スペインの美味しい食卓から

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「霊的裁きの法則」または、「霊的な作用反作用(原因-結果)の法則」(P155〜)

でも、自分がしたのを同じ目に遭わせるのは、目には目を、歯には歯を、に等しいのではないですか?

これは懲罰ではなく、学習形態なのだと言っておこう。
正しい行いをしたと胸を張っていられるのなら、自分がしたのと同じことをされるのも、全く怖くはないだろう。そればかりか、その善行に見合う報酬を受け取ることを、待ち望むであろう。
しかしそうではなく、エゴによって他者を足蹴にしたのだったら、自分が蒔いた悪い種を収穫する気にはあまりならないだろう。
復讐の一種のように違反者を罰することが目的だとしたら、「目には目を」だと理解できる。しかし、この法則の趣旨は罰することではなく、他人に行った行為を自ら体験して、魂の進化を促進させることなのだ。
別の言い方をすると、「霊的裁きの法則」は、我々が学び取れるような方法で、各人をそれぞれの行為と向き合わせてくれる。そして、自分が招いたものと文字通り同じ状態を経験する必要はないものの、それが最も速い習得法なので、惨めな霊的な劣等感から脱却したいと願う多くの魂がそうしている。

それほど過激にならない別のやり方で、負債から解放される方法はないのですか?

試練の厳しさは、本人がどれだけ速く霊的な借金を返済したいのかと、試練を乗り越える力があるかどうかによる。試練は、魂にそれを乗り越える準備が整った時にだけ訪れる。
利子の付かない銀行貸し付けに似ており、カルマの借金がある進化を望む魂には、負債を支払って更生するための選択肢が複数提示されるのだが、どれを選ぶかは本人が決定する。時間はかからないが高額な分割金で返済することも、時間はかかるが低額な分割金で払い戻すことも可能だ。
清算し終えるには、より多数の転生が必要となるが、ガイド役の霊たちは、二番目の選択枝、つまり借金をより楽に支払うほうを勧める場合が多い。しかしながら大抵の場合、魂は、犯した罪の呵責で苦しむ状態から抜け出したいと急いでいて、カルマをすばやく消し去ることができるように、より厳しい試練を選ぶ傾向がある。
いずれにせよ、魂は試練に向き合うことを承服しなければならず、上手く乗り越えられうように準備を整えるのだ。

「カルマ」とは何を意味するのですか?

東洋起源の言葉で「霊的負債」と同じだ。

でもある種の試練はとてつもなく辛そうで、そこからは、「人生は涙の谷である」という教訓以外は引き出せそうにないですよ。

原因を知らずに判断しているからだ。犯罪がお咎めなしだった物語の冒頭部分だけしか見なかった多くの者にとっては、その人が裁きを受けなかったのが、不公平にみえたろう。
だが観客が、その後の転生で勘定が清算される第二話だけを見ても、災いがどこに起因するのか理解できないので、そのような辛酸を味わわねばならない人がいることが、理不尽に思えるのだ。
しかし、もしその魂の犯罪に満ちた過去を知っていたとしたら、多くの者が、二つ目のチャンスをあげようとさえしなかったろう。霊的世界では、いつも次のチャンスがある。いや、更生の機会は無数にあると言った方がいい。

霊的世界に改悛の機会が無数にあるのだとしたら、たとえばキリスト教義で見られるような悪者に対する永遠の刑罰や懲戒の信念は、どこからうまれたのでしょうか?

永遠の懲罰の概念は、神聖な源から発したものでない。根拠に欠け、霊的な真相に一致していない。不合理な恐れで人びとを支配しようとした、聖職階層が導入した誤った教えの一つに過ぎない。
他者の霊性の道の案内役を買って出た者が、そうするどころか、人びとをさらに混乱させ、マインドコントロールで愚かにし、弱点を利用して自らの地位を上げたのだ。彼らは嘆かわしくも、すでに十分に苦境に満ちた道のりを、邪魔することに一役買ってしまった。

では、多くの人が、人生の悲惨な出来事は、事前の打診もなく強制されたものだ、という感じを受けるのはなぜでしょうか?

それは生まれ変わる前に決めたことで、魂は肉体に宿ると過去を忘れてしまうので、自分ではその決断に関与していないと思ってしまうからだ。
「魂の法則」を知らない者は理解できないだろうが、進化の一歩を踏み出す決意をした多くの魂は、非常な困難な状況に立ち向かうのだ。
多くの人は、何もしていない善人が、運命のいたずらのように、悲惨で不幸な数々に見舞われなければならないことが理解できない。そして、善人がこれほどひどく苦しまねばならないだから真の裁きが存在する訳がない、と結論づける。しかし、もしその魂の過去を垣間見ることができるとしたら、その訳がわかるだろう。それはつまり、その魂は、「魂の法則」と馴染む前に、犯した罪の埋め合わせをしているということなのだ。
したがって、困難に立ち向かう人たちがいることを喜びなさい。第一にその人たちは、更生しようと深く肯定的に改心した魂であり、第二にそれほどの試練に直面すること自体がかなり進んだレベルに達したということで、負債を集中的に清算することにも成功する可能性があるからだ。

それでは、魂が出会う否定的な状況のすべてが、過去の行為の結果であると理解すべきですか?

いや、そうではなく、その多くは今生の行為の直接的な結果だ。
また、自分が生まれ変わった惑星の進化レベルに特有のものもある。

それは、負債がない魂でも、贖罪とは関係のない逆境を経験する可能性がある、ということですか?

そうだ。それは頻繁に起きていることだ。しかし、そうするかどうかは、魂が自由に選択できる。

<⑤に続く>

『魂の法則』ナチュラルスピリット刊
ヴィセント・ギリェム著・小坂真理訳







2017年10月13日追記
ボランティアで朗読し、Youtubeにアップしてくれた方が!
20分48秒から27分30秒までが、この記事の部分の朗読となります。

















転載元転載元: 人生、波瀾万丈


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