|
この曲を、ご存知ですか? 小学校の体育の時間、なぜか全学年でこの曲を踊った。 たしか、運動会でもこれを踊ったんじゃないだろうか。 小学生の僕には(おそらくみんなも)強烈なインパクトの曲だった。 「♪桃イヤ、桃イヤ、モ〜〜♪」とかテキトーにマネしたり。 なぜか『ワニが出てきそうな歌だな』と思っていたり。 最近になって、急に調べたくなり、[pata pata]で検索。一発で出てきた。 そのうち、これ歌ってる人って、どんな人なんだろうと思い始めた。 …脱帽した。 以下はWikipedia日本語版と英語版から適当にまとめたバイオグラフィーです。 (間違ってたらゴメンね。) ミリアム・マケバ Miriam Makeba
1932年、南アフリカ・ヨハネスブルグ生まれ。 女性歌手、市民権運動家。 アフリカ初の世界的アフリカン・ポップ・アーチスト。 「ママ・アフリカ」の異名でも知られる。 生後18日目で母が逮捕され、生後6ヶ月を刑務所で育つ。 1950年(?) 18歳の時に息子を出産。彼女は乳がんと診断され、間もなく最初の夫は去っていった。 1956年 24歳の時に南アフリカで「パタ・パタ」をリリース。 1959年 ブロードウェイのミュージカル「キングコング」で女性の主演歌手を務める。 この頃、ロンドンでハリー・ベラフォンテと出会い、彼にアメリカ・デビューの手助けをしてもらう。 1960年 28歳。母の葬儀に帰国しようとしたが、南アフリカ政府にパスポートを失効され帰国不能に。 1962年 30歳。ベラフォンテとマケバはJFKの誕生日パーティーで歌唱。 病身のマケバは後のパーティーに出席せず帰ったが、大統領自らの希望で召し返された。 1963年 31歳。国連での反アパルトヘイト証言を理由に、南アフリカが市民権と帰国権を剥奪する。 逆にギアナやベルギー、ガーナが、相次いで彼女に「世界市民」としてパスポートを発行。 (生涯において彼女は9つのパスポートを持ち、10か国の名誉市民権を持つに至った。) 1966年 34歳。「An Evening with Belafonte/Makeba」(共作)でグラミー賞を受賞。 1967年 35歳。「パタ・パタ」を米国リリース。ビルボード最高12位のヒット。 (※人気を博して後、プライベートでは数度の結婚・離婚を繰り返している。) 1985年 53歳。ブリュッセルに移住。ポール・サイモンと出会い、共演ツアーを組んだ。 1990年、南アフリカのアパルトヘイト解消と共に、ネルソン・マンデラによって祖国に呼び戻された。 この時ミリアム・マケバ58歳。 南アフリカ政府に帰国を拒否されて以来、30年の月日が経っていた。 その後も彼女はマンデラ夫人と共に、 子どものHIV蔓延、少年兵や障害者などの社会問題に果敢に取り組んでゆく。 2008年 イタリアのマフィア追放コンサートのステージ中、 「パタ・パタ」を歌い終えた直後に心臓麻痺を起こし、死亡した。 享年 76歳。 一人の歌い手の、壮絶な最期だった。 …こんなすさまじい人の曲で、小学生を踊らせてたのかヨ。 (…個人的には、比較できる人が誰も思い浮かばない。) 一体、どの先生の選曲だったんだろう。 今さらながら、この先生の慧眼にも敬服いたします。 インドで出会った南アフリカ出身の白人に、こんな感想を言った事がある。 「貴方の国が、アパルトヘイトをやめてくれて、本当に良かったと思っているよ。 僕等ジャパニーズは、貴方の国の黒人の方々に『バナナ』(黄色い皮を着た白人野郎)と揶揄されていたそうじゃないか。 僕はずっとこの言葉が嫌で嫌でしょうがなかったんだ。 僕は芯まで有色人種(coloured people)だ、とね」 彼はずっと押し黙って、何も答えなかった。 (※実際に日本人には『名誉白人』の権利が付与されていた。くだらねえ制度だ。ペッ。) The sudden passing of our beloved Miriam has saddened us and our nation...
私達の愛すべきミリアムの突然の逝去は、私達とこの国を悲しませた。 She was the mother to our struggle and to the young nation of ours. 彼女は、私達の苦闘の母であり、私達のこの若い国の母であった。 It was fitting that her last moments were spent on a stage, enriching the hearts and lives of others... 彼女の最期の瞬間がステージの上で、他者の心や命を華やがせるためにあったのは、まことに彼女らしい。 She was South Africa's first lady of song and so richly deserved the title of "Mama Africa." 彼女は、南アフリカ歌手の「ファースト・レディ」だったし、「ママ・アフリカ」の肩書きが十二分にふさわしい人だった。 -- Nelson Mandela 〜ネルソン・マンデラ |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 音楽レビュー





おお〜私も小学校の運動会で踊りました。
大阪市H区でもこの曲でした。
歌ってたのがこういう人とは知りませんでした。
替え歌も歌ったな〜懐かし〜
2013/10/29(火) 午後 9:43
>sallyさん
お、おおおお! 今まで知り合いでこの曲を知ってる人がいなかったので、レアケースなのかと思ってました。今さらながらR.I.P.ですわん。
2013/11/5(火) 午前 2:14