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お姉さんは乳がんからの転移でした
乳がんで入院している患者さんも多く、そのほとんどの人が誰もいない時間を見計らって入浴していました。
私も入院後半は、殆どそういう時間を待って入っていました。
一人の時間
薬の影響で皮膚も髪もボロボロでした。
トリートメントしても柔らかくならない髪。いっそ短く切りたい。
病院には床屋さんがあって、そこで入院患者さんや退院後の検診に来た人が髪を切っていました。みんなが行くような美容院へは行きたくないからでしょう。
私もある日、その床屋さんで髪を切りました。
バサバサの髪を短く切って、少しは元気そうに見えたと思いました。
元々天然で柔らかいウエーブの髪が、針金のように硬くなっている。
主人が出ていった時から髪は短くしていましたが、その頃は坊主頭にしたいくらいでした。
でも、お姉さんは嫌でも、その坊主頭だったのです。
黒髪のボブ、それは鬘でした。
いつも毛糸の帽子を被っていたから分からなかったけど、弟さんの法要で、外泊することになった時、帽子を脱いで、ボブの鬘を被っておどけて見せてくれました。
病院には毛糸の帽子を被った子ども達も沢山いました。
男の子は可愛らしいくりくり坊主でも、女の子は帽子でした。
退院後、ステロイドを服用することを止めた時から数カ月して、髪は元に戻りました。
肌のかさかさも次第に取れて、顔の腫れも治まりました。
絵本を出して、お金はすっかり無くなってしまっていたので、働く事を考え始めていました
でも、この右目があるから、他所に働きに行く事には自信が持てない。
ある夜
地元のフリーペーパーに載っていた、結婚相談所の支部募集
昔からキューピット役をしてきました
縁を結ぶこの仕事が、私の求めていたものかも知れない。
そう思い込んでいた時には走り出していました
佐世保支部「あみカフェ♡TO」4月4日開設
末の息子の誕生日の日でした。
季節は春
近所では桜祭りがおこなわれていました。
一年後に閉鎖することになるなんて思いもしませんでしたが、その時は希望に溢れていました。
病気をした事で、たくさんの人と出会いがありました。
入院生活で、子ども達が大きく成長できました。
人の痛みが分かる事
それは身をもって体験しなければうわべだけの言葉にしかならないかも知れません。
右目の複視は奇跡が起きて、その年の2月に回復しました。まだ完全ではないけれど、ブレはある角度でしか起きなくなりました。
初めての城
ここから始まる
ブログを始めるきっかけになったのが、店のオープンでした。
ホームページを途中まで作った処でパソコンのトラブル。
気を取り直して、このヤフーブログにチャレンジしました。
機械音痴の私。
四苦八苦しながら、初めて訪問して頂けた時の感激。
しどろもどろしながら、コメントに返事を出したものでした。
私には愛する家族、そして友人や好きな人がいます
私はこれからも悩みながら、進んでいきます。
このブログで出会えた全ての人に感謝します
時にはお叱りも受けました。
沢山の励ましもいただきました。
去年から伸ばしている髪も随分長くなりました。
女である事を忘れて、父親と母親を遣ってきたつもりでした
もうその役目は果たせたようです
母である事に変わりはありません
これからもずっと、子どもたちのおかんです
ただ、私の頑なな心が溶けて、女である人生を再び歩いていこうと思った時から、全てが愛おしく思えました。
空は青い
雲がゆっくり動く
海が凪いでいる
穏やかな陽の光の中で、後ろに束ねた髪をほどいてみた
柔らかな髪が頬にかかる
生きていて良かった
こんなにも幸せな日々が過ごせる
あと何年かしたら、子ども達が巣立っていきます
その時に笑顔で送りだすから
あなたたちに出逢えて私は幸せです
幾つもの道があるけれど、その道を選ぶのは自分
私の道もまだまだ続きます
愛する人たちへ 感謝をこめて笑顔で言いたい
ありがとう
病床日記はおわりです。
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