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. 久々のジャズ動画紹介といきましょう(^^) クールでシリアスなジャズもいいけれど、底抜けに明るいサウンドと超絶技巧にただ身を任せる…… そんな時間だってほしいものです。 オスカー・ピーターソン(1925〜2007)はカナダ生まれの黒人ピアニストです。 彼の少年時代のピアノ練習はすさまじいものでした。 学校から帰るとすぐにピアノ。食事・風呂・トイレの時間以外は全てピアノ。 休日は、朝食を摂り終わるとすぐに昼までピアノ。 昼食が終わると、夕飯の時間までピアノ。 夜は、母親が彼をピアノから引っぺがしてベッドに押し込むまで練習。 とにかくピアノが大好きで、アート・テイタムやファッツ・ウォーラー、 アール・ハインズ、ナット・キング・コールといったスイング期のピアニストに影響を受けました。 当時バラードは苦手で、明るいブギウギ系の曲ばかり弾いていたそうです。 彼はカナダを離れてアメリカで活動することには消極的でしたが、 アメリカの有名なプロデューサー、ノーマン・グランツが彼のピアノに惚れ込み、 猛烈にアタックし、本場アメリカの大物アーティストとの共演などの好条件を提示し、 ついに口説き落としたのでした。 ピーターソンはスイング期にスタートした人ですが、 彼のアメリカデビューの頃にはモダンジャズも徐々に成熟しつつあったため、 「スイングピアノの奏法にモダンジャズの和声感覚を取り入れる」 という、当時でも他にほとんど例が無い独特の音楽を創り出してゆきます。 ピーターソンが本領を発揮するのは、やはり管楽器のバッキングなどではなく、 ピアノソロ、あるいはピアノ中心のコンボです。 彼の最初のトリオは、ピアノ+ベース+ドラムスではなく、 当時の主流だったピアノ+ギター+ベースというドラムレストリオでした。 ハーブ・エリス(g)とレイ・ブラウン(b)とのコラボレートです。 その後はハーブ・エリスが抜けて、エド・シグペン(ds)が加わった普通のドラム入りトリオになりましたが、 ピーターソンはジャズギターとの共演がとても気に入っていたらしく、 ジョー・パス(g)を迎えた強力なサウンドや、ハーブ・エリスとの再会セッションも残されています。 オスカー・ピーターソンのプレーの最大の特長は、両手をフルに使ったダイナミックな超絶技巧です。 モダンジャズにおけるピアノは、最低音部をベースに任せることが出来るので、 左手の役割としては単純なコードプレーに回ることが多いのですが、 ピーターソンはソロピアノにおける左手伴奏を極めた人であり、 左手の高速ストライドと右手の超高速アドリブラインが淀みなく泉のように滾々と湧き出します。 ほとんど頭で考えなくとも、切れ目のない流麗なフレーズがどんどん生み出されるのです。 彼の名演は数多いのですが、今日はまずソロピアノでスカッとしてみましょう。 「Eight Bar Boogie Blues」。 単純なブルース・コードで、パワフル且つ華麗なアドリブ。 2分35秒あたりから、さらに加速してゆくあたりは圧巻です(^-^) 左手が低音とコードを激しく往復する、この動きをストライドといいます。 ジェームス・P・ジョンソンのようなラグタイム期の古いピアニストから、 カウント・ベイシーらスイング期の代表的ピアニストに受け継がれていった奏法です。 コンボ演奏を中心とした現在のジャズ演奏ではまず用いられない奏法であり、 ジャズピアニストでもこれを練習し習得している人はほとんどいません。 オスカー・ピーターソンへの憧れを公言しているベニー・グリーンはストライド奏法もこなしますが、 あくまで余興程度の演奏に留まっています。 ピーターソンは2007年に亡くなりました。 ストライド奏法は、いわば「失われつつある技法」ということになりますね。 ピーターソンはこういう底抜けに明るい選曲・演奏が多い人ですが、 実はバラードプレーでは非常に繊細なピアニッシモをも聴かせます。 スタンダード曲も数多くのレパートリーがあり、 さらにはビル・エヴァンスやアントニオ・カルロス・ジョビンの曲までも。 オリジナル曲にも「Nigerian Market Place」「Wheatland」といった素晴らしい曲があります。 次回以降、ソロ・トリオ・カルテットなど様々なフォーマットで、 ピーターソンの魅力をとりあげてゆこうと思います。 .
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