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こんばんは。 アメジストです。 今日の横浜は、ちょっと肌寒さを感じました。 そしたら、何と札幌で初雪を観測したようですね。 平年より1日、昨年より6日早いそうで、10月に初雪を観測するのは6年ぶりのことらしいです。 今年は猛暑で、9月中旬以降まで真夏日を記録していたりしたのが嘘のようですね。 皆様、お身体の調子はいかがでしょうか?! お風邪などお召しにならないようにして下さいね。 さて、軽井沢に行ったことで、ちょっとマキが入っている「信州の旅」シリーズですが、今回もその続きの 記事を書こうと思います。 なお、前記事はこちらです。 まだご覧になられていない方は、今のうちにお願いいたします。 今回は、戸隠神社の「中社(ちゅうしゃ)」です。 戸隠神社は奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなっています、 今回行ったのは、奥社・九頭龍社、そして今回の中社です。 こちらの祭神は、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)です。 素戔嗚尊(すさのおのみこと)の数々の非行に耐えかねて、姉である天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸 (あまのいわど)に隠れてしまいました。 その時、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめのみこと・火之御子社の祭神)が舞い踊ったのが 「神楽」の始まりと いわれている、岩戸神楽(太々神楽)なのですが、それを創案したのが、こちらの天八意思兼命なのだそうです。 学業成就・商売繁盛・開運・家内安全にご神徳があるようなんです。 ちなみに、その神楽の楽しそうな様子に、天岩戸から天照大神はちらっと顔を覗かせたのでしたね。 日本の神話も結構面白いものです(笑) この日はこちらで結婚式をやっていました。 鏡割りの後、記念写真を撮っていましたので、後ろから。 お嬢ちゃんカメラマンさん、上手に撮れたかな?! ちなみに、やはり中社付近のお蕎麦屋さんは大行列していました。 奥社の方で食べてきて正解でした〜。 次回はその中社近くのお蕎麦屋さんのところで見つけた紅葉です。 そこで戸隠シリーズは終わろうと思っています。 でもまだまだ信州は続きますよ! <横向きの写真はクリックすると微妙に大きくなったりします。ちなみに縦向きの写真はそのまま…(汗)> 「横濱寫眞草子」の別館:「Yokohama photograph picture book」もよろしくお願いいたします。 |
Buddhist temple
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こんばんは。 アメジストです。 昨夜の夜に出発して軽井沢に行ってきました。 つい先ほど帰ってまいりました。 お天気の方は、とりあえず雨に降られることはなかったのですが、あいにくの曇り空…。 写真がどうこうではなく、軽井沢の秋を楽しんでまいりました。 ちなみに…まだ写真をPCに取り込んでおりません。 ひょっとしたら、撮れていないかもしれませんので、過度な期待をしないでお待ち下さいませ。 これから取り込んで、加工して…さて、いつ記事にできることやら(汗) そんな状況ですが、この軽井沢の記事を「信州の旅」シリーズの続編にしようと思っておりますので、 取り急ぎ、戸隠シリーズのアップを進めていこうかと思っています。 ということで、今回は戸隠神社奥社の続編とさせていただきます。 なお、前記事はこちらです。 まだご覧になられていない方は、今のうちにお願いいたします。 奥社の参道ですが、最後の最後になって、急に険しくなります。 石段です。 しかも、段の高さが不揃いで、というか、段の高さが高すぎて、非常に歩きにくいのです。 そうじゃなくてもここに来るまで相当な距離を歩いてきたので、段数的にはそれほど大したことはなかった のですが、この階段を登るのに、かなり体力を使ってしまいました…。 すごく喉が乾いたんです。 だけど、自動販売機とか、そういうシロモノがそこにあるわけもなく…。 石段を登りつめたところに、「九頭龍社(くずりゅうしゃ)」がありました。 神奈川県にある箱根神社は、別名「九頭龍神社」ですが、関係があるのでしょうか?! 戸隠神社奥社の祭神は、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)ですが、実は、天手力雄命が奉斎される 以前から、心願成就の御神徳が高く、地主神として奉斎されていたのが「九頭龍社」なのです。 古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結の神として尊信されていたそうです。 もちろん私はこちらで「縁結び」のお守りを入手しました(笑) そしてこちらが奥社です。本当に一番奥です。 天照大神(あまてらすのおおみかみ)が天の岩屋に隠れた時、無双の神力をもって天の岩戸を開いた天手力雄命 を祭神としました。 さすがにここに到着した時は、グロッキー気味でした(汗) 登った石段は降りなければいけません。 しかし疲れてはいましたが、足腰は大丈夫だったので、帰りは比較的楽に戻ることが出来ました。 そして2枚目の紅葉や、3枚目のマユミの実などの写真を撮る余裕がありました。 この後中社まで戻ろうかと思いましたが、もうお昼時。 中社の辺りは、魅力的なお蕎麦屋さんが軒を連ねています。 おなかが減ってるし、でも今から中社に行くとお蕎麦屋さんは大行列だろうと思い、結局「奥社の茶屋」さんで お蕎麦を食べてまいりました。 今は新蕎麦の季節です。 また食べたいものです…。 ということで、次回はシャトルバスで向かった中社方面の記事を書きます。 軽井沢は、まだまだ先になりそうです(汗) 早く写真取り込まなくっちゃ〜。 ところで、昨日の記事ですが、書きっぱなしでドライブに出かけている間に、お陰さまで新着記事ランキングの 総合1位になっておりました。 この間、全然皆様のところにご訪問できていなかったというのに、こんな嬉しいことはありません。 ありがとうございました! 今日のようにご訪問出来なかった時にいらしてくれた方々を、特に大切にしていきたいと思います。 <横向きの写真はクリックすると微妙に大きくなったりします。ちなみに縦向きの写真はそのまま…(汗)> 「横濱寫眞草子」の別館:「Yokohama photograph picture book」もよろしくお願いいたします。 |
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こんばんは。 アメジストです。 羽田空港の再拡張によって、新国際線ターミナルビルと4本目の滑走路となるD滑走路がオープンしました。 第1便となる香港からやってきた全日空機がターミナルに到着したのが午前6時前のことです。 この瞬間羽田空港は日本の玄関口として復活したのです。 そして午前8時20分に、出発第1便となる日本航空のソウル行きが出発しました。 今日は歴史的な1日になりました。 さて、今回は、先日長野県への出張の翌日に、戸隠界隈を散策した記事の続きです。 なお、前記事はこちらです。 まだご覧になられていない方は、今のうちにお願いたします! 鏡池から、1日乗り放題500円のシャトルバスに乗り込み、到着したのは、戸隠神社の奥社でした。 鏡池とは違って、奥社については一般車を制限している様子はありませんでした。 まだ時間も早く、渋滞も発生していない様子でしたので、スキー場でなく、こちらに駐車しても良かったのかな なんて思いました。 戸隠神社は、ものすごく古い歴史を持った、パワースポットとして知られています。 この奥社の創建は、一説には紀元前210年とも言われています。 まぁそれはちょっとどうかな、と思います。 一応縁起によれば、どうやら849(嘉祥2)年とされています。 いずれにせよ、相当古い神社であることに間違いはなさそうです。 大鳥居から参道に入り、しばらく歩いたところにあったのが「随神門」です。 これは、神域に邪悪なものが入り来るのを防ぐ、御門の神をまつる門のことです。 ここから先は本当に神の領域です。 「随神門」までの参道には、あまり派手ではありませんでしたが、赤や黄色に色づいている葉っぱが多く 見られました。 しかし、どれも参道からは遠く、或いは地上から高く…。 「随神門」から先は、杉の巨木が並んでいました。 春先に歩くことは困難だったことでしょう…。 神域は、聖なるエリアであると同時に、大量の花粉が飛んでいるエリアになっているに違いありません(汗) まさに私を拒むかのような参道でした…(違) 大鳥居から結構な距離の緩やかな上り坂を歩いてきましたが、まだこの辺りは序の口でした。 参道はこの後、急激な傾斜へと変わっていくのでした…。 朝方は涼しかったのですが、お昼近くになってくると、暑さが身に堪えてきました。 次回後編で、まさに困難を極めた、この続きの道のりの様子をアップしたいと思います。 神の領域、まだまだ続きます!! ところで今日はいつもの時刻にアップできなくてすいません…。 <横向きの写真はクリックすると微妙に大きくなったりします。ちなみに縦向きの写真はそのまま…(汗)> 「横濱寫眞草子」の別館:「Yokohama photograph picture book」もよろしくお願いいたします。 |
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こんばんは。 アメジストです。 昼食を食べにオフィスから外に出ましたが、ワイシャツの袖をまくっていた腕が、ほのかに寒く感じました。 あんなに連日の猛暑だったのですが、お彼岸から1ヶ月が経過しようとしているだけに、秋本番を感じました。 吹き抜ける風も、実に心地よかったです。 こんな陽気が続いてくれればいいのですが、あっという間に寒くなってしまうのでしょうか?! さて、今回は、もう1ヶ月も前に行った鎌倉の鶴岡八幡宮です。 さすがにボツにすべきか悩みました…。 鶴岡八幡宮の本宮への石段の前には、入母屋造りの舞殿が建っています。 ここは、舞いの名手で源義経の愛人であった、静御前の悲しい逸話が残っています。 義経の子を身籠っていた静御前は、吉野山で捕らえられ、母の磯禅師とともに鎌倉に連行されました。 源頼朝は、その静御前に、舞を命じました。 「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」 静御前は、明らかに義経を慕う歌を詠みながら舞ったのです。 頼朝は激しく怒りましたが、妻政子の取り成しで静御前の命こそ助けられましたが、生まれてきた赤ちゃんが 男の子だったので、その子は由比ヶ浜に沈められてしまいました。 その後、静御前と磯禅師は京に帰されたのですが、消息についてはわかっていません。 可哀相過ぎます…。 そんな舞殿の背後、本宮への石段の左脇には、大銀杏の木がありました。 幹周 は7m、樹高は30m、樹齢は1,000年と言われていた、県指定の天然記念物だったのです。 この大銀杏は、1219年の冬、鎌倉3代将軍源実朝は「親の敵はかく討つ」と叫ぶ源公暁に襲われて 落命したのですが、その際公暁が隠れていたとされていた大銀杏で「隠れ銀杏」とも呼ばれていました。 そのニュースを知った時は、もうショックでショックで…。 現在は、当時の根或いは幹の一部から、新しい芽がどんどん生まれています。 そういった悲劇の舞台になっていた鶴岡八幡宮ですが、現在では本当に多くの観光客が訪れるスポットと なっています。 この日は舞殿にて結婚式も行われていました。 もはや悲劇とは無縁の鶴岡八幡宮です。 大銀杏から生まれた新たな息吹とともに、これからの鎌倉を見守っていってもらいたいものです。 今回の記事、日本史に興味のない方には、ちょっとキツかったかも知れませんね。 お詫びいたします…。 ただ、私が好きなんです、この時代のこと、そして鎌倉のことが…。 <横向きの写真はクリックすると微妙に大きくなったりします。ちなみに縦向きの写真はそのまま…(汗)> 「横濱寫眞草子」の別館:「Yokohama photograph picture book」もよろしくお願いいたします。 |
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こんばんは。 アメジストです。 正直、無茶苦茶怒っています。 自国の領土を侵そうとした人間を、国内法で裁くのは当たり前。 それをしないということは、自国の領土であると認めていないようなもの。 これで尖閣諸島の領有を主張するのでは、筋違いでしょう。 外交の敗北!腰砕け外交! 今回は強く抗議させていただきます。 こんなところで書いてもどうしようもないですがね…。 さて、今回は今月中旬に鎌倉に行った時の記事です。 なお、最後の5枚目、クモが写っています。 苦手な方はその写真「だけ」をスルーしていただき、コメントの書き込みと傑作ボタンのクリックを何卒お願い いたします(爆) こちらは総門です。 その手前にはカエデの木があります。 この時期ですからまだ青々しています。 こちらは本堂のある境内へ向う参道です。 しかし私はほとんどこちらを通ったことがありません。 この石段の辺りはあまり日当たりが良くないようで、横にある岩には、ビッシリと苔が生えていて、それはそれは いい風情でした。 その短い石段の参道を通らずそのまま直進すると、本堂の正面へ向かう階段があります。 その横に小さな池があります。 そこに落ちてくる水を撮影してみましたが…シャッター速度が遅すぎて、ブレてしまっています。 うーむ…失敗(汗) 次は、この寺の売り物である竹林の中で見つけた、石仏さんとシュウカイドウのお花です。 あえて今回この竹林の写真をご紹介しません。 次回にそれだけで記事にしようかと思っています。 まさにネタ切れ対策…(爆) 竹林から出てきた時に、クモの巣が日射しに照らされ、キラキラと七色に輝いていたので思わず撮影しました。 しかし考えてみると…私自身が、クモがあまり得意ではありません。 夢中で撮っていたのですが、ある時にクモの存在に気づいて、途端に腰が引けました(汗) どうか、このクモを見ずに、クモの巣の美しさだけを見ていただけたら。 …まず無理ですね(爆) さて、本日9月21日、当ブログ開設から1年と264日目にして、55,000コメントを達成しました。 しかし…今回のキリ番も、なんと自爆でした(汗) たまに返コメするとこれです…。 次は55,555コメントの際に、自爆しないよう気をつけます。 ところで今日私は、会社で仕事をしてきました。 展覧会の会場には居りませんでしたが、わざわざ今日この会場に行かれた方は、きっと私を避けたのでしょう(笑) 明日から4日連続で会場に居りますので、是非とも足をお運びください。 皆様のお越しをお待ちしております! <横向きの写真はクリックすると微妙に大きくなったりします。ちなみに縦向きの写真はそのまま…(汗)> 「横濱寫眞草子」の別館:「Yokohama photograph picture book」もよろしくお願いいたします。 |





