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<続き>
5月21日。
諏訪インターから杖突峠(そんなに険しくなかった)を越えて、中央構造線のゆるやかな下り坂を疾走。
桜の名所として非常に名高い、高遠(たかとお)城址を訪れました。
今回の記事は新緑づくしです。
かつて信長の長男・織田信忠による大規模な攻城戦があり、武田氏滅亡への緒戦ともなりました。
今は、起伏ゆるやかで広大な桜の公園といった風情です。
北側の入り口を入ってすぐにある「高遠閣」。
1936年(昭和11年)に建てられ、地域の集会所や観光客の休憩所として利用されてきた立派な建物。
私はあまり時間が無いので、内部を見ている余裕はありませんでした(T_T)
いやはや、城内は本当に見渡す限りサクラ、サクラ、サクラ……!!
明治維新後、破却を逃れたお城といえども全国的に城内は荒れ放題でした。
そりゃあ、お城なんて封建時代の象徴みたいなものですから、明治政府が冷たかったのも当然です。
明治初期当時はまだ、文化財として保護しようなんていう概念自体が存在しませんでした。
しかし、かつて藩士だった人たちは、場内が荒れるにまかせていることに心を痛め、
公園として整備することを考え、行動に移します。
高遠城の無数のサクラの木も、荒れ放題だった城内に明治9年から植えられたものです。
5月も下旬であり、花の季節はとうに終わっていますが、ちょうど葉が開ききった、葉桜として最高の季節。
噎せ返るような新緑が城内を埋め尽くしています。
開花の頃は、花見客ですごいことになるそうですが、この日は土曜午前中とはいえ客もまばら。
花が無くても充分に楽しめる私にとっては、むしろありがたい状況でした。
どうですか、この溢れんばかりの新緑。
梅雨入り前の好天のうちに訪れて、本当に良かったです(^-^)
標高の高さを実感させる、ウラジロモミ(Abies homolepis マツ科モミ属)の若葉。
オオモミジ(Acer amoenum カエデ科カエデ属)。 開ききった葉が濃く色づいてしまう直前の、最高の新緑ですね。
かつて城内では、太鼓によって時を報せていました。
城内の西南にあるこの太鼓櫓は、いろいろあって移築されたものらしいです。
長野県のお城といえばおなじみ(?)、シラフジの棚。
上田城にも立派なのがいくつかあったのを紹介しましたね〜。
クサノオウ(Chelidonium majus var. asiaticum ケシ科クサノオウ属)。
京浜工業地帯の古びた駅の片隅に咲いているのを紹介したことがありますが、
こうして林内で見るとむしろ新鮮に感じられます。
でも、結構強い毒があるので注意(`・ω・)
お城の西の奥まで行くと、眼下に高遠町(現在は伊那市)の市街、その向こうに南アルプスの山なみが。
城内散策を終えて車でちょっとだけ走ると、高遠城の大手門が移築されていました。
1954年から1984年まで、高遠高校の校門として使用されていたものだそうです。
お城の大手門としては規模が小さく見えますが、それもそのはず、
かつて民間へ競売・移築された時に規模を縮小されてしまったのです。
状態はかなり悪いです。
オマケのマムシグサ(笑)
マムシグサ(Arisaema serratum サトイモ科テンナンショウ属)。 有毒です。
毒々しい仏炎苞が抜群の存在感(^_^;;
次回、高遠城から高遠の街へ降りて、さらに中央構造線を南下します。
<続く>
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2011年06月09日
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