鎮魂として

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シエナのフリータイム。
友人と別行動。
時間を決めてバス停で待ち合わせ。
一日シエナの街を歩き回りバールの楽しみを喋りだした。
カンポ広場を通りグラムシ広場のさきエノティカイタリアーナで先ず一杯。
情報を仕入れてお勧めのリストランテを探す。
結論から言うとリストランテで食事をすることは叶わなかった。
近所の「Osteria Pizzeria IL Viccolo」 → オステリア・ピッゼリア・イル・ヴィッコロ。
地球の歩き方で仕入れた知識なのだろうか?
「オステリアって居酒屋風のイタリア版なんだよね。」
そそ・・・・・
「ピッゼリアも一緒なんだ?」
そう、イタリアにはリストランテ・ピッゼリア・バールなんて表記をよく見かける。
日本だと「居酒屋・寿司・喫茶・焼肉・・・・・」と言ったところか?
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先ずは店のお勧めチーズとサラダ。
オイルをかけて食感の良い野菜とチーズの相性が抜群。
それにワインを注文。
店の中は目の回る忙しさ。
カメリエーレはパンツからシャツをずらしながら駆け回る。
その中で「ボイ・ジャポネーゼ・・・・・日本人なの?」
そう日本からの観光者と答えると。
オーペラ・蝶々夫人知ってる?
作曲者はプッチーニィ。
このワインは「ピッチーニィ」
イタリア語では「ローペラ・バテルフライ、プッチニーニィ。クエスタ・ヴィーノ・プッチーニィ」
早口言葉のように喋る。
2010年はプッチーニィの「蝶々夫人」が流行っていたようだ。
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プリモピアットに名物のピッチを注文。
モッチリした太麺は黒胡椒に名物のペコリーノチーズ。
タップリオイルを注ぎ食べた。
お勧めのキャンティクラシコとの相性も抜群。
しかも驚くほど安い価格だった→8ユーロ
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肉料理と進み友人はデザートを注文。
タクシーを呼ぼうとすると。
「夜のカンポ広場を散歩したいけど・・・」
食事の後はカンポ広場を散歩。
「その先を左ね・・・・」
なんとタクシー乗り場を知っていた。
フィレンツェ到着の4日目。
キャンティのワイナリーツアー開始の朝。
友人が朝食を食べながら。
「パックツアーで5日間弾丸ツアーってあるよね。」
「ウン・・?????」
「ここはフィレンッツェだけどローマの5日間弾丸ツアーってよく有るんだよ」
「そうなんだ・・・・・」
良く理解できないでいると。
「弾丸ツアーの最終日と同じなんだよね。
今日これから空港に出かけて帰国なんだ!」
なるほどそう言うことか。
「フィレンッツェは2日間でけっこう堪能できるんだ。」
そんな会話をしながらレンタカーをピックアップ。
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キャンティクラシコの中心年の一つ、グレーベ・イン・キャンティ。
有名なワイン産地パンッツァーノ。
所々で観光を兼ねワイナリーを訪ねる。
カステリーナ・イン・キャンティを抜けてシエナ到着。
2010年の初夏にも滞在した城壁外の可愛らしいB&B「フォント・ディ・トッフィ」
チェックインをしてから街はバスに乗ってでかけた。
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この日もやはり寒々とした冬の天気ではあるが有名なカンポ広場。
イベントでもあるのだろうか?
テントが沢山でていた。
ドウモやエノティカイタリアーナを訪ねて簡単なシエナ観光。
夕飯はカジュアルなトラットリア。
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パスタの外に食べた海の幸は素朴に美味しかった。
一番はカンポ広場を眺めながらワインと共に楽しめたこと。
帰りはタクシー10ユーロ(2010年の換算では約1150円)
友人は弾丸ツアーが気になるらしく。
「弾丸だったら、今頃機内食だね。」

フィレンッツェ3日目

2010年12月2日木曜日。
フィレンッツェの3日目。
充分な下調べをしていたのだろうか。
友人は一人でノンビリ街歩き。
昼は中央市場で待ち合わせ。
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予定では市場で軽く済ませるつもりだったが。
下見をしていたのか?
ガイドブックに載っていたのだろうか。
市場横のトラットリア・ザ・ザに決まる。
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昼の時間を少し過ぎていたが店は混雑。
お味の方はごく普通。
「暴力的な量で濃いめのイタリアンはダメじゃなかったの?」
「誰が言ったんですか・・・・・」
フリータイムの間にイタリアに馴染んだ?
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それに準備してきた翻訳機が功を奏したのか。
分からないがフィレンッツェを気に入ったようだ。
3日目のフィレンッツェはこの後、
友人からのリクエストでオルトアルノの散策。
夕飯はティーボンステーキの人気店「イル・ラティーニ」
ゆっくりと時間が過ぎていく。

フィレンッツェ3泊

11月30日フィレンツェに到着。
先ずは3泊。
よく見かける弾丸ツアー5日間などを見かけるが。
ヨーロッパの場合は移動で一日が費やされる。
1泊した翌朝、先ずはホテルの朝食。
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宿泊したホテルは4星の「エグゼクティブ」
朝の7時にオープン。
その時間でかけたらご覧の通り。
一番乗り。
3日間のうち空いていたのはこの朝だけ。
滞在している間ツアー客で賑わっていた。
不思議なのは2010年12月のこの時期ツアー客は大半が日本からだった。
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12月1日、水曜日は寒い冬の朝。
駅からバスに乗りミケランジェロ広場に向かう。
街を時計と反対回りのバスはミケランジェロ広場の一つ手前。
サン・ミニアート・アル・モンテ教会で下りる。
教会からはミケランジェロ広場とフィレンッツェの街がよく見える
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教会から広場へ歩き一休み。
広場の横にある坂道を下ればフィレンツェを囲む城壁。
坂道にも名前がある。
サン・サルバトーレ・アル・モンテ階段。
休み休みのフィレンッツェ散歩、二日目。
ポンテベッキオ、シニョーリア広場から華のドウモに中央市場。
夕方にウフィッツ美術館。
二泊目はしっかりイタリア料理の晩餐会で締めくくった。


急逝した友人とイタリアに出かけた日。
友人曰くこれが成田から海外に出かける最後じゃ無いかな。
翌年2011年に羽田国際線を差しての言葉。
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  (2010年は往復こちらでトランジット。行きも帰りもトラブルに見舞われた。)
この時友人と私の乗る飛行機は別々。
日本航空の上級会員の友人はパリ基油フィレンッツェ。
JL405便。
私の方は全日空NH207便ミュンヘン経由。
フィレンッツェ到着は友人が20:40。
その10分後に私の方が到着予定。
ミュンヘンで遅延が発生。
フィレンッツェ到着が1時間ほど遅れ。
この時、私は遅れが1時間と言うことに気がついていなかった。
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   (ミケランジェロ広場からの冬景色。友人のお気に入り)
ツアーはフィレンッツェに合計5泊。
シエナに3泊、オルヴィエートに1泊。
ホテル9泊機中1泊の10泊11日のツアーの始まり。
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   (ミケランジェロ広場を見下ろす場所をとても気に入っていた。)
結果は少し変わり友人はフィレンッツェに追加宿泊。
ホテル10泊機中1泊で12日間のツアーになった。
追悼の意味を込めてツアーの思い出をポチリ。

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