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私は1980〜1985年にかけてと、1990年代前半頃まで、TVでプロレスを結構観ていました。
その後はテレビ放送の減少もあって、観戦は断続的になりました。
生まれて初めて試合会場でナマ観戦したのは2006年の7月。
プロレスリング・ノアのディファ有明興行でした。
直前に、大人気の小橋建太選手が腎臓ガン手術のため戦線を離脱してしまい、
既にチケットを買っていた私はかなり残念に思っていました。
しかし、小橋選手の欠場をカバーするかのように、他選手が奮起。
文字通り体を張った素晴らしい試合の連続で、
何よりもファンを大事にするノアらしい興行に、感動したものでした。
2度目の長期欠場から小橋選手もようやく復帰し、さぁこれから、という時だったのに。
ノアの社長を兼任していた看板レスラーの三沢光晴選手が13日、試合中の後頭部強打で倒れ、
懸命の蘇生措置もむなしく、亡くなりました……
ニュースを読んだ時は、まったく信じられませんでした。
何度も何度も「ウソだろ……?」と繰り返しつぶやいてしまいました。
信じたくないけれど。
近年はノアのテレビ中継が終了したり、プロレス人気そのものが低迷したり、
厳しい状況が続いていたのは確かです。
三沢選手にも、心労があったのかもしれません。
今回の直接の死因はまだ不明ですが……
長年の激戦で体はボロボロだったと聞きます。
それでも、常にファンに「魅せる」ことを意識してリングに上がり続けた三沢さん。
たった一度だけナマ観戦に出かけた私にとって、あれが最後の雄姿となってしまいました。
信じたくないけれど、仕方ありません。
三沢さん、幾多の名勝負をありがとうございました。
プロレス界は厳しい状況が続きますが、残された選手達やファンを天国から暖かく見守って下さい。
合掌
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昔と違って、一発技で勝負が決まることが少なくなったような気がしますが、それだけにダメージが蓄積されたんでしょうか?
いずれにしても、哀しいことですね。ご冥福をお祈りします。
2009/6/14(日) 午後 10:52
>ヤボテンさん
プロレスリング・ノアの試合は、
○ 全てをぶつけ合って、相手の技を全部受け切って勝利することが美学
○ 特にビッグマッチは制限時間いっぱい戦うことが多い
といった特徴があり、肉体的なダメージはとても大きいと思います。
総合格闘技などの台頭に対抗するために、
過激な技、過激な試合をやるので大変です。
(女子プロレスも過激路線が主流)
三沢選手は特にダメージが蓄積していたと思います。
早すぎる死、残念です。
2009/6/14(日) 午後 11:16
バックドロップ ブレーンバスター スープレックスなど必殺技一発で勝負がつくのが昭和のプロレスでした。試合時間も長くなかった。最近では最初から大技の応酬でカウント2、9を繰り返し試合時間も長くなっています。自然とレスラーの疲労の蓄積もかなりあったでしょう。三沢選手の御冥福を御祈りします。
2009/6/15(月) 午前 6:45
>赤チン先生 さま
三沢社長はとても責任感が強く、ファンを大事にする人でしたから、
試合でも先頭に立って大技を受け切っていました。
ダメージの蓄積は相当だったと思います。
後輩達は勿論のこと、大ベテランの百田光雄さんや、
引退した永源遙さんなども、先立ってしまった彼を惜しんでいるでしょう……
2009/6/15(月) 午後 7:50
こんばんは。
コメント&テッドさん情報、ありがとうございました。
私もようやく三沢さんの死を受け入れはじめています。
TOPに立つ者として、他に頼る事もできなかったのでしょうね…小橋も無理の出来ない身体ですし、秋山も…踏ん張り続けた結果の悲劇だったのでしょう。。。
最近の三沢、いつも疲れきった表情してましたもんね。。。
私が最後に観た三沢はリアルジャパンプロレスで初代タイガーと対戦した三沢でした。
三沢にとってはなりふり構わず受けたオファーだったのでしょうが、夢のカードをありがとうと言いたいです。
2009/6/16(火) 午前 2:51
>なかちゃん さま
お返しコメントありがとうございますm(_ _)m
確かに、近年の三沢社長は表情にハツラツさが無く、
いつも疲れたような表情でした。
体に慢性的なダメージがあると、心身ともに疲れてしまい、
笑顔が出なくなるんですよね……
斎藤彰俊選手は翌14日の福岡大会で号泣しながら土下座したそうですが、
ファンから温かい声援が飛んだ、と聞いて……もらい泣きしそう(T_T)
絶対に彼の責任ではないし、誰も責められない不幸な事故でした。
彰俊選手には、落ち込まずに上を向いて頑張ってほしいですね。
2009/6/16(火) 午前 4:26