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ただ今
玄関を開けると母が待っていました
ちょっと おいで
話しがあるけん
台所へ行くと 熱いお茶を出してくれた母
「〇さん 帰ってきとらしたとね」
うん。
「もう、ちゃんとはっきりさしたと?」
うん、
「そいで、あんたはどわんしゅうって思ってると?結婚するって言いよらすとね!」
うん。
「○さんのお母さんの電話さしたよ。謝りよらしたけど・・・。」
そうね。
「お父さんに話しばせんばけんね。あちらから挨拶に来るって言いよらしたけん」
会うと?
「話ばすすめんばやろ・・このまましとっても別れんとやろ」
うん。
「お父さんに言ってみるけん どわん言わすやろかね・・・。」
うん。
「もう今夜はよかけん。お風呂に入りなさい」
うん。
私はそんな短い返事しか出来ませんでした。
でも、母は私を責めはしませんでした。
ただ、深いため息をついていました
日にちが決まって、彼と両親が家に来ました
父がどんな態度をするのか不安でした。
長崎から戻ってきてからまだ、父とは話していませんでした。
彼の両親が頭を下げています。その隣で彼も。
「このまましとっても、別れんだろうから、一緒にさせて下さい」
彼のお父さんが言いました。
「○さんと結婚させて下さい」
彼の言葉。
父は暫く黙っていました。
母はその横で下を向いて。
「○(私)は結婚したかとね?」
はい。
次の瞬間
父が両手を付いて、頭を深く下げました。
「ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」
緊張が解かれた瞬間でした。
母は隣で涙ぐんでいました
「ありがとうございます。幸せにします」
彼が頭を下げました。
「良かったーお父さんもお母さんも怒ってらっしゃるやろうけど、ありがとうございます。」
彼のお母さんが笑顔でそう言うと
「本当は許したくないとです。この子の泣いてる所ば知ってるけん。でも、この子が〇さんと結婚したいなら、反対出来ませんから」
母が言いたくなった気持ちがわかるだけに胸が苦しくなりました。
「本当に申し訳ありませんでした」
もう一度頭を下げる彼とご両親。
わたしたちの結婚が決まりました
でも、兄はどうしても許せないからと会うことを拒み続けました
そして、仮婚式を結納の日に挙げて私たちの新居での生活がスタートしました
昭和63年12月1日
24歳の冬でした
新しく建てられた県営住宅は3LDKという間どりの当時初のマンションタイプでした。
結婚式はその頃ちょうど、危篤が続いていた昭和天皇の容体の為に延期しました。
建設会社はそういうことに敏感だっのです
其の日。
私は幸せの中に包まれていました。
入籍も済ませていましたので当然名前は変わりました。
全てが新しくスタートしました
その後も仕事を続けながら、忙しい毎日を送っていました
彼の為に朝早く起きてお弁当を作る喜び。
もう時間を気にせずに、彼の腕の中で眠れる幸せ。
何もかもが輝いていました
1月末。身体の異変に気が付きました
2月になって産婦人科を訪れた私はこの24年の中で、一番幸せな瞬間を迎えていたのです
「おめでとうございます。妊娠してらっしゃいますよ」
このお腹の中で命が芽生えている
私の身体の中に、もう一つの命の存在を知った時の感動は、今でも鮮明に覚えています。
子どもが大好きな私は、一日でも早くそうなることを願っていました。
不安はありました
彼です。
彼には、幼い頃に辛い経験をしてきたということがありました。
喜んでくれるよね・・。
私はお腹に手を当ててかばうように家に帰りました
命を育てる。命を守る。
私は夕方帰ってきた彼に告げました
「おお 凄い良かったね!!おめでとう」
子どもが欲しいとよく言っていた私にそう言いました
うん。これからパパとママだよ!よろしくね
私は喜びでいっぱいでした
母になれる。自分の身体の中で命を育てられる。
私はお腹に手を当てて、お風呂に向う彼の背中を見ていました。
可愛がってくれるよね。
自分の子どもだもん。
大丈夫だよ。お母さんがあなたを元気に産むからね。
ありがとう お母さんになれて幸せだよ
平成元年に替って4月16日
5か月に入って丸く膨らみ始めたお腹で結婚式を挙げました
前の日から実家に戻った私はその辺りの風習に倣って御出立という前祝いを家でご近所の方を招待して御馳走を振る舞います。
艶やかな花嫁衣装に身を包んで、椅子に腰かけてみなさんからの祝辞を頂きます
その後、国道近くまで歩き披露しながら行きました。
母の写真で観たような光景を同じ年齢になった、私がしていました。
式には会社関係の方が多くて、殆ど知らない方ばかり、政治家やどこかの社長クラスの方にお祝いを永延と言って頂きました。
私が祝辞をお願いしたのは、高校の先生の田川先生と、会社の専務。専務はギターも弾いて下さいました。友人代表はキーコじゃなかった。
何故?
兄と同じでした。
兄は式にも欠席しました
仲良しの友人は出席したくれましたが、結婚には最後まで反対でした。
職場の同僚は喜んでくれました。
この先の私を予言していたのでしょうか・・。
友人が何故反対していたのか・・・。
平成1年9月15日
長女 誕生3258グラム
回旋異常により25時間の陣痛後、帝王切開での出産でした。
髪が黒い!!
声も大きくって元気です!!
「女の子ですよ」
最初の子だから性別は聞いていませんでした
胸の上で初めての対面
こんにちは わたしがママよ
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