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今や忘れ去られていた存在だったポケベルがにわかに注目されてます。
来年9月に完全に廃止になるどうですが、正直なところまだやっていたんだと。
大卒後に入った会社では、各自にポケベルが渡されていて、お客さんからの問い合わせ
とかがあるとしょっちゅう呼び出されていました。
しかし、呼び出しがあり会社に連絡を入れるには、公衆電話を探す必要があり、1級国
道を走っているとすぐには見つからない。
それでしばらく走行して、ようやく見つけた公衆電話から連絡すると、もっと早く連絡
よこせなどと怒られたものでした。
上司はその頃まだ珍しいショルダーフォンを手に入れて使ってましたが、携帯電話が普
及するのはまだまだ先の話だった頃です。
仕事で使っていただけで、いわゆるメル友とかプライベートでは使ってなかったので、
そうゆう負の記憶しか残っていない代物です。
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こんなものが流行ってました
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今地元のTV番組で喫茶店の特集をやってまして、やはりこちら発祥の喫茶店といえば
コメダ珈琲店が定番であります。
今やAEON MALLのテナント店も合わせるとどんだけあるんだというぐらい至る所に
あります。
しかも現在は全国展開もしていて、ローカルな話題でもないでしょう。
私が学生時代の頃はまだ珍しく、本店に入ったことはありませんでしたが、大学の近く
に昭和区の石川橋というところに現在と同じ規模の店が出来たのでした。
なので講義が休講になった時などに、仲間と連れ立って車でよく言ったものでした。
最近は全く行く機会がないのですが、当時からアイスコーヒーは銅製のジョッキで、ク
リームソーダはブーツ型のジョッキで出されてまして、それは今でも変わらないらし
い。
当時は駐車場が広い郊外型の喫茶店は珍しい時代だったので、新しい雰囲気が感じられ
て懐かしい思いで番組を見てました。
ちなみにコメダの名前の由来は創業者の実家が米屋で、創業者の名前が加藤太郎さん。
米屋の太郎さんでコメダになったとのこと。
しかし実家が米屋だったのに、現在でも食事メニューにはパンしかなく米類のメニュー
がないのもコーヒーとの相性を考えてのこだわりがあるのだそうです。
書いていたら久しぶりに行ってみたくなってきましたが、ぼっちでは居心地が良くなさ
そうですので私はいつものセブンコーヒーで済ましてしまうのです。(*>ㅅ<)
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昨日発表されたこの情報は、大反響です!
もちろん前文科省事務次官のM氏の記者会見もですが、こちらはもっと身近な話題。
明治製菓の代表的なスナック菓子「カール」が関西より西の地域でのみ「うすあじ」
「チーズあじ」限定で販売し、その他の地域では撤退するということ。
カールといえばカールおじさん。
そうこのほのぼのとした風貌と、「おらが〜の〜♪」で始まる三橋美智也の日本昔話
調のテーマ曲。
そして最後に「それにつけてもおやつはカール♪」。
こんなに親しまれたお菓子のキャラクターって他にはありませんでしたよね。
ちょうど私の小学校時代に発売開始され、当時は「カレーあじ」「チーズあじ」が
大好きで、ほっとけば一袋を一人でペロリといっちゃってました(´>∀<`)ゝ
あの歯の裏にくっつくのがちょっとうっとおしいですが、それもまたカールを食して
いるという感じですし、「チーズあじ」の場合食べ終えた後の指のベタベタ感が特徴
で思わず指をチュパチュパするのも懐かしい。
そう、私にとっては過去形で、最近まったく食べたことがないなあ。
スマホをいじりながら食べるのには向かないお菓子の最たるものと言えるので、そん
な影響もあるのかなと思ったりして。
ちょうどこの地方も販売されなくなるので、これを機にまた買ってこようかな。
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昨日オープンしたんですね。
マハラジャ。
あのバブル真っ最中に行った、フィーバーした、お立ち台もあったマハラジャ。
東京、大阪に続いて名古屋にもオープンしました。
NHKの7時のニュースでも取り上げられてます。
きてるのはやはりアラフォー、アラフィフのおじさん、おばさんたちww
でも楽しそうですねー。
でもかかる曲は今のEDMみたいな感じですので、やっぱり当時の80年代ディスコ
ミュージックがバンバンかかるのなら行ってみたい。
そうすればハゲたおっさんでも当時にタイムスリップできるのか?
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彡⌒ ミつ(´・ω・`) ))
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( つ ヽ とノ
〉 とノ )^(_)
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かって国内ラグビーは世界に通用するしないは別に、いまより盛り上がってました。
まず新日鉄釜石が78〜84年度に全国社会人大会と日本選手権で7連覇を達成し
松尾雄治を中心に黄金時代を築いたのが始まり。
それに待ったをかけたのが大八木淳史、平尾誠二がいた神戸製鋼です。
盛者必衰とはこのころのラグビー界にも当てはまり、新日鉄釜石に取って代わって
神戸製鋼がこのあと88〜94年度で同じく7連覇を達成したのです。
私にとっては、釜石ファンだったのでにっくき神戸製鋼、泥臭い釜石に対して洗練
された神戸製鋼のしかも今でいうイケメンだった平尾誠二はさらに嫉妬心も加わり
敵対心があったのも事実です。
しかしその神戸製鋼もサントリーに取って代わられ、トヨタなど群雄割拠、もうあの
当時のようにスター選手が率いる黄金時代のラグビーはどこかへ行ってしまった。
でも去年にはW杯での活躍により、また違った意味で盛り上がってきていますが。
でもチームとして日本人だけのあの頃の盛り上がりを知る身にとって、なんだかなあ
とも思ったりします。
そんな黄金時代を現役として築き、監督としても代表チームを率いた平尾誠二氏の
早すぎる訃報はショックです。
享年53歳、私よりも4歳も年下だったのですね。
まだまだこれから日本のラグビー界を築いていく人だっただけに残念です。
謹んでお悔やみを申し上げます。
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