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6月後半から気温がガンガン上がってきましたが、それでもまだ6月中は夜が涼しかったです。
日中どんなに暑くて参っても、夜のヒンヤリ感とビールで暑気を飛ばすことができました。
また、気温は高くとも日陰が涼しかったり、陽射しは強くとも風が涼しかったり。
やはり6月は本当の「夏」ではないんですよね。
7月に入っていよいよ、夜間も気温があまり下がらなくなってきました。
昼の暑さでうだり、夜も暑いなんて。
体を冷却して明日への英気を養う時間帯というものがありません。
「夕涼み」という言葉があります。
現代日本の真夏は毎晩のように熱帯夜であり、夕方に外を歩いて涼をとるなんて不可能です。
しかし、昔の日本の夏の夜はもっと涼しかったに違いありません。
年配の方々の話によれば、昔は32℃超えなどという暑さは夏の間に数回ぐらいで、
今のように暑くて寝苦しい夜もそんなに多くなかったといいます。
昔の日本人の呉服は、風通しの良くない厚めの生地を2〜3枚重ね着しており、
当時もし30℃をラクラク超える現代のような暑さだったら、みんな熱中症で死んでしまっていたのでは?
きっと江戸時代の日本は、どんなに暑くても最高28〜30℃ぐらいだったのではないかと想像しています。
そして、夕方になるとどの家も打ち水をして、街を涼しい夕風が吹き抜けて……
そうなれば「夕涼み」という言葉も現実味を帯びてきます。
もし江戸時代の夏が現代のように暑かったのだとしたら、どうやって涼をとったというのでしょうか?
ビールも無いのに!!! (笑)
さて、いよいよ夏本番を感じさせる東京です。
熱風にゆらゆら揺れる夏の花といえば、私にとってはフヨウの花ともう一つ、この花です。
シノブヒバに絡みつく ノウゼンカズラ (Campsis grandiflora ノウゼンカズラ科ノウゼンカズラ属).
単に「オレンジ色」とは形容しがたい、トロピカルフルーツのような爽やかな花色。
丈夫で手がかからず育てやすい花木ですが、実は花などに有毒成分が含まれます(^_^;;
ノウゼンカズラが次々と開花すると、本格的な夏の到来を実感する紫布です。
この写真は、仕事帰りにケータイで撮りました。
先日買ったばかりの新デジカメは修理も終わって手元にありますが、
特にこの作例のように「他人様の家や庭にレンズを向ける」という行為は、
いかにもカメラ然とした機械を構えて撮ると不審人物として当局に通報されそうなので(笑)、
今後もこうしたスナップはケータイが中心になると思います。
その代わり!
今度の金曜夕方から、レンタカーで新潟県方面へ24時間ドライブして、新デジカメの試運転をしてきます!
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植物ウォッチング
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樹木を中心に、植物や菌糸類について掘り下げます。
高校時代から続く趣味の一つです。
高校時代から続く趣味の一つです。
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あらゆる花木の中で、私が最も好きなのがフヨウ・ヒメシャラ・ネムノキの3つです。
ネムノキは初夏、ヒメシャラは梅雨時から、そしてフヨウは盛夏がその旬です。
通勤路のヒメシャラが咲き始めています。
ヒメシャラ(姫沙羅) Stewartia monadelpha ツバキ科ナツツバキ属
ナツツバキの仲間ですが、花も葉もナツツバキよりずっと小型です。
赤褐色のスベスベした樹皮、うつむくように咲く3cmぐらいの可憐な花。
ツバキ類でいうところのチャノキとかワビスケのような、小さく慎ましい花が魅力です。
常緑のツバキと違って落葉樹であり、常緑樹のような葉のやぼったさが無く繊細です。
そして、秋の紅葉がなんとも淡く渋い色に染まります。
一日花(いちじつか)であり、開花したその日の夜には花がどんどん淘汰されます。
樹上で萎むこともありますが、梅雨の季節は雨風が強く、花ごと落ちる場合も結構あります。
こんな感じで。
一日花特有の、どんどん新しい蕾が出来て次々に咲く花を毎日楽しめます。
全体として花期が長いので、花木としてお得ですね( ^-^)
写真には写っていませんが、ミツバチくんがせっせと蜜を集めていました。
夜勤明けのいつもの通勤路、どことなく牧歌的な気分になる瞬間でした(*^-^)☆
ヒメシャラの蜂蜜、美味しいのかな?
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<続き>
5月21日。
諏訪インターから杖突峠(そんなに険しくなかった)を越えて、中央構造線のゆるやかな下り坂を疾走。
桜の名所として非常に名高い、高遠(たかとお)城址を訪れました。
今回の記事は新緑づくしです。
かつて信長の長男・織田信忠による大規模な攻城戦があり、武田氏滅亡への緒戦ともなりました。
今は、起伏ゆるやかで広大な桜の公園といった風情です。
北側の入り口を入ってすぐにある「高遠閣」。
1936年(昭和11年)に建てられ、地域の集会所や観光客の休憩所として利用されてきた立派な建物。
私はあまり時間が無いので、内部を見ている余裕はありませんでした(T_T)
いやはや、城内は本当に見渡す限りサクラ、サクラ、サクラ……!!
明治維新後、破却を逃れたお城といえども全国的に城内は荒れ放題でした。
そりゃあ、お城なんて封建時代の象徴みたいなものですから、明治政府が冷たかったのも当然です。
明治初期当時はまだ、文化財として保護しようなんていう概念自体が存在しませんでした。
しかし、かつて藩士だった人たちは、場内が荒れるにまかせていることに心を痛め、
公園として整備することを考え、行動に移します。
高遠城の無数のサクラの木も、荒れ放題だった城内に明治9年から植えられたものです。
5月も下旬であり、花の季節はとうに終わっていますが、ちょうど葉が開ききった、葉桜として最高の季節。
噎せ返るような新緑が城内を埋め尽くしています。
開花の頃は、花見客ですごいことになるそうですが、この日は土曜午前中とはいえ客もまばら。
花が無くても充分に楽しめる私にとっては、むしろありがたい状況でした。
どうですか、この溢れんばかりの新緑。
梅雨入り前の好天のうちに訪れて、本当に良かったです(^-^)
標高の高さを実感させる、ウラジロモミ(Abies homolepis マツ科モミ属)の若葉。
オオモミジ(Acer amoenum カエデ科カエデ属)。 開ききった葉が濃く色づいてしまう直前の、最高の新緑ですね。
かつて城内では、太鼓によって時を報せていました。
城内の西南にあるこの太鼓櫓は、いろいろあって移築されたものらしいです。
長野県のお城といえばおなじみ(?)、シラフジの棚。
上田城にも立派なのがいくつかあったのを紹介しましたね〜。
クサノオウ(Chelidonium majus var. asiaticum ケシ科クサノオウ属)。
京浜工業地帯の古びた駅の片隅に咲いているのを紹介したことがありますが、
こうして林内で見るとむしろ新鮮に感じられます。
でも、結構強い毒があるので注意(`・ω・)
お城の西の奥まで行くと、眼下に高遠町(現在は伊那市)の市街、その向こうに南アルプスの山なみが。
城内散策を終えて車でちょっとだけ走ると、高遠城の大手門が移築されていました。
1954年から1984年まで、高遠高校の校門として使用されていたものだそうです。
お城の大手門としては規模が小さく見えますが、それもそのはず、
かつて民間へ競売・移築された時に規模を縮小されてしまったのです。
状態はかなり悪いです。
オマケのマムシグサ(笑)
マムシグサ(Arisaema serratum サトイモ科テンナンショウ属)。 有毒です。
毒々しい仏炎苞が抜群の存在感(^_^;;
次回、高遠城から高遠の街へ降りて、さらに中央構造線を南下します。
<続く>
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<続き>
小諸城址を散策し、時刻は昼11時過ぎ。
そろそろ上田に移動します。
11:31発のしなの鉄道で上田まで20分。
上田駅に着いたらさっそく上田城方面へ向かって歩きます。
まずは市役所の裏手へ。
これは上田城ではありません。
かつて上田藩主が城のすぐ近くに構えていた居館の門です。
現在その敷地には長野県立上田高校が入っていますが、居館の門や外堀の一部がそのまま残されており、
高校の校門とは思えないほどの風格を漂わせています(;;゚д゚)
さて、上田城に入ります。
有名な城門からは敢えて入らず、城内を反時計回りに見てまわって、最後に城門から出ることに。
樹皮が緑っぽい、ほとんど枯れかかった木があります。
「アオギリ」なんて札がついてますが、これは絶対にウソでしょ!
幹から申し訳程度に生えてる葉っぱと、樹皮の剥がれ方から考えて、
どう見てもこれはモミジバスズカケノキ (Platunus acerifolia スズカケノキ科スズカケノキ属)でしょ。
樹皮が緑っぽいというだけで「アオギリ」などと堂々と書くなんて……
アオギリの樹皮は剥がれたりせず平滑で、葉っぱも全縁です。
城内あちこちにシラフジ (Wisteria brachybotrys forma. alba)の棚がありました。
名物なのかな?
2週間後の伊那谷ドライブでも野生のシラフジをいくつか見たし、長野県にはシラフジが多そう。
ユズリハ (Daphniphyllum macropodum ユズリハ科ユズリハ属)。
城内は、城跡というより市民公園としての整備が行き届いている印象です。
平山城である小諸城と違い、広く平坦な近世的平城であり、その性格も持ち味も全く異なります。
ちょっとした花木の見本林のような一角もあったりします。
ニシキギ (Euonymus alatus ニシキギ科ニシキギ属)の新緑。
この木が本領を発揮するのは秋の紅葉です。
紅というより、紅色に近い濃いピンク色のように染まり見事です。
ヤエヤマブキ (Kerria japonica forma. plena バラ科ヤマブキ属)。
太田道灌のエピソードであまりにも有名なこの花に実がつかないのは、
雌しべが退化し、雄しべも全て花弁に変化(弁化)してしまっているからです。
モクレン (Magnolia quinquepeta モクレン科モクレン属)。 モクレン類は、ハクモクレン・コブシの季節が終わると、モクレン・ホオノキの出番になります。
あと、タイサンボクもかな。
ハウチワカエデ (Acer japonicum カエデ科カエデ属)。
イロハモミジよりも葉の裂片が多く、浅く裂けます。端整な葉。
秋には紅葉しますが、イロハモミジほど派手ではありません。
ベニハナミズキ (Benthamidia florida ミズキ科ミズキ属)。 かつての学名はミズキ属の属名をとってCornus floridaと呼んでいましたが、
現在はさらに下のヤマボウシ亜属Benthamidiaを冠して呼ぶのが普通になっています。
アメリカ原産のハナミズキなど植えなくても、日本にはヤマボウシがあるじゃないか!
実だって食べられるんだし、みんなもっとヤマボウシを植えよう!
ウグイスカグラ (Lonicera gracilipes var. grabla スイカズラ科スイカズラ属)。
秋の赤い果実は甘酸っぱくて美味しいですよ。
さて、次回はもうちょっとお城らしい写真も紹介して最終回とします。
<続く>
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<続き>
懐古園の門(小諸城・三の門)を入ると、入場券販売機(右側)があり、そこで入場券を買って、
正面のゲートから中に入ります。
園内や近隣の全ての関連施設が見学できる共通券は、おとな500円です。
右側に聳えている石垣は、実は明治に入ってから再建されたものです。
開きかけの若葉がまぶしいイロハモミジ(Acer mono カエデ科カエデ属)。 瓦屋根と組み合わせるだけで、いかにも日本的な写真に(^_^)
ドウダンツツジ(Enkianthus perulatus ツツジ科ドウダンツツジ属)も東京より2週間遅れで満開。
枝振りの見事なドウダンツツジが何ヶ所も観られました。
えっ!?
こんな時期に満開のアセビ? (Pieris japonica subsp. japonica ツツジ科アセビ属)
東京では完全に早春の花であり、早ければ2月下旬に咲き始めるアセビなんですが、
なんとこの5月8日に満開という遅咲き。
私は最初、ネジキ(Lyonia ovalifolia subsp. neziki)と見間違えたのかと思った(^_^;;
でも園内を見渡してみても、開花しているアセビはこれを含めて数本でした。
単なる個体差でしょうか。
ツツジ科ツツジ属の中で私が一番好きな花、ミツバツツジ(Rhododendron dilatatum)です。
葉っぱが出る前に咲くので、キリシマやサツキなどのような緑+花色の野暮ったさがありません。
花そのものも透明感があって清楚です(*^-^)
ヤエザクラ(品種不明)とドウダンツツジとミツバツツジの競演。 晴れて本当に良かったです。
小諸城の「ヌシ」と言えそうな大きなケヤキ(Zelkova serrata ニレ科ケヤキ属)。
胸高周囲5mぐらいですから、特別巨大なほうではありませんが、老ケヤキ特有の樹皮の剥がれ方、
そしてたくさんのヤドリギ(Viscum album subsp. coloratum ビャクダン科ヤドリギ属)をまとった樹冠は
それなりに威風堂々(`・ω・)☆
入口付近にあった再建石垣とは違い、堂々たる風格の本丸石垣。
天守台。
天守閣は三層だったそうで、決して大きくなかったようですね。
江戸初期に落雷で消失したそうです。
青森県の弘前城も、当初の立派な五層の天守閣を落雷で失い、隅櫓を改造した代用天守が今も残ります。
江戸城に至っては、非常に立派な天守閣があったものの、明暦の大火(振袖火事)の飛び火で消失。
名古屋城は巨大な旧天守が昭和初期まで残りましたが、大戦の空襲で炎上してしまいました。
古い木造建築。火事は怖いですね。
私の好きな「木造駅舎」も、不審火で消失したものが結構あるようです。
懐古園の最奥からは、千曲川の流れを眺められます。
春の山の色合いって、本当に良いものですね〜(^_^)♪
次回は、動物達の表情。
<続く>
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