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			<title>エイミスピリット</title>
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>エイミスピリット</title>
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		<item>
			<title>私のブログ、ヤフーブログでの最後に</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
このブログを書き始めたのは大学を卒業し入社４年目になろうとする春、今からちょうど１０年前、２００９年３月のことでした。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
２ちゃんでトピ主をしていた私は話の続きをブログでしようということになり、ヤフーのサイトでこのブログを開設したのです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
当時既にブログはインターネット上のコミュニケーションツールとして十分普及していましたがブログを書くのは初めてのことでした。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
まだツイッターが普及する以前の時代、携帯の通信デバイスもガラケーが主流で、ヤフーではブログの他にＢＢＳも盛んだった頃です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私はインターネットを使うようになってから１０年経っていたので新しいことを始めるのにおっくうではなかったですが、それでも少し緊張しながら記事を書いていたものです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もう社会人になっていたとは言え、まだ幼い私でした。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;一番最初に書いた鎌倉の記事は２ちゃんに投稿したものをそのままブログに再掲載したものでした。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/11822377.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/11822377.html&lt;/a&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
ブログを開設した時点で私はまだ独身でしたから夫は婚約者であったわけですし、結婚を間近に控えた幸福な時期でもありました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
その他には日常の身辺雑記や読んだ小説の感想文などを書いてもいましたが夏を過ぎた頃から政治の記事も書き始めました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
２００９年、世の中は政権交代前夜だったのです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
少しづつ相互ファンのブロガーさんとやり取りをするようになりましたが転機となったのは２０１１年以降です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今でもやりとりを続けているブロガーさんと相互にファンとなって互いの記事を読みあうような関係ができ始めました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
最初のきっかけは、クリスチャンの方が私のブログに頻繁にコメントを書いていただき、ご自身のブログにも私のブログを紹介してくださったことで、キリスト教系ブロガーの方々とやり取りするようになりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;その中でもカトリック信者でＦＸの達人と思しき御仁とは哲学を通じてお話をさせていただくようになり、多くの教えを受けました。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;さらにその翌年頃には映画評論を中心に完成度の高い記事を執筆するブロガーさんとも相互ファンになり、明快でかつ玄妙な思惟の痕跡が窺い知れる美しい文章に感銘を受けました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
およそ映画通であること以上の多彩でいずれの類も無い知が感じ取れる、お文は多くのブロガーの模範とすべきところです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
近年、新たに相互ファンとなったブロガーさんもいらっしゃる一方で、数名のブロガーさんとはご無沙汰になりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ブログをやめた方、健康を害された方もいらっしゃいますし、お元気かどうかわからない方もいます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
十年ひと昔と言いますが最近は歳月の経過をひしひしと感じます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
震災もありましたし、我が家の生活もこの十年で少なからず変わりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
良い変化もあれば悪い変化もあります。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
世の中の意識もずいぶん変わったと実感せずにおれません。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ヤフーサイトのブログコミュニティも変わりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
以前はたとえ一期一会であっても気持ちのよいコメントを書いてくださるブロガーさんがけっこういたものですが、ここ数年は相互ファンの方々を除けば、まともな読み手は皆無となりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
自分のブログに誘導するだけの目的で訪問履歴を残す人達、訪問履歴を残さない設定でブログをサーフィンする冷やかしの人達によって訪問数がカウントされるありさまとなりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これは私のブログだけではないようで、相互ファンのブロガーさんのゲスブを拝見すると、毎回自分のブログの宣伝目的だけのメッセージをフラッシュや画像とともに張り付けてゆく人達もいます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
何度も訪問履歴にエントリーしているにも関わらず訪問先のブログ記事の内容に言及したコメントを一度たりとも書かない人達も多くいます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
寛容な精神を保つ我がブロガーさんはそうした人達に紳士的に対応なされていますがこうした昨今の状況は残念なことです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◆&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ブログ開設当時はこんなに長く続けようとは思ってはいませんでした。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私がブログを長年書き続けているのはいくつかのテーマについて書こうと思っているからです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
その&lt;b&gt;一つは倫理に関して&lt;/b&gt;です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私の論ずる倫理は高潔な人格や一般社会の良識に関してではありません。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
そのような倫理的価値を追認するのではなく、倫理的に負の価値に固執せざるをえない人々の生存の正当可能性を見出すための思考を続けようとしています。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私の倫理論は、異常性癖で死刑になった者を始めとして、ペドフィリア・ロリコン・しょたこんなどの特異な性愛者、児童ポルノ規制法の是非、性犯罪者の量刑など、性や性衝動に関する様々な事例を再吟味するためのものです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この記事の前回にセクシャリティに関して書いたこともそうしたモチーフと関連づけてのことです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
又、この日本という歪んだ社会主義国家の所得再分配についてなど、経済的正当性・公正性に関しても論じます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それらは良識ある者達、健全を自認する者達の欺瞞を暴き、既存の倫理のありかたを解体するための試みです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
二つめは&lt;b&gt;哲学思想に関して&lt;/b&gt;ですが、特に、ラカンとバフチンの本質的価値を探求する過程について書きたいと思っています。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これについてはまだ仄めかし程度でしか書いていないのでこれからの課題です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
三つめは&lt;b&gt;夫について&lt;/b&gt;です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
夫のことは一通り書いたのですがまだ語りきれぬものがありますし、あからさまに書くことを躊躇してしまう事情もあります。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
そもそも私は、夫の修行のことを書くためにこのブログを始めたので最初の数か月は霊と霊能に関するスピリチュアルの記事を沢山書きました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
便宜上スピリチュアルと言いますが私の書くものは一般のスピリチュアルとは全く異なるものです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
あまり賛同や興味を持って読まれるものでもないようなので、スピリチュアルについてはこれ以上書く予定はないです。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
（現在、グローバルナビ欄に記載したツイッターアカウントのリンクとは別のアカウントで専門的にこれを扱っています。）&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ブログの執筆はこれらを主のモチーフとしつつも、長期的には計画がなくもないのですが短期的にはきまぐれな調子で好きなテーマで書くことにします。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◆&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ブログを書くことを薦めてくださったのは２ちゃんトピ以来の読み手の方で、今でもツイッターで相互フォローさせていただいています。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
（時折、このブログのコメント欄でお見受けされる名前の方なのですが非公開でブログとツイッターを開設されていますので一般の人々からは可視的ではありませんけれど...）&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
明後日以降ヤフーブログの書き込みができなくなり、記事が書ける猶予も余すところ２４時間少々となりました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
来月からは移行先ＦＣ２でこのブログを運営いたします。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ブログ紹介や自己紹介については移行先のＦＣ２プロフに記してありますし、記事でもあらためて書く予定です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
新しいサイトでのブログの名前は同じく「エイミスピリット」です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
エイミは本名のカタカナ表記、スピリットはレノンのアルバム「ジョンの魂」が頭にあったからでしょうか。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
２ちゃんでブログ開設を宣言したときに即席でつけた名前ですが今ではこのタイトルでよかったと思うことにします。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
長年親しんだヤフーサイトでブログを続けることが出来なくなったことは残念で寂しい気さえもしてくるのですが、幸いのこと、相互ファンのブロガーさんの方々三名が同じサイトに移行されています。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いつまでこのブログを書いてゆくのか私にはわかりませんが今やめる理由はないので書き続けることにします。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;今まで読んでくださった方々、ありがとうございました。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;同じ移行先で継続するブロガーさん、今後ともよろしくお願いいたします。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33912329.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Aug 2019 22:35:16 +0900</pubDate>
			<category>その他インターネット</category>
		</item>
		<item>
			<title>ゲイピープル</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
いわゆるゲイピープルを構成しうる人々はホモセクシャル・バイセクシャル・トランスジェンダーである。　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;ホモセクシャル&lt;/b&gt;は自然性と性自認に不一致がなく、同性どうしが精神的・身体的に求め合う人々である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;バイセクシャル&lt;/b&gt;はヘテロとホモ両方のセクシャリティを併用する人々だが片方が潜在的な欲望にとどまる場合もある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;トランスジェンダー&lt;/b&gt;には以下の三種がある。&lt;br&gt;
&lt;b&gt;&lt;br&gt;
　・トランスセクシャル&lt;/b&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　自然性と性自認が一致していない、いわゆる性同一性障害にある人々。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;　・狭義のトランスジェンダー&lt;/b&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　自然性と性自認が一致しているが性他認が一致しない人々。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　つまり自分では男（女）だと思っているつもりが周りからは女（男）のように思われる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　小学校の同級生でそういう感じの男の子がいて、しぐさ・しゃべり方が女の子同然なのに、かといって男の子が好きというわけでもなく、むしろ異性である女の子に対象としての興味を持っていたようだ。その子に興味を持たれたのが他ならぬ私である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　&lt;b&gt;・トランスヴェスタイト&lt;/b&gt;（クロスドレッサー）&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　服装や髪型が自然性と一致しない傾向にある人々。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　女性のボーイッシュ・マニッシュな服装、男性の女装趣味が典型的だが、異文化の取り込みをする人々も含まれる。&lt;br&gt;
　例えば、スコットランド兵のキルトのような感覚でスカートをはくのを好む男性もいる。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;これらはあくまでも外観的なカテゴライズに過ぎない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
個人が同じカテゴリーを共有するその他の者達と無視しえぬ種差を持っていることもあり得る。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
しかし、トランスジェンダーの属性を決める要素は、自然性・性自認・性他認・心身の不一致に対する不快感や悩みの有無・可視性である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
列挙した最後の可視性とは、カミングアウトとクローゼットの選択についてである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
昨今のＬＧＢＴが彼らをクローゼットからカミングアウトに導きつつある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この点については自然性の男と女とでは、かなり違いがあって、女の自然性からのトランスは男の場合に比べると、同性愛（レスビアン）の場合と同様に、閉鎖的・非社会的であり、曖昧ですらある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◇&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
以上が私の理解するところの、ゲイピープルの外延と内包の概略であるが、留保すべきことが二点ある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
一つ目は構成員についてである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私が冒頭で、「ゲイピープルを構成する人々」ではなく「構成しうる人々」と述べたのは、性同一性障害を深刻なこととして抱えている人々がいるからである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
彼らにとって自身の性の問題は先天的な絶対的錯誤であって、彼らは自然性の異性の身体をもって生まれたかったのだからゲイピープルを自称したくはないであろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
『ゲイ・サイエンス』（『逃走論』に収録）というごく短いコラムで浅田彰は、ゲイピープルをニーチェの著作をもじって悦ばしき性としつつも、ヘテロが男と女の役割にしがみついているように彼らも自分達の世界の役割分担に固定されており、彼らの実情は決して悦ばしいものではないと批評している。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
浅田は既存のパラノイックなホモセクシャリティでもバイセクシャリティでもない、スキゾフレニックなトランスセクシャリティこそが真の悦ばしき性だとしている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
浅田の論ずるトランスセクシャリティは一定の性やセクシャリティのあり方に固執することのない多種多様な性( * )であり、男・女・子供・動物・鉱物など様々な生成変化の素質が誰にでもあるとしているのだが、これは今日におけるトランスセクシャリティとは全く異なるものである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　* 例として浅田はジョン・ケージのキノコやドゥルーズ＝ガタリの n sexes を挙げている。&lt;br&gt;
　　ケージについては『ヘルメスの音楽』で詳述。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いわゆる性同一性障害を生来に抱えていて性転換手術を強く望む人々はむしろ潜在的なヘテロであって、浅田の言い方ではパラノということになる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;★&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
二つ目はゲイピープル全体は決して単一のコミュニティを構成しないということである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
まずは、自然性の男と自然性の女とでは各々のセクシャリティを発揮する場を共有することはないであろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
わかりやすくいうと男性のホモセクシャルとレスビアンとでは全く相いれない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
自然性が同じであっても交差する余地もなく一つのコミュニティで共存することもない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
トランスヴェスタイトに至っては現代ではノーマル・ヘテロにまたがっており、トランスジェンダーの一種と認識されないものがむしろ多い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
言い換えればノーマル＝ヘテロのセクシャリティがトランスヴェスタイトへと接近していったことこそが近代であるとも言える。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
そもそも服装の性とはそうではあるまいか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
男性に典型であったものが女性の領域へと移行し、女性から男性へもまた同様である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
セーラー（海兵）もキュロット（貴族）も元は男性の服装であったものが女子の領分となっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
最近では男子も化粧や日傘が当たり前になりつつある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
では、同一のゲイピープルコミュニティが全く同じセクシャリティを持つ人々から構成されるかと言えば、それは否である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ここで言うコミュニティとは欲望を共有する人々の集まりであり、つまりはそのコミュニティ内において需要供給の交換が成立する場である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ホモセクシャリティとトランスセクシャリティが同じコミュニティを共有することは通常の事態である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
なぜならば現実に交換を実現させねばならない深刻な事情があるからだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ノーマル・ヘテロに比してマイノリティの世界に属す人々にとって常に供給は希少である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
トランスセクシャリティの人は本来ならばヘテロの相手を欲望するかもしれないし、ホモセクシャリティの人はトランスセクシャリティのように異性になりたいと願う人を欲望しないかもしれない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
つまり、女になりたい男性はヘテロの男性だけが好きかもしれないし、女になりたいとは思わない同性愛の男性は同性愛どうしでもヘテロの男性でもいいが女になりたいと願う男には興味がわかないかもしれない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;※ もうここまでくると書いていて混乱してくるのだが（LoL）...&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
しかし、どちらも身体は男性である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
性愛の欲望においては心や精神よりか身体がものを言う。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
内面的な事情がどうあれ、欲望している身体の需要と供給が一致しているのだからこれら両者は同じコミュニティ＝市場を共有できるわけである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
自然性：女性の場合でもほぼ同じ事情が成立するが細かい部分では自然性：男性のコミュニティと違うところもあるかもしれない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ビアンのごく狭い世界ではヘテロの女性を引き込みたいという欲望にかられる人もいる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いわゆるノンケといわれる初心なヘテロ女性を自分のものにしたいという女性もいて、彼女が同性愛者なのかトランスセクシャリティ（男になりたい女）なのか判別つかない場合も多い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ビアンの役割分担であるタチ（男役）はトランスセクシャリティの人もいる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◇&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
場違い的なハプバーに潜入してしまったとき、あるいはふつうの深夜酒場でもあるが、色々夜遊びをしていると様々な人達に遭遇する。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ゲイピープル的な男性とカウンターでいっしょに呑んだこともある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
妻子持ちの同性愛者もいるのだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
同性愛者は結婚しない・独身の男性は同性者だから結婚しないと思っている人はセクシャリティやジェンダーに関する認識が甘い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
同性愛男性には、女と交わって子供をもうけることが可能で、そうしたセクシャリティの嗜好とは別にヘテロ男性と同様の社会的・家庭的志向を有している人もいる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
そういうタイプの同性愛者は女と話をしたり接したりすることに苦痛を感じない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
一方で、女を嫌う同性愛者もいて、そういうタイプの男性同性愛者と酒場などで話し続けることが出来る機会は当然ながら無い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
昔旅行先で出会った女性同性者の知人がいて、今住んでいる家にも遊びに来たことがあったが今は音沙汰もない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;夫と私と彼女の三人で温泉に入ったが夫を異性として意識することもなく私に対しても積極的なので夫と私はすっかり彼女のペースにはまってしまった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;他にも書くべきことはあるが今回はここまでにする。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33911955.html</link>
			<pubDate>Wed, 28 Aug 2019 23:10:24 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
		<item>
			<title>木綿豆腐</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
豆腐を買うのが日課のようになっている。　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
惣菜の食材として使うことも多いが一番多い用途は夫の酒の肴である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
最近は夫のお酒の呑み方ががらりと変わった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
以前は月に一度しか飲まないこともあったが今では二日に一度は呑んでいる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
三日続けて呑むことも珍しくない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
以前は呑むときには一升瓶を空けていたのが最近では一度に呑む量は減って三合になった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
仕事が忙しかった三年前にはふだん全く呑まなかったのが今では週に四日は呑みの日になっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
酒量が増えては困るので週にお酒は一升瓶を空けたらそれで終いにするようにしている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
けれど父と呑むときにはいっしょにビールを呑むのであり、それは酒量の勘定には入っていないらしい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
二人がいっしょに呑むのは大概はプロ野球観戦のときだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
巨人ファンとヤクルトファンが同じビールを差し合いながら呑むのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
夫が一人で呑む日には木綿の冷奴が欠かせない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いつ呑むかは決まっていない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今日は呑まないと言っておきながら土壇場でやっぱり呑もうか、である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
なので私はほぼ毎日のように冷奴を用意しなくてはならない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
はなたれ小僧さまに海老のなますをこしらえて供えるように私は夫のために冷奴をつくって出す。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
キッチンペーパーで包み冷蔵庫で水切りをした木綿豆腐を皿に移し、刻みネギと鰹節をのせ、お醤油と昆布だしをかける。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
絹ごしではなくて木綿でなくてはならない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それが夫の好みの冷奴だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これをいつでも食べれるように用意しておく。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;冷奴だけでお酒を呑むときもあれば晩酌で他の惣菜といっしょにやるときもあって、それは長年の夫婦の呼吸でわかるのである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f6-c8/aminonamedoor/folder/1145655/88/33911588/img_0_m?1566827753&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_1024_683&quot; style=&quot;&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;374&quot;/&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33911588.html</link>
			<pubDate>Mon, 26 Aug 2019 22:55:20 +0900</pubDate>
			<category>食べ物</category>
		</item>
		<item>
			<title>252： 割安、外国のシャンソン、デジカメ</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;i&gt;諸事物の断片（２５２）&lt;/i&gt;&lt;/font&gt;　&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;割安&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
同じ品質で内容量が違う商品バリエーションでは内容量の多いほうが単位価格が安いのが通常である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
例えば、ある企業のマヨネーズの場合、３５０ｇが３００円、４５０ｇが３５０円の参考小売価格となっていて、内容量の多い４５０ｇのほうが割安である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
スーパーでは企業の定めた参考小売価格より安く売るが、双方の商品価格を同じ割引率で設定するので内容量の多い商品が通常ではやはり割安となる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ところが内容量の少ない３５０ｇの商品だけ特売価格で売ることがある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
おそらく在庫の事情で３５０ｇの商品を処分する必要が生じたのか、あるいは定期的な特売セールで目玉商品を３５０ｇのマヨネーズに設定したいなんらかのインセンティブが生じたのであろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
その場合、通常では割高となっていた３５０ｇの商品のほうが割安になることがある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
買い物をするときは注意したほうがいい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
とはいえ、３５０ｇと４５０ｇ、どちらのマヨネーズを買うべきかは価格だけでなく、家庭の消費量や食品鮮度の嗜好も考慮すべき要因となり得るので一概には言えない。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;外国のシャンソン&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
誰もが知っている有名な「&lt;b&gt;オー・シャンゼリゼ&lt;/b&gt;」も、フランソワーズ・アルディが歌った「&lt;b&gt;さよならを教えて&lt;/b&gt;」もシャンソン固有の作品ではなく、もとはイギリスの曲である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;「さよならを教えて」はイギリスの曲にセルジュ・ゲンスブールが歌詞を別内容のフランス語に書き換えたものである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;a HREF=&quot;https://www.youtube.com/watch?v=hQTr8Y-ynAo&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://www.youtube.com/watch?v=hQTr8Y-ynAo&lt;/a&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;デジカメ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
売れ行きが芳しくないらしい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
スマホのカメラ機能が進歩したためだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
従来のスマホ・携帯はデジカメより画質が悪く機能も素朴なものだったから競争する余地ばなかった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
低価格のデジカメの致命的な欠陥は液晶ディスプレイである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
室内では問題なく見えるが日差しが強い屋外では見えずらくなる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
デジカメなどの商品を品定めする場所は屋内の店舗だから屋外で液晶がどのくらい鮮明に見えるか意識しないことが多い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
店員に尋ねたところ、メーカーを問わず安価のデジカメで日差しの強い場所でも鮮明に文字や画像が見える商品は無いと返事された。&lt;br&gt;
液晶画面はどれもが強い日差しの場所では見づらいと思っている人もいるかもしれないが高額のデジカメやビデオカメラならば屋外の日差しの強い場所でも難なく液晶画面を見ることが出来るのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;カメラメーカーは低価格帯のカメラにも高価格帯のカメラの液晶と同じスペックを装備すればスマホとの競争に勝てるかもしれない（？）。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33911097.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Aug 2019 23:06:08 +0900</pubDate>
			<category>クリエイティブライフ</category>
		</item>
		<item>
			<title>251： 開祖、暑夏、西瓜</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;i&gt;諸事物の断片（２５１）&lt;/i&gt;&lt;/font&gt;　&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;開 祖&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
宗教上、開祖は伝統宗教の創始者を指す。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
一つの宗教から分かれた宗派の創始者は宗祖、新宗教（新興宗教）の創始者を指す場合は教祖と呼んで区別される。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いかなる場合に伝統宗教の開祖となるかについては創始者と言うほか説明は出来ない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
各々の宗教によって事情が異なるからである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
伝統宗教によっては必ずしも開祖が特定できるとは限らない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
最も自明なのは&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;イスラム教&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;であり、ムハンマドが開祖であることは確実である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
イスラム教と同程度に一人の人物が意図的に新しい宗教を興すことを画策し、完成度の高い宗教組織を作り上げた例は世界宗教において他に無い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
文盲の男ムハンマドが天使ジブリールを通じて預かった神の言葉とされるものがコーランとして文書化されたのは彼の死後、後継者による作業だが、教団の基礎はムハンマドの生前に全て築かれた。&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
仏教&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;の場合、釈尊には当初は宗教を興す意向はなかったが、多くの弟子をとるようになり、教化活動するようになったので釈尊が開祖と言ってよい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;キリスト教&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;では開祖を特定することが困難である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
あらゆる宗教の歴史の中で磔刑になったイエス程、鮮烈な存在は例をみないが、イエス自身に新しい宗教を興す意図があったと断定することは難しい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
キリスト教を広めることに最も貢献したパウロが事実上の開祖と言えるがパウロ以前にも原始キリスト教の組織は存在した。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;ユダヤ教&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;の開祖についてはキリスト教以上に悩ましい問題だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
アブラハムはヘブライ民族の始祖とされる一方で、キリスト教にもイスラム教にも重要な預言者として位置付けられている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
奴隷の身分であった民を引き連れてエジプトを去ったモーセはイスラエル民族の指導者であり、配下の民をヤハウェ神と結びつけたが、彼もアブラハムと同様、キリスト教・イスラム教の預言者として扱われている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
伝承上はヘブライ民族もイスラエル民族もユダヤ民族とほぼ同一と認識されてはいるが、しかしユダヤ教が興ったとされるのはバビロン捕囚以降であり、アブラハムやモーセをユダヤ教の開祖とすることは出来ない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
民族宗教であるユダヤ教の開祖は不詳あるいは不特定とするしかないのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;暑夏&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この言葉さえも涼しく感じてしまう程に酷く暑い日が続いている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
尋常でない猛暑がここ数年当たり前のように続くと昔の夏の暑さがいか程のものだったのかを思い出すのが難しくなっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
夜を少しでも快適に過ごすには様々な工夫があろうが意外に看過されるのが空間の明るさではないだろうか。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もし就寝する前の三時間程の時を部屋でゆっくりと過ごすことが出来るのであれば、部屋をできるだけ暗くしてくつろぐのがいい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
部屋全体を灯す照明を消して、小さな灯りをつけて本を読んだり、ＴＶだけつけて番組を視聴するのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
照明を消しただけでも身体は涼しく感ずるものである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
暗くすると副交感神経が優位になるので寝つきもよくなるのである。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;西瓜&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
小さな子供時分は夏休みになると決まって祖母の実家に行ったものである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
両親が東京育ちである私達には親の実家が自然豊かな土地にない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
親の実家は、ふだんから行き来している所であって、親にしてみても年に一度子供を連れて帰省すべき場所ではなく、子供達に平生では経験できないことをさせてやれる土地柄もない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それで祖母が私達子供を自分の実家に連れていってくれた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
祖母の実家の台所の隅は、山から流れてくる水を引き込んで石の水槽に貯水するつくりとなっていて、その水で野菜や果物を冷やしていた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
山の水は水槽へと流れ落ち、水槽からあふれ出した分はちょろちょろと四方から漏れて水溝にたどり着き、外にある鯉池へと流れてゆく。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
昼夜を問わず聞こえて来る水の音で私達は涼を感じ、眠りに落ちた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
大伯父家族は畑から採ってきた西瓜をその水槽に入れて冷やしてから切ってくれた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
冷たい山の水によくなじんだ西瓜を私達はよく食べたものだった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
とりわけ西瓜が好きな姉が喜んで食べていたのを思い出す。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◆&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今年は一度だけ西瓜を食べた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
母が近くの店で買ってきた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
西瓜を出されても子供のときと同じ程に心躍ることはないものの、しゃりしゃりとする果肉を口にするとやはり淡い香りと甘みが広がって心地よい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f6-c8/aminonamedoor/folder/1136641/36/33910336/img_0_m?1566260267&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_2592_1728&quot; style=&quot;&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;373&quot;/&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33910336.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 Aug 2019 22:57:02 +0900</pubDate>
			<category>クリエイティブライフ</category>
		</item>
		<item>
			<title>指摘</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
&lt;font color=&quot;#0000ff&quot;&gt;&lt;b&gt;パンが無ければお菓子をたべればいいじゃない　&lt;/b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
マリー・アントワネットが言ったとされる、あまりにも有名なこの言葉がこの悲劇のフランス王妃の言葉ではないということは既に暗黙の常識である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この言葉の原典とされるのはルソーの『告白』である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ある日ルソーがワインを失敬して飲もうとしたがいっしょに食べるパンがなくて困っているときに、ある身分の高い婦人が言ったとされる話を思い出した。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それが「パンが無ければお菓子をたべればいいじゃない」であった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
しかしルソーがこれを執筆した当時マリー・アントワネットはまだ小さな子供であったので、この「身分の高い婦人」が彼女であるはずはない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
現在ではこの言葉がマリー・アントワネットの口から出た言葉であったとあえて主張する人はいない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
単に、いかにもマリー・アントワネットが言った言葉であるとしたほうが似つかわしいという間違った風潮があるから今でもそのように流布されているだけである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
日本で未だにマリー・アントワネットがこの言葉を言ったのだと信じている者がいるとすれば、それは本国フランスとは異なり、いまだに日本で古い革命史観が植え付けられていることが背景にあるのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この言葉をマリー・アントワネットに結びつけたのはフランス革命後のフランスにおいて長くの間、マリー・アントワネットを亡国の悪人に仕立て上げた風潮である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
革命前のフランスの財政難をすべて彼女の浪費のせいにしようとする陰謀が背景にあったと考えられるのだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
こうした傾向は明治維新後の世の中で徳川に関連するすべてのことを悪く言ったとされる新政府の作為と同種のものだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
現在のフランスでは、１９７０年以来、歴史修正主義が主流となっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
革命が行き過ぎたものであり、王政から共和制に移行するにあたり、あまりにも犠牲が多過ぎたのであり、革命勢力ではなくむしろルイ１６世自らが国家の再建を図っていたことが隠蔽されていたことも認識されるようになっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
国王夫婦を始めとする多くの人々が断頭台に送られ、虐殺されたにもかかわらず、実は社会の構造はなにも変わっていなかったということに現在のフランス国民は気づいているということだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
過去の言葉を誰が言ったのか、その絶対的真偽を追及しても意味はない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
肝要なのはこの言葉が王妃の言葉であるかのように広まった歴史意識である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
さて、「パンが無ければお菓子をたべればいいじゃない」がフランス王妃の言葉であったとする安易な俗説を未だに信じている知識人を二人挙げねばならない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それは小谷野敦と小島毅である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
小谷野は『日本人のための世界史入門』で、小島は『靖国史観』で、マリー・アントワネットが「パンが無ければお菓子をたべればいいじゃない」と言ったという趣旨のことを書いている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
このご両人はその真偽を吟味する余地に言及することもなしに、史実であるかの如くこの俗説をとりあげているのだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もちろん、こんな誤りは本来ならばご愛敬というものである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私はめったに実名をあげてまで些細なミスを指摘することはしない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
誰にでも間違いはあるのだし、私は何の理由もなしに他人の誤りをあげつらい、重箱の隅をつつくような真似をしようというわけではない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私がここであえて名指しでこんな小事を指摘しているのは、このお二人が平生から些細な末節にこだわり続け、ちょうど今私がわざわざ指摘しているようなことを他人に対してしているからなのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
こういう細かい事実の集積がとても大事だということを小谷野がツイッターでも再三書いている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
常に他人の末節や些細なほころびをあげつらうような発言もしている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
小島は若い人間達の認識不足を前述の本の中で口やかましく言っているのだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;そんなお二人がこうした基本的なちょんぼをしでかしているのであえて私はこうして書いたのである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33910131.html</link>
			<pubDate>Sun, 18 Aug 2019 22:49:59 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>商品券</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;　&lt;br&gt;
商品券の品質を決めるのは以下の三点だ。　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;　・ 使える店&lt;br&gt;
　・ 有効期限&lt;br&gt;
　・ お釣りが出るかどうか&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;使える店は商品券を発行する組織によって当然決まる。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;有効期限については商品券を使える期限が発行日から数年に限られるものもあれば無期限で使えるものもある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
お釣りが出る商品券は使用時にその一部が現金に換金可能だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これら三点の違いによって多様な方向で商品券の流動性が異なってくる。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;b&gt;全国百貨店共通商品券&lt;/b&gt;は大抵のデパートで使える。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
一例として池袋であれば、西武百貨店とその配下の商店エリア、東武百貨店とその配下の商店エリア、サンシャインシティアルタで使えるが、それ以外の店では使えない。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;お釣りが出るのがメリットだが百貨店系列でしか使えないのがデメリットだ。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;b&gt;ＪＣＢギフトカード&lt;/b&gt;は百貨店に限らず、ＪＣＢギフトカード取扱店であれば様々な種別の店で使えるがお釣りは出ない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
池袋で書籍を買う際にはジュンク堂で何を買い、西武百貨店の三省堂で何を買うか戦略を立てるのがちょっと楽しい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
どちらの商品券も有効期限が無い点では同様に高品質な商品券と言える。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;東京には&lt;b&gt;区内共通商品券&lt;/b&gt;というものがある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これは例えば豊島区の区内共通商品券であれば、豊島区の商店街連合に加入している店で買い物をする場合のみに有効な商品券である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;老人会で配布される板橋区内共通商品券を祖母から貰ったことがあるがそれ程品質は良いとは言えない。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;板橋区に行かないと使えないし、期限が発行日から２年で祖母に配布された時点で１年過ぎていた。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;ただし、お釣りが出るので現金と併用しなくとも済むのがメリットだ。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;区内共通商品券には有効期限があって、例えば豊島区の現行のものでは発行日から２年間となっている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　※ 以前は有効期限が不定のものもあった。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　　使用条件は商品券によって・区によって異なる可能性がある。&lt;br&gt;
　　ともかくも東京２３区というものは区によって異なるものが多いから要注意だ。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
私は商品券を使って買い物をする機会がわりと多い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
知人に貰ったＪＣＢギフトカードが使いきれぬまま残っている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ご奇特な知人がお中元や年賀に添えて持ってきてくれるし、冠婚葬祭や見舞いでなにかと商品券でお返しをいただくことも多い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;祖母は百貨店共通商品券をしょっちゅうくれるし、夫はシャレでジェフグルメカードという全国共通お食事券をくれたことがあった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;夫が契約していた会社の健康保険組合で健康診断の後に配布された商品券で、「ほら、これで吉野家行って来い、使えるぞ」などと言ってからかうのである（LoL）。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
素直な私は本当に吉野家でその券を一枚使い、残り一枚はまだ使わずにとっておいてある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
商品券は有効期限は設けられていなく、いつまでも使えるものが安心であり、スーパーなどのポイント制で発券される買い物券のように期限が一ヵ月しかないようなもの（もはや商品券とは言えないシロモノだが）は不便だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
発券した買い物券を使い忘れてしまい損をしたことがある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私の知る限りでは有効期限が無くてお釣りが出る全国百貨店共通商品券が一番重宝する。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
百貨店でしか使えないデメリットは百貨店の近くに住んでいる私にとってはなんら問題ない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
割高な商品の多い百貨店であってもデパ地下の食料品店や百貨店内に書店があれば使う機会は十分にある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;◆&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
１０月からの消費税率変更に伴い、プレミアム商品券の申し込みが始まっているらしい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
配布対象世帯は、おおまかに言うと、一人暮らしの高齢者・子育て世帯・低所得世帯である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
関連サイトを閲覧すると、”額面以上の割り増し金（＝プレミアム）が付いた商品券のことで商品券の購入価格以上の買い物ができる商品券” とあるが有効期限が極めて短くて来年の３月までだそうだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　※ 正確な期限や使用条件は自治体によって異なる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これら対象世帯に対して消費税が上がることによる負担を軽減するために設けた制度であるが、お釣りが出ない上に有効期限がちょっと厳しいように思える。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
有効期限を設けたのは消費を促すためであるのはわかるが、商品券を余すことなく使おうとして反って無駄な買い物をしてしまいかねない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
経済弱者保護のための制度であるならば有効期限をもっと長くしてお釣りが出るようにしたほうが良かったのではと思う。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33908953.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 Aug 2019 22:53:07 +0900</pubDate>
			<category>その他経済</category>
		</item>
		<item>
			<title>250： モラハラ、経済と交換</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;i&gt;諸事物の断片（２５０）&lt;/i&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;モラハラ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
harc&amp;#232;lement moral（仏）、moral harassment（英）を原語とするモラルハラスメントの略である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ウィキペディアでは、「モラル（道徳）による精神的な暴力、嫌がらせのこと」とあるが、これはちょっと余計な言葉が足されていて、説明としては今一つだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
モラルとあるから道徳的にという意味を付加しなければならないと考えたのであろうが、この語句の場合、原語の moral は、「道徳に関する」という意味ではなく単に「精神的な」という意味で解するべきである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
結果としてはモラハラの行為は道徳の欠如になるのだろうがハラスメントという単語に対して限定したいのはそれが精神的なものであるからだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
単にハラスメントでは目に見える動作しか意味しないから moral で修飾しているわけである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
広い意味ではセクハラやパワハラもモラハラの要素を含んでいると言えるが通常のモラハラは夫婦間のような社会とクローズされた家庭空間で問題とされるケースで使われるものでＤＶの一種として位置付けられている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それにしても、現代社会はハラスメントへの言及がなぜこうも頻繁に起きるのか私はつくづく不思議なのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
みんな、○○ハラが好きなんだねぇ、なんて私はつい思ってしまうのだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
こんな言葉をつくって社会現象として扱わなければならない程、人間関係を当事者どうしで解決できないこと自体をなぜ問題視しないのだろうか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これは白人社会の悪しき合理主義の名残であって日本社会はこの欧米からの真似ごとを無批判に取り入れているように思えるのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
たしかに相手を苦しめたり嫌がらせをしたりする人間が悪いには決まっているが、そうした人間（あるいは環境）と縁の切れない人、そうした人間をパートナーに選んでしまった人のほうをも私は信用できかねるのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;経済と交換&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
モノとモノの交換を経済と云うならば最初の経済は相手を殺すことであった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
人の歴史は人殺しの歴史である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
強奪するには相手も必死だから殺さなければならない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
イルカの雄は交尾したくなった雌に雄や子供がいる場合には相手の雄や子供を殺してから雌を手に入れる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
雌に家族がいなくなれば寂しくなって自分を受け入れてくれると雄は考えるからである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
雄は自分が逆に相手の雄に殺される危険もある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
これが交換の原初である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もちろん、不等価交換だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
こんなことが経済的行為だろうかと思う人もいるだろうが最初の交換は常に命がけである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いつも命がけでは命がいくつあっても足りないから互いに殺さずに済むような形でモノとモノを交換するようになった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
強盗やテロリストはいつまでも原初の経済を維持する道を選んだと言える。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
盗人猛々しいとどこかの国の大統領が言っていたが、泥棒の神も経済の神も同根である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
それはギリシア神話のトリックスター、ヘルメスだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
しかし等価交換なんて本当にあるのだろうか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いや、それは有るという前提でないと経済が回らないから有ることにしているのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もちろん社会はそのような交換だけをしていればいいわけではない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
交換価値では還元できない真価も流通させねばならない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
カントの定言命法「自分や他人を単に手段として扱ってはならず、常に同時に目的自体として扱わねばならない」の実践も必要だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
社会において、そうした実践に努め、真価をつくりだしている度合は企業家によってピンからキリまでの差がある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
持ち帰り弁当店「ほっともっと」の店舗の一部が閉店に追い込まれた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
安くて美味しいのり弁を初めとして丁寧な作り方が定評の企業である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
常連客から評価されていた店舗も閉店となった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
人件費などのコストの問題で経営が立ち行かなくなったと言われているが原因はそれだけなのだろうか。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
どうも怪しい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
美味しい白身魚のフライを安価で提供する店が不振となる一方で、白身魚を薄くスライスして粉で水増ししたようなフライを弁当に入れているような企業がコンビニ業界でトップであるという事態は、資本主義としては正しいあり方であっても、真価を流通させねばならない現代経済としては褒められたものではない。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&amp;nbsp;以上&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33908171.html</link>
			<pubDate>Sat, 10 Aug 2019 22:55:11 +0900</pubDate>
			<category>クリエイティブライフ</category>
		</item>
		<item>
			<title>249： 平和の像、トマト、アビーロード</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;i&gt;諸事物の断片（２４９）&lt;/i&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;平和の像&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
板橋区役所庁舎には北村西望の最後の作品「平和を祈る」が置かれてある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
肉感的な男性として具現されたこの銅像は長崎の『平和祈念像』を手のポーズはそのままで立ち上がらせたかのような立像である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
言わずもがな、この長崎の有名な像と作者は同じであるが大きさは等身大に近い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
穏やかに制止するような左手と天空を愛撫するかのような右手のポーズの妙は天も地も鎮めようとしているかのようだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
たくましい肉体と長髪はサムソンのようにも見える。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私は仲宿商店街に行くたびに、あるいは都営地下鉄三田線に乗るたびにこの像を眺めるのである。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f6-c8/aminonamedoor/folder/1136641/42/33907942/img_1_m?1565391431&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_1024_683&quot; style=&quot;&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;374&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;トマト&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私の家では家庭菜園でトマトを育てている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
去年まではミニトマトだったが今年初めてふつうの品種のトマトが実った。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
そのことを私は最近まで知らなかった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
菜園は母と祖母がやっていて私は手伝い程度である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私の知らぬ間に母達は近所の人々にもぎたてのトマトをおすそ分けし、興味をもった通りすがりの子供たちにも分け与えていた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もうあらかた収穫は済んでしまい最後の一房をこうして私に持ってきてくれたのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
かじってみるとちょうどいい具合に青臭さが残っていて東京の家庭菜園にしては上々であった。&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f6-c8/aminonamedoor/folder/1136641/42/33907942/img_0_m?1565391431&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_2592_1728&quot; style=&quot;&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;373&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;hr&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;アビー・ロード&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
昨日８月８日はザ・ビートルズの最後の作品『Abbey Road』のアルバムジャケットの撮影５０周年を祝い、ファンがアビー・ロードに集結したと云う。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
このフォトセッションはビートルズがレコーディングに使用していたＥＭＩスタジオの前にある横断歩道で行われたものだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;通りの名前に過ぎないアビー・ロードがビートルズのアルバム作品の名前になり、この作品以来、ＥＭＩスタジオに代わりアビー・ロードスタジオと呼ばれるようになった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;撮影のきっかけはポール・マッカートニーの提案からである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
最初は新作のアルバムのジャケットをエベレスト山頂で撮影しようというプランに嫌気をさしたポールが「面倒くさいから下に降りて撮ろうや」と言ったのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
彼らが横断歩道を渡っている様を前方から来る車目線で撮っただけのシンプルなものであるがとても斬新である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
四人の足取りが綺麗に揃っていて美しい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ポールだけが裸足で歩いているジョークがポール・マッカートニー死亡説のファクターの一つになったのは有名な話である。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
神父のジョン、葬儀屋のリンゴ、墓堀人夫のジョージが死者を埋葬するという図柄だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ポールが死んだというのは彼の才能が枯渇したという比喩として解釈もされよう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
死亡説が流れたのはジョージやジョンのヒットとは対照的にマッカートニーの作品がセールス的に振るわなかったことに起因するのではないかと推測出来る。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
不吉にもその呪いはレノンに飛び火してしまった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今日の「Ｎスタ」でこの件につき報道局解説室長の牧嶋氏がユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネーなど収録曲を鼻歌でやりだしたのは微笑ましかった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
「この曲からはメドレーになるんです」みたいなことを言いながら一人で盛り上がっている牧嶋氏がちょっと可愛かった（LoL）。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
うちの母と同じ世代の彼女もビートルズファンなのだろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
暴走気味の彼女への井上クンのリアクションも面白かったので私はお料理をこしらえながらケラケラと笑ってしまった。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f6-c8/aminonamedoor/folder/1136641/42/33907942/img_2_m?1565391431&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 3&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_660_660&quot; style=&quot;&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;560&quot;/&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33907942.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 Aug 2019 22:52:50 +0900</pubDate>
			<category>クリエイティブライフ</category>
		</item>
		<item>
			<title>結婚報道</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　&lt;br&gt;
久しぶりの慶事だ。　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今まで何処にも知られずにいたことが驚異だと誰もがささやいた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
最初は兄にも言わなかったし報告した際にもしばらくは秘密にしてくれと頼んだと云う。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
「謙さんには内緒だよ」とでも言ったのだろうか（LoL）。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
父親純一郎氏が息子のフィアンセと対面したときに「なんでクリスタルじゃないの？」とボケてみせると未来の嫁は「フランスではこうなるんです」と丁寧に説明したと云う。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;いったいどう丁寧に説明してこうなったのか話の真相が気になるが、想像するほかあるまい。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
cristal と Christel は全く系統の違う言葉であるが、クリステルは通常、フランス語圏の女性の名前として認識される。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この名前はファミリーネームで使用されることもあるが、いづれにせよ、仏和辞典には載っていない程度には一般的ではないが、左程珍しいほうではないのだろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
彼女は結婚するとしたら父親の母国人と結婚すると言っていた人もいたが、きっと日本人と結婚するだろうと私は思っていた。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
やはり人は母語が同じ人と結婚するほうが苦労がなくていい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
進次郎氏が結婚を報告した際に純一郎氏が「一度は結婚してみるのもいい」と言ったことも印象的だ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
結婚を経験としてみる観点もあるのだろうか。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
純一郎氏のように離婚をされた御仁ならばなおさらだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
主に男性であるが（専ら？）、結婚は墓場だと言う人もいる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
恋多き男性が結婚でその恋の道のオデッセイを打ち止めにするという意味だろうか。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
人生の一里塚のような経験ではなく墓場のような否定的でもない結婚生活が私の人生なので、一度はしてみるという結婚観に少し違和感を抱いたのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
結婚報道の渦中で多くの著名人やお二人に近しい人々のインタビューが流れたのを見ていて私は田中真紀子氏の顔が浮かんだ。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
一人の人物に親子二代にわたってあだ名らしきものをつけられるのも珍しいであろうし、特に父親純一郎氏に対しては昔の因縁もあったろうから、私はくすっと笑ってしまったのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
「政治家・小泉純一郎のまねはしたくないが、小泉純一郎のような父親になりたい」という進次郎氏の言葉も面白い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
決して平穏でばかりではなかった出自と子供時代はメディアに知られている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
純一郎氏をあえて政治家としてでなく父親として褒め、政治家としては厳しく処断するのはいかにも上手い。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いかにも小泉進次郎らしい。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
でも、６日でも９日でもない日を発表の期日に選んだという弁明はわざわざ言う必要もあろうかと思った。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
しかしやはり、今回の件では結婚を何処からもリークされぬまま、着席会見ではなく官邸内で立ったまま結婚を発表できた小泉進次郎氏の情報管理能力にみんなが脱帽したというのが最大のインパクトだろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
この点だけは、脇の甘い議員や閣僚によく見習っていただきたい ．．．．と新聞のコラムみたいに終わりにしておく。&lt;br&gt;
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&amp;nbsp;以上&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/aminonamedoor/33907673.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Aug 2019 22:58:30 +0900</pubDate>
			<category>国内</category>
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