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遠距離恋愛の彼女に、逢いに行く途中だった。 中距離バスになるのかな、そのバス停。 エキゾチックな…端整で理知的で、 それでいて、どこか親しみやすそうな顔立ちの女性が、バスを待つ列の前にいた。 濡れたような黒髪。吸い込まれそうな大きく黒い瞳。 鼻すじは小ぶりで高く、上品な口元。 肌は少しだけ浅青黒く、日焼けした邦人のそれとは趣きを異にしている。 『あら…日本人じゃなさそう』 そう思った途端、自分から声をかけていた。 今から逢いに行く彼女もインドの旅中で出合ったのだし、何か縁を感じた。 たった4時間で着く行き先とはいえ、旅は道連れじゃん? 意外に日本語は堪能だった。イントネーションにもまったく狂いが無い。 何時になくバスが遅れていた事も話題となり、 ほどなく二人はうちとけて、隣同士に席を取った。 聞けば、ベトナムの人だった。ベトナム人とフランス人のハーフだという。 なるほど、道理で。 ファースト=インプレッションの解答は、全てそこにでていた。 日本語にまったくブレが無い割には、日本生まれでも日本育ちでもなく、 こちらには成人してから来日したらしい。 「日本語…とくに漢字覚えるの大変だったでしょ」と聞けば、 「私、6千字覚えたの。がんばったよっ」 「ええーっ!! それ、僕より多いぞっ!! いや、たぶん…でもそのぐらい知ってるんかな…えっと、どーだろ……ゴニョゴニョ (↑音量フェード・アウト)」 何という知性。 いや、それ以上に、何というがんばり屋さん。 …いい嫁さんになれそうだな。 あ、そうそう。 彼女もまた、彼氏さんに逢いに行く所だった。 僕らはそれぞれ、それぞれの想い人に向かっていく途中の、 単なるお話し相手に過ぎない。 『(でも、もし僕が二人いて、彼女が二人いたら。…僕は!?)』 …いやいや。いやいや…。 やがてトンネルを抜けて、 やけにメランコリックで大きな夕映えが、左の車窓を目いっぱいに潤した。 僕らの瞳も、それに酔った。 「夕日、きれい…」 「ああ…うん」 やわらかに微笑んで、彼女の瞳は燃えるようなそれをきらきらと映し込んでいた。 あの雄大な夕暮れを、僕はほとんど忘れてしまった。 けれど、彼女の瞳は、今も忘れられないでいる。 僕は、できるだけ気取られぬように、少女の清らかな瞳に酔い痴れていた。 終着に着いた。 それぞれが、それぞれの想い人の下に、急ぎ行く時間が始まる。 別れ際。 僕はつい口癖で、普段の友達同士への挨拶を言ってしまった。 「じゃ、またね〜っ!!」 彼女は僕の軽率な挨拶に、いたって真面目に答えだした。 「あ、でも…私、今、彼氏いるし…」 まごまごと、困り顔で返事をしている。 ―― 刹那。 僕はいったい何を想ったのだろう? それまでの人生で、考えもしなかった言葉を、口走っていた。 「あはは、『また』っていうのは、別にこの世限りの意味で言ってないよ。 ってワケで、またね〜っ!!」 呆然とする彼女に、笑顔で立ち去ってしまった。 今なお、我ながら驚き以外の何ものでもない。 もちろん、連絡先など交換していない。お互い名前すら聞いてない。 たった一度きり、たまたまバスに同席しただけの話し相手。 ともあれ、ご縁があれば、きっとまた巡り合うだろう。 ―― 何回転生した後かは、知らないが。 しかし…もう十年以上前の話なんだけど、今の今 君に会いたい 微笑んでほしい 「君に会いたい」 Sept. 9, 2015 by 天津風 Suita City
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