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暑いのに〜っ

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天気予報やら時候の挨拶やらでよく使われるフレーズ、
 
 
「今日、8月7日は立秋。暦の上ではもう秋なんですね〜(^-^)」。
 
 
 
……( ゚д゚)ハァ?
 
 
8月中旬になっても信じられないような猛暑が続いています。
 
体感的には、誰がどう見たってバリバリ夏本番でしょ?
何がどう「残暑」なんですか?
 
「暦の上では」とだけ言っておけば、日本的な風流に浸れるとでも思ってるんですかね?
二十四節気だか何だか知りませんが、単純に言えば「暑いのが夏、涼しくなるのが秋」です。
皆さんも、四季というものはそう解釈していますよね? 感覚的に。
 
 
 
 
確かに、太陽の位置をもとに一年を単純に24等分している以上、
二十四節気と、実際の気温・気候とは全く無関係というコトは百も承知です。
念のため(^_^;;
 
 
 
でも、再度言いますが「夏は暑い」のです。「暑いのが夏」なのです。
立秋とか関係無く、気温が毎日30℃を優に超えているうちは、誰が何と言おうとです!
 
そもそも二十四節気というのは、昔の太陰太陽暦に対応させた補助的な暦です。
グレゴリオ暦を採用してから130年以上も経っている我が国で、何故に二十四節気を引き合いに出すの!?
 
 
二十四節気では、立秋の約半月後に「処暑」というのがあります。
「立秋を過ぎてるとはいえ、処暑の日まではまだまだ暑い日もあるよ」という意味ですが、
今年の処暑は明日、8月23日です。
東京で34℃の予報が出ている明日は、どう考えても「処暑」とはならないようで、
24日以降も、うだるような暑さに苦しむことになるでしょう(-_-;;
 
 
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、9月の厳しい残暑もさすがに秋の彼岸を過ぎるとグッと楽に。
逆に言えば、彼岸までは暑い日が続くのも覚悟せねばなりません。
では、この「9月中旬までの結構暑い日々」を、どう捉えますか?
 
○ 8月は夏、9月からは秋というキッパリした認識で、「暑くてもあくまで9月は秋」
○ 8月23日の処暑を過ぎれば、多少暑くても秋として受け入れる。「処暑が過ぎたら秋。暑くても秋」
○ 8月7日の立秋、即ち「暦の上ではもう秋」を鵜呑みにして、「8月7日からはどんなに暑くても秋」
○ 毎日毎日暑くて暑くて、何が秋なんでぃ! 「真夏日があるうちは、暦に関係なく夏」
 
他にも、セミが鳴かなくなったら秋だとか、コスモスが満開になったら秋だとか、食欲旺盛になったら秋だとか、
秋の到来の感じ方は人それぞれです。
石川県小松市の一部の田んぼでは、もう刈り入れまで数日というところまで来ていました。
 
 
結局、春夏秋冬というものは、気温変化とは全く無関係に作られた区分であり、
実情としては「夏の後半と秋の前半は暑い」というふうに、暑さは夏と秋に跨っているだけです。
 
 
でもやっぱり、「暑い季節が夏」という考え方・感じ方は、間違っていないと思うのですよ。
そういう捉え方のほうが、現実的運用として自然だと思いませんか?
 
だからこそ、「暦の上ではもう秋」などと涼しげにヌカすお天気キャスターの声を、
朝っぱらから30℃を超えようかという蒸し暑いお茶の間で聞かされるのは、精神衛生上よろしくないのです。
 
そして、「秋は涼しい季節」という認識が根強く、秋の到来を待ち焦がれる人が多い現状では、
ヘタに立秋だ何だと引き合いに出すと、「秋なのに全然涼しくならんじゃないかぁ!」と嘆きたくなるのです。
 
平たく言えば「涼しくならないうちは、“秋になった”などと言いたくない」のが本音なのです。
秋という言葉に抱く、涼しい風の吹く、天高い季節、豊穣の季節というイメージを壊してほしくないのですよ。
 
 
私としてはやはり、昼間でも最高気温が26℃程度まで下がらないと、「秋が来た」とは言いたくありません(笑)
ましてや、夏本番だというのに「暦の上ではもう秋」などという決まり文句!
何たるデリカシー欠如! 許せん!(燃)
 
何? 風流を解せないヤツだって?
いいんです。
べつに、二十四節気そのものは嫌いではありません。
しかし、すぐに「暦の上では〜」と吹聴するお天気キャスターの、ヘリウムガス並みの口の軽さ!!
現実に酷暑に喘ぐ中で「もう秋なんですよ〜☆」とか言われると、軽く殺意を覚えます。
 
 
 
早く秋になぁれ〜(;;´Д`)
冬の寒さが全く苦にならない私は、一刻も早く夏から遠ざかりたいのです。
冷房代もバカにならないしネ(^_^;;
(一人暮らしなのに、夏の電気代は一ヶ月8500円を超えます)
 
 
以上、久々に愚痴りまくってみました。
どんなに愚痴っても、暑いものは暑い。
いやむしろ、かえって暑さが増幅したような……
(↑ ダメじゃん)
 
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ひと部屋にひとつずつ

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島根県日本海岸の最西部に位置する益田市。
益田駅はその玄関口です。
 
島根県西部は全体的に過疎化がかなり進行していますが、益田駅は一応は交通の要衝です。
 
当然、駅付近にはビジネスホテルもあったりするワケで。
ホームから改札方面への連絡通路の階段には、ビジネスホテルの広告がズラリ。
 
イメージ 1
 
「これだと、階段を上る人はいいけど、下りる人は読めないんじゃないか」って?
いえいえ、これは益田駅に今まさに降り立って改札口に向かう人が読めれば、それでいいのです(^_^)
 
階段を半分ほど上がると、マスダセントラルホテルに代わって「ステーションホテルダイエー」が登場。
 
イメージ 2
 
 
で、ヒネクレた思考パターンを誇る私の視線は、左側の表記をブチ抜いたのです( ̄〜 ̄)☆
 
イメージ 3
 
 
この書き方。 このレイアウト。
 
 
   <各室> 駐車場完備  と区切って読むと面白い。
 
 
全ての部屋に一つずつ駐車場を備えているようにお見受け致しました(笑)
なんとも豪儀なビジネスホテルです(^-^;;
 
 
旅に出ようが自宅でPCやっていようが、頭ん中はいつもこんなコトばかりの紫布ではあります。
しかも、写真まで撮って…… アホですか? σ(゚_゚;;
 
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難読駅名

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地名というものには、思いもよらないような変わった漢字・読みをするものがあり、駅名もまた然り。
難読駅名は、JRのものであれば比較的有名なものも多く、鉄道趣味者にとっては基本中の基本。
 
今回とりあげる駅も、鉄道趣味者ならば知っていて当然! の駅です(^_^)
九州から小松への移動が、途中まで山陰経由だったもので、写真撮っておきました。
 
でも、フツーは読めませんって(笑)
 
 
イメージ 1
 
山口県のJR山陰本線・特牛駅。
 
さて、何と読むでしょうか……?
 
 
 
答え
 
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
写真が美しくなくて済みません(-_-;;
動く列車の中からだった上に、AFの遅〜いオンボロカメラだったもので。
 
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8月13日。
朝から西大分・東別府・豊後豊岡の各駅舎を視察し、テンポ良く次の目的地に向かう私。
一応の次の訪問予定は、3駅先の大神(おおが)駅でした。
地図の左から右へ。
 

 
しかし、です。
大神駅は、いくら木造とはいえ淡肌色の総モルタル造りで、屋根もトタン張りという風情のないものです↓
明らかに訪問してガッカリすることは目に見えていたので、今回はパスして次へ向かおうかと。
豊後豊岡から見て大神は東北東ですが、その次の豊前長洲(ぶぜんながす)は遠く離れた北北西であり、
大神をパスすれば大幅な時間短縮になるのです。
 
というワケで、大きく針路変更して、一路豊前長洲へ。
地図右下「豊岡」から国道10号を北上し、左上方「長洲」のあたりへ。
 
 
途中の立石峠は、旧豊後国と旧豊前国の国境に当たる峠です。
ここを越えると、人間も文化も多少変わります。
豊前国エリアは、明治初期までは北九州・小倉のテリトリーでしたから、
その南部地区である宇佐・中津が大分県に編入された時は、住民も驚いたでしょうね。
まさか自分達のトコが大分県になってしまうとは!(笑)
 
 
国道10号から県道213〜215〜23号とややこしい道順で、豊後豊岡駅から30分ほどで豊前長洲駅到着。
 
イメージ 1
 
玄関の部分だけモルタル造りになっていますが、それ以外の部分はかなりレトロな板張り。
これは期待できそう(゚∀゚)☆
 
イメージ 2
 
イメージ 11
 
この部分のヒサシだけトタン張りですが、まぁ良しとしましょう。
 
イメージ 12
 
押縁の幅の広い下見板張り。建材もかなり古そうですね。
 
イメージ 13
 
これですよ!
この古民家のような雰囲気こそ、私の求める「木造駅舎」の風合いなのです(´∀`*)
ただし、サッシは全面的にアルミに換装してあります。
 
さて、入口に回ってみましょう。
 
イメージ 14
 
ボロボロになっても使い続けている駅名板。 青地に白文字の、私の好きなタイプです。
 
イメージ 16
 
モルタル部分は後年の増築・改築あるいは修繕だと思いますが、
建物財産標によれば最初の使用開始は1911年(明治44年)4月21日。
(開業は翌日の4月22日)
 
しかし、中に入ってみて、アッと驚き! Σ(・∀・;;
 
イメージ 15
 
……なんかすげーモダンなんですけど( ゚Д゚)
 
内部はこのように全面改装されていて、外観のような木造の温かい雰囲気は微塵もありませんでした。
ま、相当荒廃していたんでしょうね。 利用客のことを考えれば、致し方ありません(^_^;;
現在は無人駅になっていますが、手荷物窓口と思われる部分まで改装されていることから、
改装が行われたのは、手荷物輸送がまだ盛んだった昭和50年代前半までの間でしょう。
 
しかし、モダンだったのは内部だけ。
改札を入ると……
 
イメージ 17
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
↑これは何のスペースだったのでしょう……
もしかして、ここにトイレがあったのかな?
 
 
イメージ 5
 
イメージ 6
 
イメージ 7
 
とまぁこのように、駅舎裏側は相当に老朽化が進行しています(^_^;;
 
 
イメージ 8
 
改札口を入って左方に、島式ホーム家の階段があります。
これはその階段の上から。
 
 
イメージ 9
 
ホームには小汚いベンチが、少し歪んで平行四辺形になった状態。
これはダレも座らないだろうな〜。
 
イメージ 10
 
駅舎左側の屋根。
今は二輪車置き場のようになっていますが、当初からそうした目的だったとは思えません。
元々は何に使われていたのでしょうか。
 
 
さて、総評です。
ここまでの訪問駅の中で最も古い明治44年4月の建築だけあって、随所に非常に古い造りが残っています。
しかし、昭和中期以降のものと思われる玄関口のモルタルや待合室・窓口の近代化は、
やはり正直言って「これさえ無ければなぁ」と感じてしまいました。
断片的には素晴らしいレトロな雰囲気を味わえるので、訪問した価値はあったと思います(^.^)b
 
◎総合評価 75点
 
 
さて次の訪問駅は、3駅先の天津(あまつ)駅の予定でしたが、
天津駅も木造ながらその外観はまるでプレハブのような、面白味のない駅舎です。
(1956年開業と新しいので仕方ないケド)
これもパスして、もう1駅先の今津(いまづ)駅に向かうことにしました。
 
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