ふるさと大分

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私は大分んシ(大分県人)です。
故郷を離れて30年が経ちますが、想いは深まるばかり。
九州でもマイナー度の高い大分県ですが、海も山も温泉も史跡も魅力的!
いろいろと紹介してゆくつもりです。
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坂の城下町 杵築

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豊後国(今の大分県)はその昔、戦国キリシタン大名・大友宗麟の時代に大いに隆盛しました。
宗麟は勢力をどんどん拡大し、一時期は鹿児島・島津氏領を除いたほぼ九州全土を支配。

戦国時代が終わると、大友氏残勢力の再蜂起を恐れた幕府は、
豊後国を細かい藩に分けてしまいました(小藩分立)。

以降幕末に至るまで、隣接藩同士の交流や協力発展といったものがなかなか進まなかったおかげで、
結果として随所に小さな城下町の町割や古い武家屋敷が、現代まで残存することになりました。
杵築(きつき)、臼杵(うすき)、佐伯(さいき)などがそれです。

あまりにも古くなりすぎて保存が難しかったり、
観光資源として盛り立ててゆくにも規模が小さすぎたりして、
なかなか注目されないのがこれらの城下町なのですが、
非常に風情のある、小ぢんまりした町並みを歩くのが好きな方には是非オススメしたいところです。


今日紹介するのは、国東半島の南側・杵築市です。


地図右下方にある、八坂川河口付近の小高い丘に築かれたとても小さなお城・杵築城(木付城・臥牛城とも)。
いわゆる平山城です。

イメージ 1


天守閣は旧天守ではなく、二次大戦後になってから建てられた模擬天守です。
なんでも、この天守閣は日本最小らしいです。
しかしこの本丸からは、眼下に杵築の街と八坂川、そして穏やかな守江湾の干潟を望み、
風光明媚な景色を楽しめます。
(この干潟はカブトガニで有名)


さて、上の地図で見ると、西のほうに青い字でいくつかの坂の名前がありますね。
江戸時代以前からほぼそのままで残されている、情緒あふれる坂道ばかりです。
路面のみならず、その左右も実によく風情が残されています
この北台武家屋敷付近を、舌に別の地図で拡大してみましょう。



右手にある「勘定場の坂」は杵築で最もよく知られているゆるやかな坂道で、
馬に乗ったまま上れるように、階段状の石畳の段差が非常に低くなっています。
坂の下から見上げた写真。

イメージ 2

坂の左右の漆喰の白壁も素晴らしいのですが、
この坂を上り切ると左右に古い土塀や旧藩校門、町家が立ち並び、
文字通りタイムスリップしたような錯覚を受けます。

イメージ 3


しばらく進んで交差点を左に曲がると酢屋の坂(下り)となり、
谷を挟んで志保屋の坂(上り)まで見渡せます。

イメージ 4

どうですか? この街並み!☆


イメージ 5

酢屋の坂を下から撮影。


このあたりの坂道は「あいさつ坂」と呼ばれています。
「見ず知らずの人であっても、すれ違う時はあいさつをしましょう」と励行しているのです。
実際、私がここを訪れる時はいつも、地元の小学生やおばあさんがあいさつしてくれます。
こういう慣習って、ここに限らず全国的にもっと広まってほしいものです。
たとえ「こんにちは」の一言だけでも、地元の人と言葉を交わすのは格別であり、
旅の思い出に確かなアクセントが加わるものです。


杵築の武家屋敷群などに残る土塀ですが、かなりの経年疲労で崩れかかっている箇所もあります。
しかし、いくら市から保存整備費補助が出るとはいえ、
真新しい土で綺麗に塗り直してしまったら、風情は半減してしまいますよね。
観光資源として考えてゆく上で、頭の痛い問題でしょう……




あいさつといえば。

大分県の県南、津久見(つくみ)市を訪れた時のこと。
ちょうど朝だったので、地元学生たちが登校する時間帯でした。
全国高校野球でそこそこ有名な津久見高校の生徒達がたくさん歩いていましたが、
彼らはすれ違うたびに、実に気持ちよくあいさつをしてくれるのです。
「おはようございます!」

で、驚いたことに、すれ違う生徒だけでなく、自転車に乗って後ろから走ってくる生徒達までもが、
追い抜きざまに「おはようございます!」とあいさつしてくれるのです(^-^)
なんと、気持ちの良いことか。

津久見は日本有数の石灰石産出地ですが、産業はセメントとミカンとわずかな漁業ぐらいであり、
のどかで穏やかな風土にそのまんま見合うような、住民達ののんびりとした気質。
こんな小さな街でも、いや、小さな街だからこそ、
夏の高校野球の季節はおそらく、街を挙げて応援に熱が入るのでしょう。


なお津久見高校野球部は、昭和47年夏に全国制覇を遂げています。
「この小さな街の人達に、今一度の優勝旗を……」と願わずにいられません。

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大分県、とりわけ中部〜南部にかけて「とり天」という料理があります。

大分県においては極めてポピュラーな料理であり、
食堂などでもフツーにメニューに載っています。


要は、鶏肉に下味をつけ、通常の天ぷらよりもやや硬めの衣をつけ、
油でサックリと揚げた「鶏肉の天ぷら」です。
天ぷらといっても、大抵の場合は食す際に醤油ではなくポン酢と練り辛子を使います。
大分の代表的な酢ミカン「カボス」を使うとさらに大分の味(^-^)☆

大分では、とり天に使う専用のカボスポン酢を販売しているメーカーまである!!!


普通、ホカ弁屋さんには定番メニューとして「唐揚げ弁当」がありますよね。
これが大分県内の個人経営の弁当屋さんになると、
唐揚げ弁当と同列の定番として「とり天弁当」がラインナップされています。

イメージ 1


イメージ 2


2年半ほど前の写真で恐縮ですが……
大分県南の津久見市内にある個人経営の弁当屋さんのメニュー表。
「からあげ弁当」よりも上のほうに「とり天弁当」がラインナップ!

お腹がすいていたので、「とり天弁当大盛り 530円」を買って、
列車が去って人っ子一人いなくなった津久見駅ホームで食しました。


開けてみると、すごいボリュームです!
これで530円とは!

イメージ 3



比較するものが写っていなくてアレなんですが、
写っている割り箸は、ごく一般的な長さの割り箸です。
とり天の一個一個の大きさがわかりますよね?
その大きなとり天が 8個 ですよ!!?

ついているタレも、大分県臼杵市内の富士甚醤油製カボスポン酢!
嗚呼、大分づくし♪
お味もボリュームも文句ナシでした☆


イメージ 4


とにかく、鶏肉メニューの多いこと!

それもそのハズ。
大分県は、県民一人当たりの年間の鶏肉消費量が日本一という土地柄なのです。
とり天、唐揚げ、とりめしなど名物が多いのです。


中でも大分県北部の中津市は、市民一人当たりの年間鶏肉消費量日本一の市です。
この中津市では「からあげ」が非常に有名で、市内には何軒もの「からあげ専門店」まであります。
“中津のからあげ”として脚光を浴びつつあります。
食べ歩きもまた楽し(^^)


……ちなみに、とり天弁当大盛りのお供にと購入したのはコレ↓

イメージ 5



こんなトコロまで大分づくし(^◇^)
この「かぼすれもん」は東京では見かけません。


大分名物は豊後牛とか関アジ関サバとかフグとかスッポンとか、高価・高級な食材が有名ですが、
地元庶民に浸透した、安価で美味しい「とり天」のような名物もあるのです。
九州旅行の際には、ぜひどうぞ〜

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昭和のかほり

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故郷・大分県には、日本一の湧出量を誇る別府温泉があります。
風光明媚な別府湾に面し、背後には鶴見岳が聳える、極めて広大な温泉地です。

ラジウム泉以外のほとんどの泉質の温泉が揃っている、世界でも稀な温泉。
(ラジウム泉もあるにはありますが、一般の人が入浴できる施設が無いだけ)
プールのような立派な露天風呂を備えた巨大ホテルから、
いにしえの湯治場の雰囲気を今に伝えるひなびた温泉場まで、
我々が「温泉」に求めるもののほぼ全てが詰まった土地です。


さすがに近年の不況で、観光地としての体力の低下に苦しんでいる部分もあります。
しかし、「東の熱海・西の別府」と並び称されてきた熱海温泉ほどではありません(苦笑)

熱海、本当に寂れてますよ〜。
いかに海辺の温泉とはいえ、背後をキッチリと山に囲まれすぎているせいもあって、
周辺観光というものがあまり存在しません。
温泉と、眼前の海。それだけなんです。あとは秘宝館(笑)
「伊豆半島の付け根なので、伊豆観光の拠点にすれば……」といけばいいのですが、
それならば最初から伊豆半島内に宿泊したほうが効率がいいのです。
伊豆半島は海沿いにも内陸にも良い温泉がたくさんありますからね…

ともかく、伊豆観光にも中途半端、箱根観光にも中途半端。
それに比べれば、同じ不況下でも別府のほうがまだ魅力があります。
背後の鶴見岳にロープウェイで登れば絶景を楽しめるし、
バスで越えれば由布院へ抜けられるし。
遊園地も水族館も近くにあるし、なにより別府市内そのものに見所がたくさんあります。
地獄めぐり、大型外来入浴施設、そして郷土料理も。


さて、別府湾を介して周防灘・瀬戸内海へとひらけている別府温泉へは、
古くから海路で訪れる観光客が多く、旅客船の需要が今でも結構あります。
もちろん現在は空路も鉄道も充実していて便利ですが、
関西方面からフェリーに乗船し、温泉街のなだらかな斜面のあちこちに立ち上る湯煙を望みつつ、
ゆっくりと別府の港へと近づいてゆく…といった楽しみ方は、
全国で見ても他にそうそう例が無いと思います☆

最盛期に比べればフェリーのルートも本数も減りましたが、
今でも別府国際観光港には3つの埠頭が健在。
3万トンクラスの大型客船の入港可能な第四埠頭も今年完成。


……しかし、やはりそこは田舎です。
なんとも垢抜けない古〜〜い設備が、宇和島運輸フェリー用の第二埠頭に残っています。
旅客ターミナル内の総合観光案内窓口(現在は閉鎖)に、昭和40年代のものと思われる看板が。

イメージ 1


イメージ 2


このイラストの古臭さ!!!
たまりませんね〜ゾクゾクしますよ! こういうの大好き!! (笑)

イメージ 3

イメージ 4


フォーバークラフト・水中翼船」ってのが凄い!
hoverをフォーバーと読んでしまうセンスには脱帽です!

「塔乗券」の「塔」は、「搭」の誤字だし!

そして、なんといっても「東亜航空」ですよ!

東亜航空と日本国内航空が合併 ⇒ 東亜国内航空 (1971年)
⇒ 商号変更して日本エアシステムに (1988年)
⇒ 日本航空との経営統合で消滅 (2004年)

この看板の「東亜航空」が、1971年以前の東亜航空単体を指すものなのか、
それとも東亜国内航空を勝手に略して表記したものなのか(笑)、そこはわかりません。
しかし、このイラストレーションの古臭さはどう考えても昭和50年代以降ではありません。
イラスト自体は昭和30年代ぐらいの雰囲気を醸し出してはいますが
大分ホーバーフェリー開業が昭和46年なので、この看板も昭和40年代後半とみるのが妥当でしょう。


大分県内を旅していると、駅や道端の看板など、あちこちに昭和のかほりが残っています。
大都市部ではこういった物はどんどん淘汰されてしまいますが、
大分県内はまだまだ懐かしいムードがそこかしこに(^^)

なお、国東半島北部の付け根の豊後高田市には、
商店街全体で昭和30年代の町並みを再現した「昭和の町」があり、
全国的に注目されるようになりました。
私も昨年6月に行ってきましたが、なかなか本格的でしたよ!
http://www.showanomachi.com/index.php


今年はのんびり大分めぐりをする時間もお金もありませんでしたが、
今後はガンガン九州旅行しますよ〜☆

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