートナー足り得ないと私は考える。小さい国家グループでも信頼と硬い絆を結べる相手なら又パートナー足り得るであろう。
そう考えると今日本にとって相応しいパートナーはアメリカしか存在しない、それが例え戦争に負けた相手だとしても、それ以外には存在しえない状態に日本はある。
だから必要な事は、誰をパートナーにするか、対等かどうかではなく、日本の安全保障を確実にするためには、相手に相応しいパートナーになることであり、今の日本に求められているのは、日本自身が自分の国をキチンと守ること、また守るという姿勢を、外部にも分るようにすることである。中国がこれだけ防衛力を増強している中で近隣の日本が自らの安全のために防衛に努めても中国・朝鮮だけは文句を言ってくるかも知れないが、世界は日本の行動を理解する、またキチンと情宣して世界を理解させねばならない。
来栖三郎氏は戦前の外交官であり真珠湾攻撃に先立つ20日前にワシントンの野村大使を補佐すべく同地に送られた方であるが、彼が自らの外交生活を「泡沫の35年―日米外交秘史」を敗戦直後に書きあげている。ご本人は自らの35年を「泡沫」と揶揄されているが、その間に彼が世界を観察する中で得たものには今もって示唆に富む言葉が少なくないと思う。その内の一つを以下に記する。経済大国だとか対等だとか思いあがっている暇は無いのである。米中は日本を犠牲にして彼らの安全・安定を模索しているかも知れない、寧ろそう考えるべきなのである。
<そもそも大国の間に挟まれた比較的小さな国の地位が如何に困難なものであるかということについては、自分は1936年以来3年にわたるベルギー在勤の間に、まざまざと感得することができた。第2次欧州大戦直前の緊迫時代から、大戦勃発以後に至るまで、白国国王陛下を始めベルギーの為政者が、中立維持のためにいかなる苦心焦慮をかさねたかについては既に述べたとおりであるが、その当時世界に行われつつあった国際政治の旧態勢の下においては、大国の間に介在する比較的小さな諸国家は、ひとり戦時においてのみならず、平時といえどもその領土の保全に関し、不断かつ細心なる留意をようしたのであって、自分はやはりベルギー在勤中に一度次のようなことを実見した。
、、、、、、、、、(中略)
(ヨーロッパの某々大国が、ドイツの植民地獲得要求を満足されることで平和を維持する計画をたてベルギーとポルトガルがそれぞれアフリカに持つ植民地をドイツに提供する相談を密かに薦めていたという話を引用してーブログ管理者注)
国際政治の旧態勢下における比較的小国の地位が如何に不安であるかは、この一例によってもよく分るのであって、従って我々はかくの如き国際政治の過去における現実が一日も早く解消され、、、、、(国際平和機構への期待を開陳ーブログ管理者注)。
万一、我が国民の一部に隣接大国間の不和もしくは競合を利用し、両者を操ってその間に我が国の地位を有利ならしめんとするかの如き考えを抱いている者がいまなお存在していたとしたら、これ、じつに想わざるの甚だしきものであって、国際情勢が再び逆転し、かくのごとき国際政治の旧態勢がまた改めて横行するような時勢が来た場合には、大国間の不和競合は、和戦何れにせよ、常に殆ど小国の犠牲において行われるものであるという現実を、決して忘れてはいけないのである。>(了)
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「昭和正論座―何も変わらない日本」という本が有る。2009年6月出版、著者というより編者と言う方が相応しいとも思うが、石川水穂、湯浅博のご両人、産経新聞の論説委員である。この二人が昭和40年代の外交・資源・領土等に関する18名61編の時事論文をまとめたものである。
と、書いたが私はまだこの本を手にはしておらず、毎週産経がオピニオンに掲載しているのを読んでいるだけであり、何か書くならせめて見ておくだけとも思い図書館にネット予約を入れた。図書館が要約してある61編のタイトルにはこの週末掲載のー「世間」知らずの日本外交(高坂正堯氏)―は見当たらない。しかし、産経に書かれている内容は30年(昭和52年7月4日)を過ぎた今現在もそのまま当てはまる、副題通りの「何も変わらない日本」であることに複雑な思いに駆られる次第である。
私はたまたま日本を離れて日本を見る機会が有ったので、客観的と言うのは語弊があるかもしれないが、外から日本を見る貴重な機会を得たと思っている。そこから見えてくるのは、日本と言う社会はほんとに判りにくい、特殊な社会だと言うことであった。そして、そのことを大半の日本人が意識していないことなので、その説明・国際社会の理解を得ると言うことに殆ど配慮していない、努力をして来てこないと言うことに気がつくのである。
まあ、そんなことは私の思いすごしであるかも知れないので、とにかく産経に書かれたことに筆を進めよう。最初に添え書きの湯浅氏の「視点」から、これを踏まえて高坂氏の考えを見ればより理解し易いのではと思う。
<日本人は自分自身はきまじめで、恥ずかしがり屋であると考えている。決して、米国人や中国人のように臆面もなく自己主張はしない。何で隣人たちは傲慢かつ性急に物事を要求するのかが分らない。ところが、高坂氏にいわせると、あちらは日本人は厚かましく、戦略知らずだと考えているという。
米国の対韓政策を批判するなら、何で日本は安全保障で命とカネを出し惜しむのか、と怒る。北方領土の対ソ要求も、日本列島そのものがソ連の出口をふさいでいるのに、何で返還しない理由が分らないのかと文句をいう。すべての国が自己主張をしており、彼我の違いをしることが次の一手を生む現状は変わらない。>
以下に高坂氏の論文を要約。
<‘この一年で国際環境厳しく’−日本商品の欧州への急増に欧州は不均衡が是正されなければ対抗措置をとると。アメリカでも日本の貿易収支の黒字が問題化。経済水域200カイリで米ソとの苦しい交渉が。とりわけソ連の強引な交渉態度は記憶に新しい。
‘真面目だが厚かましい国?−東海村での使用済み核燃料の再処理が迫っている日本にはカーター政権の再処理に否定的な態度は直接的な問題に加え、日本のエネルギー政策を根底から揺さぶる。カーター政権は韓国からの米陸軍撤退の意思を明らかにするが、日本の安全保障に大きな問題となりかねないにも拘わらず、アメリカは日本の意向を重んじない。
世界の風が冷たいことを日本は知ることになるが、貿易問題、200カイリ問題、北方領土問題、核燃料再処理問題については、日本は正当な主張を持っているので利己主義的独善的であるのは諸外国だと考えるのが大勢であろう。だから、国際関係において甘い考えを捨てて、自国の生存のためにもって真面目に努力すべきと言う考えは出てくるし、それ自身が悪くはない。
しかし、他国がどう考えるかを正確に認識しないと偏狭で独善的なナショナリズムが生まれるだけであろう。そんな日本を外から見れば“厚かましい国”である。日本人はソ連が突然200カイリ経済水域を設定し日本の締め出しととり、ソ連は日本の領海12カイリへの拡大がソ連漁業の締め出しと映る。それはやがて日本との線引き交渉にあたり問題となるのでソ連が強硬な態度をとる。
‘戦略的考慮の無視での誤解’−アメリカも同じで、自ら出費を惜しみ安全保障をアメリカに負かせている日本がアメリカを批判する。なすべきことをせずに、頼む時だけ一人前というのは厚かましいということだ。
それ以上に、日本は不可解な国であるかもしれない。日本列島は北から南までソ連の海への出口を抑える事になっていることを理解しようとしない。アメリカ人も日本人の戦略的考慮の無視に困ってきた。ところが困ったことに、日本人はこれを悪いことと思っておらないだけでなく、むしろ平和的で好ましいとかんがえている。しかし、これは外国からみれば世間知らず、とんでもない要求だと、反発が来るが日本人にはそれが理解できない。
‘「日本問題」が起こる前に’−能力も有り働き者だから良い商品をつくり安く売るのだから悪いことをしているのではないが、外国には大変手ごわいライバルであり、商売がし難い時期には問題の存在になる。大量の資源を輸入し、工業製品を大量に輸出する、このことは世界経済にアンバランスを生むという宿命を持っている。
他国の見方が正しくて日本はそれに従うべきと言っているのではないが、全ての国は生きるために自己主張しなくてはならない。そのさいに自己主張しているという自覚がなく、従って自己主張が偏頗(へんぱ)であり、しかも他国がどう考えるかの認識が無ければ、日本は問題児になる。世界に「日本問題」が起こらないようにしなければならない。>
高坂氏は日本が国際社会で生きてための最低限のルールを我々に教えてくれているが、彼が指摘していない事がある。それは、おそらくある程度の経済規模を持つ国家でこのような戦略的な思考のない国は、日本だけであるということだ。その原因が何処にあるかを問う前に我々は世界標準の思考方法を持って世界と付き合わないと日本の将来への期待は持てないと言うことだ。
しかし、残念ながらこの論文が書かれた昭和52年(1977年)から30年以上を経た今現在、日本がこの‘大局に弱く近視眼的である’という問題を克服しているとは思えないのである。副題が告げるようにまさに「何も変わらない日本」なのである。
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