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駅のホームから、ローランへ 電話した。
「店長? 才三です。今、新大阪、はい、…… 行って来ます。色々 お世話になりました」
ねねが 帰って来ないまま、オレは 小島について 東京へ行く決心をした。
有名になったら、テレビにでも出たら、ねねが 見てくれるかもしれん ―― そう思った。
店長は「 ねねのアパートは あのまま残しておく 」と言うてた。
「また、ふらーっと帰って来るような 気がするのよ。そやから、あのままにしておくわ。
才三君も こっちへ来た時、寄ってみてやって。…… この300万、持って行くといいわ」
「いや、それはねねの 店長に対する気持ちやから ……。オレは 絶対受け取らんの 知ってたから、
ねねは オレには何も 残さなかったんやと思う」
店長が あちこちのソープに 尋ねてみたが、ねねの足取りは つかめなかった。
ねねと いっしょに撮った写真だけ、荷物の中に入れた。
のぞみが 走りだした。ガラス越しに 街並みがどんどん 流れて行く。
17年 生まれて育った街やのに、なんの 未練もなかった。
ふと 横の小島が パラパラめくっていた 写真週刊誌が 目に止まった。
「ちょっと、すんません」
小島からひったくって 急いでページをめくる。
懐かしい、見覚えのある顔 ―― ねねの 写真だ。
『 売れっ子ソープ嬢 ホテルで 変死体で発見!!
覚せい剤中毒死か!? 姿を消した 同宿の男・・・
9月17日早朝、山口市内のホテルで ソープ嬢 遠藤郁子さん(29才、源氏名 ねね)が、
死体で 発見された。
部屋からは 覚せい剤0.2gと、注射器などが見つかり、遠藤さんからも …… 』
週刊誌を持つ手が ブルブル震えた。身体中 鳥肌が立って、血が 逆流する気がした。
「野村君、どうかした? 」
9月17日って、店長と 冷蔵庫を開けた日やんか。あん時、もう ねねは ……。
「降ります。オレ、行かなあかん …… ねねの とこ …… オレ …… 」
「野村君、落ち着いて。これは 新幹線だから 止められないよ。何か あったの? 」
オレは シートに突っ伏して、声を上げずに泣いた。
ほんまに ねねなんやろか。ほんまに 死んでしまったんやろか。
山口市やて …… ねねの名前が 遠藤郁子っちゅうのも、今 初めて知った。
たった 29年の人生 ―― 一度足を踏み外して、地ベタを 這いつくばるように生きてきて、
幸せやったんやろか …… なんも いい事 なかったんちゃうか? …… オレが 幸せにしたるって
決めたのに …… ねね …… ねね ……。
49日の法要の日、オレは無理を言って 大阪に戻った。ねねの 葬式は 店長が出した。
警察がねねの身元を 確認したが、福島の実家からは 誰も来なかった。
それで 店長が 山口まで、ねねを 引き取りに行ったのだ。
事務所の隅に ねねの骨壷と 写真が置いてあった。オレは 黙って 線香をあげた。
「これ、ねねちゃんの バッグに入ってたの」
店長の差し出した 手帳の間には、写真が2枚 はさんであった。
1枚は 赤ん坊の、もう1枚は オレとねねが 笑っている写真だった。
ほんの 半年前に 撮ったものだった。
店長が、グラスに入ったビールを 3つ 持って来た。
ひとつは ねねの前に置いて、3人で カンパイした。
「この写真を見て、ねねちゃんは ほんまに 才三君の事を 好きだったんやって 思った」
「 …… 」
「ねねちゃんは 才三君の 歌が好きやったよ。必ず 世の中に出て行く子だって …… 」
オレは うつむいたまま 涙を流した。
「 …… 店長、なんで オレやねねに 優しくしてくれたん? 」
「なんで かしらね。居場所のない子に 弱いの。私もそうだったから。年の離れた 妹と
弟ができたみたいで、めっちゃ 楽しかった」
「お兄ちゃんやなくて、おとん みたいやんか」
「失礼ね。…… 才三君、もう ここへ来たら アカンよ。あんたは これからの子なんやから」
店長は そう言って オレを送り出した。
「後のことは 心配しないで。お骨も 通帳も、ちゃんとねねの家族に 届けるから。
私と ねねが 応援してるから、思いっきりやってみるといいわ」
「ほんまに …… 色々、ありがとう、ございました」
オレは 店長に 深々と頭を下げた。
秋の風が そっと吹いて行った。鼻の先が ツンとした。
振り返らず 歩き出す。オレは 心に誓った。ギターは やめない。絶対に 有名になってやる。
泣くのは これが最後だ。
END
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