
当初は居留外国人の組織である横浜レース倶楽部と横浜ユナイテッド・クラブとの共催により施行されていたが、1876年に内紛により横浜レース・アソシエーションが分裂。1878年に2団体は統合され横浜ジョッキー倶楽部が設立、1880年には日本レース・クラブに改称され、それまで居留外国人のみだった入会が日本人にも認められた。
日本が降伏文書に調印した翌日の1945年9月3日、他の市内軍用施設と同様に、横濱競馬場も進駐してきた連合軍(実質はアメリカ軍)に接収された。スタンドは取り壊されずに残ったものの、馬場はゴルフ場や住宅や駐車場などになったため、この地で再び競馬が開催されることはなかった。
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