あまくさ島民の祭り

「あまくさ」の祭りてんこ盛り! ☆祝7000hits!!

苓北地区の祭り(3)

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天草下島・苓北町のお祭りです。
苓北町は下島西に位置し「天草・島原の乱」の舞台となった「富岡城」があります。つい最近新しく復元された「富岡城」は「あまくさ」の「新しい観光スポット」になりつつあります。来年の合併には参加せず「町」として残る唯一の地域です。
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お祭り第27弾は苓北町・都呂々神社の秋祭りです。

(内容)
当日早朝、木場部落が神社及び境内外の清掃、注連を行う当然の別当たる区において神を頂き身を清め御旅所の組み立てを行う。
行事行程としては「注連卸し(清掃、準備)お下り、御夜参り、例祭、お上り、」等がある。

(行列)
獅子、塩振り、猿田彦、鉄砲、槍、弓、熊毛、鳥毛、台傘、挟み箱、太鼓、笛、榊台、等で道中を練り歩く。                  

〈都呂々太鼓踊り〉
太鼓踊りと獅子舞は一体となって演じられ、特に苓北町、天草町方面にこの傾向が多いが、都呂々神社の場合も例外でなく、大太鼓、小太鼓は獅子舞いに合わせてハヤシ立てる。

慶応年間(一八六五〜八)の創始といわれるが、さだかではない。現在では青年団の行事として保存、継承されている。地区内には他に目ぼしい芸能がないこともあって、この太鼓踊りと獅子舞いが地域住民から高く評価されているが、事実、その演技は真に迫るものがあり、天草灘の潮騒とマッチして人々の郷愁を誘う。

開催場所 :苓北町 都呂々地区
開催日時 :10月第三日曜日

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お祭り第18弾は苓北町・富岡稲荷初午の大祭です。
(由来)
初午大祭は、1673年(江戸時代)より続く約350年の歴史があり、五穀豊穣、商売繁盛、特に火難防除を祈願して毎年旧暦の初午に行われています。戦後は、各町内が、それぞれの伝統の出し物を奉納し、1日中町内を練り歩き、町を上げてのお祭りでした。
戦後になると、過疎化の影響もあり、途絶えがちとなり、2・3の出し物が奉納される程度となっていましたが、平成6年に35年ぶりに「忠臣蔵」が、平成9年には88年ぶりに「川舟」が復活し、地域をあげて伝統芸能を受け継ごうという気運の盛り上がりが感じられます。
出し物をしない年は何故か火事が多かったので、祭りを続けてきたとも言われています。

奉納される出し物の紹介
「川 舟」
(かけ声)  アーヨイヤセー・アーヨイヤセー
 平成9年の大祭に、88年振りに復活。明治42年以来という「川舟」は、漁師にふんした子供らが、舟の上から投網で魚をすくい上げる出し物。担ぎ手が船体を大きく回転させる引き回しも見物です。お年寄りたちの話の中に、わずかにその姿、形を思い描くことが出来ます。そのため、1丁目・元袋の2地区の人たちが、長崎おくんちを参考に再現しました。

「コッコデショ」
難破した境の商人を助けた際、御礼にその商人が富岡の漁師達を接待。命の助かったことを喜び、担いだ台ごとほうり上げたのがおこりで「コッコデショ」という掛け声が名前の由来。太鼓をたたく3人の子供を乗せたまま、200キロもある台が空中に舞います。

「蛇 踊 り」
昭和32年2月初午大祭に初めて奉納。演技の中での金の玉は太陽を現し、ドラの音は、風を呼び、太鼓の音は、稲妻を現し、パラパラの竹の音は、降り注ぐ雨音を現し、大蛇が太陽を追う姿が、蛇踊りの演技と言われています。

「ホックリ飴」
 江戸末期、二丁目の保次郎(ほくじろう)という若者が江戸の菓子屋に修行に行き、嫁を伴い帰郷したがうまくいかず、思いついたのがチンドンヤスタイルの行商。妻の三味線、歌に合わせて飴箱をばちでたたいて踊り回り評判を得た。   
これにヒントを得て、二丁目、尾越の人たちがにわか風に歌や踊りを脚色、初午祭りに奉納したのが始まりという。笛、太鼓、ドラ三味線によるシャギリが一の切りから二、三の切りへとテンポを速め、盛り上がったところへホックリ飴が登場。  
「お江戸下りの飴やさんサヨイヨイ、飴は売らずに唄ばかり・・・」とかすり姿の飴屋さんが一節歌うと飴箱を脇にしたホックリ飴が「ヤッサーホックリ飴じゃ・・・」と身振り手振りも面白く踊りまくる。 全国でも珍しい芸能だといわれる。

開催場所 :富岡稲荷神社付近
開催日時 :旧暦二月最初の午の日

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お祭り第6弾は天草下島・苓北町上津深江神社のお祭りです。
《由来》
約400年前、上津深江地区に悪病が流行した際、修験者(山伏)たちが海岸近くの丘に道場を設け、はだかになり寒中の海でみそぎをして病魔を退散させたのが始まりとされています。

{内容}
午後より八坂神社境内に神宮、区長、氏子総代、神輿を担ぐ青年たちがあつまって神事のあと上津深江青年会の20代から40代の若者30人がサラシの腹帯、パンツに白タビ姿で悪疫を祓うという朱の神輿の上にお神酒と大根のナマスを乗せホラ貝を吹き鳴らして浜にでて、大寒の海に神輿共々飛び込み、威勢良く「ヨイヤ、ヨイヤ」とかけ声を上げ、海辺を水しぶきを上げて突っ走る。その後、神職と共に各家を訪問する。庭で家をお祓いしたあと、タビはだしのままで神輿は座敷へなだれ込み家の中を祓い清めて畳におろす。こうして無礼講の厄ばらい行事は夕方までつづきます。
祭り当日、家の中は日没まで掃除をしないというならわしがあります。

開催場所:天草郡苓北町上津深江八坂神社付近
開催日時:大寒の日

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