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あをく、とほく 湯はからだを抱いて あふれ、湧き、流れ、こぼれる 海の上に空あり 空一めんのまっ昼間 湯気はほのぼのとあかるく 地熱かすかにとどろく 天然の ふかい呼吸に こころは 沈み又をどる 人の世は戦ひだ 底知れぬ誘惑こそ 莫大な天然のおくりもの ああ途方もない此の平安 道程以後の小作品。どこかの温泉に行った時の作品とのこと。 湯船にゆったり身体を暖めながら、光太郎の頭の中には 何が浮かんで来たのであろう。 天然に心を解放し自分の身を委ねると、その中からふつふつと 湧いてくるものがある。 人の世は戦い、心の削り合いと現実に返ったが、 自分には天然から吸収する【生のエナジー】があると、 そして、生きている喜びを感じたのではないだろうか。 純 |
高村光太郎の世界
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おのづから、ほのぼのと ねむ足りて めざめる人 その顔 幸にみち、勇にみち 理性にかがやき まことに生きた光を放つ ああ痩せいがんだこの魂よ お前の第一の為事は 何を措いてもようく眠る事だ 眠って眠りぬく事だ 自分を大切にせよ さあようく お眠り、お眠り 光太郎は「花のひらくように」はじめ、
数編の詩を一括して、室生犀星、萩原朔太郎、 山村暮鳥らの同人誌に「感情」として発表した。 その大正6年1月月号の消息欄に「感情」と 新しく書いたものを合わせて【人間苦】という 詩集を刊行する予定と発表しているが、 「道程」刊行後、昭和16年に「智恵子抄」を 刊行する27年の間、詩集を出さなかった。 この「花ひらくように」は、痩せいがんだ魂という程の 悩み事に苦しむ、光太郎自身にあてた詩である。 眠りは人間の身体を、そして心を和らげてくれる。 傷ついた魂は何も考える事なく、そのままで良いから、 神のみ胸に抱かれるように、ただ眠れば良いのだろう。 私も光太郎のように、ふたたび人として再生し、 新しい呼吸を始める日まで、幸に笑う日が来るまでの快い仮死、 明日を生きるために眠りに入ろう。。。( 純 ) |
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そんなにもあなたはレモンを待ってゐた かなしく白くあかるい死の床で わたしの手からとった一つのレモンを あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ トパアズいろの香気が立つ その数滴の天のものなるレモンの汁は ぱつとあなたの意識を正常にした あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ わたしの手を握るあなたの健康さよ あなたの咽喉に嵐はあるが かういふ命の瀬戸ぎはに 智恵子はもとの智恵子となり 生涯の愛を一瞬にかたむけた それからひと時 昔山嶺(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして あなたの機関はそれなり止まった 写真の前に挿した桜の花かげに すずしく光るレモンを今日も置こう 少し前、ブログ友だちのネネさんから高村光太郎の詩を、 JUNさんはどうアップするか見たいですが、どうでしょう? とのコメントがあった。 その時実際、光太郎の詩で私の頭に浮かんだ詩は【レモン哀歌】 【道程】【知恵子抄】ぐらいだった。 私の働くカトリックの施設は、デイルームとつながった ロビーの壁一面にさまざまな本が置かれている。 その中には日本の近代詩歌全集があるのは知っていても、 日々介護の現場では、利用者の送迎が終わってからも残務に追われ、 本棚の傍のソファに座り本を開く余裕なんてなかなかないのだ。 それが昨日、仕事を追え帰ろうと本棚の前を通りかかった時、 何故か水色に金の文字の日本近代詩集が目が留まった。 吸い寄せられるように、その棚の奥から光太郎の詩集を見つけ、 本棚そばの椅子に座りページを捲った。 【レモン哀歌】は昭和14年2月に書かれた。 智恵子夫人はその5ヶ月前、昭和13年10月5日に亡くなっている。 【レモン哀歌】は愛する人を慕う追慕の詩だったと改めて気づかされた。 智恵子夫人はくしくも今の私と同じ歳で昇天されたというのにも、 何か不思議な感情がこみ上げて来た... 『トパアズ色の香気』愛の記憶の焦点、、、その象徴。 詩集は智恵子夫人への愛に生きる光太郎の想いに溢れていた!! 私はいつの間にか、憧れに似た気持ちで、ただひとりの女性を 愛しぬいたという愛の軌跡をたどってみたくなった。 |
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