方言

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専門は大分弁・津軽弁・肥筑方言ですが、それ以外にも面白い方言があったらとりあげてゆきます。
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こゆい

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西日本、特に九州においては、「濃い」ということを「濃ゆい」と言います。
大分の人なんか、「濃ゆい」が標準語だと思い込んでますからね〜(^_^;;
 
語感的にも、「濃い」よりも「濃ゆい」のほうが、濁ったような色彩とか、ドロッとした濃厚さを感じさせてくれます。
(そう思うのは西生まれの自分だからかもしれませんがw)
 
 
さて、いかに田舎といえども、貼り紙とか告知ポスターにおいては標準語を使います。
全国の人が読む可能性があるワケですから「方言丸出しではさすがに恥ずかしい」という心理も働きます。
 
 
 
 
さて、大分県由布市の由布岳中腹「狭霧台」の売店で見かけたPOPを紹介します。
 
標準語において「濃い」の度合いを表す名詞形は「濃さ」ですよね?
ここで、大分んシ(大分県人)は考えます。
「標準語では、『濃ゆい』の名詞形っち、何ちゅうんやろう?」
 
いかに大分んシといえども「濃ゆさ」では大分弁丸出しだと自覚できるのです。
 
「確か濃ゆいことを『濃い』っちゅうんやったよなー。ほんなら、『濃ゆさ』んこつ標準語じ何ちゅーんやろう……」
 
大分んシは、標準語「濃い」から、標準語における名詞形を必死に考え、ついにこう表現したのです。
 
 
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「濃いさ」 (^◇^;;
 
 
 
こうやって標準語形を必死に模索する姿勢って、ある意味カワイイと思います(*^_^*)
私自身も、大分から川崎に出た頃は「濃ゆい」とか「ほうきで掃わく(掃く)」が標準語だと思い込んでましたしw
 
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ふとか

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九州の、とりわけ肥筑方言(肥前・肥後・筑前・筑後)においては、
「大きい」ということを「太か(ふとか)」と言います。
 
太か、といっても、標準語的意味の「幅広」「太っている」という意味に収まらず、
大きいもの全般、例えば「背が高い」という意味にも使います。
 
身長190cmの人に「アンタ、太かね〜」と言ったりします。
これは「アンタ、太ってるね〜」という意味ではなく、「アンタ、背が大きいね〜」という意味なワケですね。
 
 
この「ふとか」という言葉は、当然ながら九州弁における形容詞の「カ語尾」です。
形容詞の末尾の「い」が「か」に変化するのは、肥筑・薩摩方言の基本です(^_^)
 
 
 
で、数年前に福岡県久留米市でタクシーに乗った時のこと。
 
タクシーの運ちゃんは50歳ぐらいで、典型的な筑後弁を喋る人のようでしたが、
私が遠方から来た人間であることを配慮して、必死に標準語を話そうとしていました(^_^;;
で、いろいろと会話しながら目的地へ向かっていたんです。
 
その会話の中で、運ちゃんが遠くの大きなビルを指差して、
「ほら、あそこに見ゆっでしょう?……」と、一瞬言葉を切りました。
彼は続けて「太かビルが」と言いたかったのです。
しかし、さすがに「ふとか」はモロに九州弁だなと自覚したのでしょう。
彼は「ふとか」を瞬時に標準語に直して、こう言ったのです。
 
「ほら、あそこに見ゆっでしょう?…… あの、太いビルが
 
結局彼は、語尾だけを標準語に直してしまったのでした(笑)
 
 
「大きなビルが」とか「高いビルが」と瞬時に出てこないあたり、生粋の筑後人なんですね〜。
私はそんな方言文化が大好きです♪
運ちゃんとも、もっと筑後訛り丸出しで会話したかったなぁ。
私にも肥後の血が半分流れているので、九州弁の響きはとても親しみが持てます☆
 
 
 
故郷・大分の方言は、カ語尾を全く使わないので、他地方の人からは「九州らしくない」と思われがちで、
むしろ四国・中国地方の言葉に近いものがあります。
大分県は福岡・熊本からは少し距離があり、割と峻険な山々で隔絶されていることもあり、
九州西側よりむしろ瀬戸内海・周防灘からの海路による交流が盛んな土地でした。
大分弁が肥筑方言と著しく違うのは、そんなところに理由があります。
 
ですから、同じ大分・豊後でも、古くから筑後川を通じて福岡・久留米との交流が盛んだった天領・日田では、
大分弁と肥筑方言の混合が観測されます。
今年の夏の大分旅行では、日田のスーパー銭湯で地元の常連客が私のそばのロッカーを開けようとして
「ちょっとヨカですか?」と声をかけてきました。
大分県では、「ヨカですか?」は日田市以外ではまず聞くことが無い表現です。
 
 
地元の人とふれ合い、地方色を味わえるのは、まさに旅の醍醐味。
それだけを目的とした旅行を計画してもよいぐらいです(^-^)
 
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無意識方言

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現在は全国ネットのTV・ラジオ放送が定着しています。
日本中どこへ行っても、標準語をしゃべるニュースキャスターや芸能人の声が聴けます。

しかし、こうしたメディアがまだまだ定着していなかった時代、
地方出身・在住者には、標準語というモノに書籍でしか触れた経験がが無かった人も多かったハズです。
標準語のイントネーションなど実際に耳で聴いたことも無く、
周囲はその地方の方言をしゃべる人達ばかりだったワケですからね。

上京した人間が田舎に帰ってくると
「東京ってどんな所だった!?」
と質問ぜめにされたという話も、なんとなくわかる気がしますね。
テレビもラジオも無ければ、東京の様子を知る手段など新聞雑誌ぐらいしか無かったのですから。
国語の教科書には標準語で綴られた文章が載っていても、
授業を進める教師は訛り丸出しの地元民。


現代はさすがにテレビ・ラジオで他地方の様子をよく知ることができますが、
あくまで発信元からの一方的な情報配信ですから、
自分達の地元と東京の相違を完全には把握できません。

で、どんな地方でも往々にして、
「普段あまりに使い慣れている方言を、方言であると自覚できない」
という状況が生じてきます(笑)


例えば、私は大分県出身です。
大分では、ほうきで掃くことを「はわく」、
使った物を元の場所にしまうことを「なおす」、
濃度が濃いことを「こゆい」と言いますが、
多くの大分県民はこれらを、東京でもフツーに通じる言葉だと完全に信じ込んでいます。

テレビの中の東京出身のタレントが「はわく」だの「こゆい」だの言っていたシーンを見たことはなくとも、
そこまで意識する必要がないほど深く浸透し、当たり前になってしまっている方言。
大分県民は「はく」「はわく」の両方をちゃんと理解できますが、内心では
「東京では“はく”と“はわく”の両方を使ってるのだろう」と勝手に思い込んでいます(笑)

で、上京した時に、何のためらいも無く「カメラ、なおしときますね」などと自然に言ってしまい、
「この人、カメラ修理できるのか!?」と周囲を驚嘆させてしまうのです。

このように、地方出身者が「これは明らかに方言」と自覚している言葉と、全く自覚していない言葉があります。



東京の都心も都心、本当にド真ん中で、こんな標識看板を見かけた時には笑ってしまいました。
首都高速都心環状線・呉服橋入口に掲げられた注意書きです。

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「入谷方面へは 行かれません」


これ、概ね近畿以西の西日本の人間にしてみれば、何の違和感も感じないところです。
しかし、可能・不可能を示す「行かれる」「行かれない」は、東日本では誰も使いません。
東日本においてはこれらはあくまで「尊敬語」「受動態」のみに使われる言葉です。

なぜ、東京駅徒歩4分という都心のド真ん中にあって「行かれません」なのか!?
この標識看板の政策担当者が西日本出身者だったのだと仮定してみても、
なぜ周囲の誰もツッコまなかったのか!!?という疑問が残ります。
もしかして首都高速道路公団(現:首都高速道路株式会社)の標識部門が全員西日本出身者で、
誰一人として違和感を感じなかったので誰もツッコまなかったとか!!?(笑)



以前、大分駅前には、地元警察署の設置したこんな看板がありました。
「この場所には自転車・バイク等は置かれません」
上京して標準語慣れした私が久々に大分を訪れた時に見かけたので、かえって笑ってしまいました(^^)


なお、大分県由布院(由布市)の大杵社という神社のそばに湧き水が出ており、
近所の人が書いたと思われる板切れが挿してありました。
そのまま飲めるきれいな湧き水ということで、木製の板にマジックペンで思いっ切り
「のまれます」
と書いてあったのですよ(笑)
あんなチョロチョロの湧き水でも、水流に呑まれて流されてしまいそうな迫力を感じますね〜。


駐輪禁止看板にしても湧き水にしても、当人はべつに方言を意識して製作したワケではないんですよね。
県境なんかによくある「ようこそ○○へ」といった観光客向け看板にはワザと方言を使ったりしますが、
このように自然に素朴に滲み出ている方言はとても好きです☆


ちなみに九州では、可能を表す表現が2種類あります。
「泳がるる」 ⇒ 状況的に可能(遊泳禁止ではないので泳げる)
「泳ぎきる」 ⇒ 能力的に可能(カナヅチではないので泳げる)
このようなニュアンス使い分けは、標準語には存在しない便利な表現法です(^-^)

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ワケノシンノス

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九州の有明海沿岸では、昔から伝統的にイソギンチャクを食用にします。

上の写真は、福岡県柳川市の魚屋さんで売られていたイシワケイソギンチャク。
柳川は食用イソギンチャクの本場です。

これを買って帰ったら、まず周囲のプヨプヨしたヌメりを除去するために、
塩をつけて揉んで、水で洗ってまた塩で揉んで……を繰り返します。
タコを塩で揉んでヌメりを除去するのと同じ。
次に包丁で縦に二つに切り、内側の砂や貝殻の破片などを丁寧に除去します。

こうして下ごしらえが済んだら、調理します。
汁の実にしたり、唐揚げやフライにしたり、味噌煮にしたりします。
磯の香り豊かで、シコシコした歯ごたえ。

よく知らずに、ヌメりをちゃんと除去しないまま調理してしまう人がいるようで、
「有明海沿岸でイソギンチャク買ってきて食べたけど、大して美味しくない」
などと言う人がいるのは悲しいことです。
ちゃんと調理すればとても美味しい海の幸なのです。



さて、知る人ぞ知る食用イソギンチャクの地方名。
ワケノシンノス。

これは福岡県、特に南部の筑後地区で用いられる呼び名ですが、
同じく有明海沿岸でイソギンチャクを食用にする佐賀県南部でも使われます。


ワケ ⇒ 若者、若い衆

シン ⇒ 尻

⇒ 穴


つまり、「若者の尻の穴」という意味になります。
なるほど確かに、ギュッと縮こまったその風貌は、肛門のように見えなくもない……
ただ、どちらかというと見た目「若者の」というより「年寄りの」それに見える(爆)

ただし、地元の人は通常、略語である「ワケ」をもっぱら使用します。


ちなみに「シリ」⇒「シン」のような音便変化は、九州独特のものです。
故郷・大分県でも、犬のことを「イン」と言ったりします。

例:犬が吠えている ⇒ 「インが吠えよる」



さて、最後の「ス」なんですが。
大分弁においても、穴のことを「ス」と呼ぶ用例は多いです。

尻の穴 ⇒ ケツんス
鼻の穴 ⇒ 鼻んス

なぜ、穴のことを「ス」と呼ぶようになったのか。
私は以下のような仮説を立てています。

蟻の巣穴をみつけた子供がが母親に「これ、なん?」とたずねる。
母親は「あー、そらー蟻ん巣(ス)や」と答える。
すると子供は、「蟻の巣」でなく「蟻の穴」であると解釈し、
”ス = 穴”として認識したまま成長してしまう。


とまぁ、こんな感じだったんじゃないかなーと想像しております(^_^)


方言を研究している私ですが、専門は津軽(青森県西半部)、秋田、
福岡(北九州・筑豊・博多・久留米)、熊本、そして故郷大分です。
今後も、話のネタになりそうな面白い方言はどんどん紹介してゆきます。

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