|
住職が最初に向かった先は俺の知らないサナトリウムだった
最期を静かに迎えることが延命治療よりもマコが望んでいたのだ。
海の見えるそこには教会があって、初老のシスターが出迎えてくれた
「お変わりありませんか?ミキちゃん、大きくなられたでしょうね。」
優しい眼差しに俺はどぎまぎして答える
「はい。おかげさまで、すっかり大きくなって私が叱られています」
「まあ、しっかり者!やっぱりマコさんのお子さんなのですね。聡明な方でしたもの」
「あの・・シスター此処には私はよく来ていたんですか・・」
「ええ、週2日、週末は必ず・・どうかなさいましたか?」
シスターが戸惑いながらも微笑んでいた
「実は・・記憶が無いんです。今朝起きたら、これまでの記憶がすっぽり抜けていて・・」
「まあ・・それは驚かれた事でしょうね・・何が原因でしょうか?」
「自分には何が何だか全くわからないんです。」
シスターは静かに頷いた
「それで此処にいらしたんですね・・・あっ!そういえばお渡しするのを忘れていたのですが、マコさんが小林さんに預けていたらしくて・・ちょっと取ってきますね」
小林?誰なんだ?
教会のステンドグラスが美しく輝いていた
イエスを抱いたマリア像
マコはどれくらいの間、どのくらいの時間をミキと過ごせたんだろう・・。
マリア像を見つめながら、知らないうちに頬が濡れていた
慌てて涙を拭った
「お待たせしました。先週、小林様が突然ここにいらしてお預かりしたんですよ。直ぐに連絡したのですがうまく繋がらずに今日になってしまいましたが、お渡し出来て良かったです。これもお導きなのでしょうね。」
シスターから受け取った封筒
中には一枚のメモリーカードが入っていた
「シスター小林さんという方はどんな感じの人ですか?ああすみません。何にも想いだせなくて・・」
「小林様のお話しですと、なんでもお二人とは旧いお付き合いで、カクテルバーっていうんですか?そのようなお店をしていらしてるみたいでしたよ。」
「マスター!!マスターです。そうか・・マスターがこれを・・・」
住職を見た
「シスターありがとうございました。」
「今度はぜひミキちゃんも連れていらしてくださいね。お待ちしていますから」
「はい。必ずまた来ます。」
シスターに見送られて車は走りだした
「此処に来たのはマコさんに呼ばれたのでしょうな・・」
「はい。住職・・」
今、受け取ったカードに何が残されているのか
「参りましょうか。図書館でよろしいかな?今時の方はネットカフェが良いでしょうが・・」
暫くいくとネットカフェとカラオケが一緒になっている店の看板が目に入った。
「住職。すみませんが早くみたいんです。あの店に寄っていただけますか?」
「そうですな。それが良いでしょう。」
その店に入ると、住職を見てみんな驚いて振り返る
「あはっはっは。人生初体験も面白いですな」
そう言って笑ってくれたから俺は少し緊張がほぐれていた
男二人が入るには狭い部屋だったから申し訳なかったが住職はずっと微笑んでいた。
パソコンの画面に映し出された光景
あのマンションの部屋。
マコだった
あの頃より痩せていたがお化粧をして、髪飾りもつけたマコが照れたように笑った
「照れるね・・元気にしてる?ミキとはうまくやってる?驚いたでしょ。マスターにお願いして撮っています。」
マコ・・・綺麗になっていた
あの頃も綺麗だったけど、母となったマコはもっと美しかった。
|
合言葉は愛し合ってるかい!
[ リスト | 詳細 ]
|
ミキの案内でマコの墓の前に立っていた
ミキを産んだ翌年・・・マコはこの世を去っていた
住職さんが俺達を見掛けてお茶によんでくれた
「毎月、毎月熱心ですな・・」
お抹茶がカラカラに乾いた俺の喉を潤して、思わずホッーっとため息を漏らしていた
「ご主人どうなさったかな?何か悩みでも抱えてるようにお見受けしたので此処におよびしたのじゃが。」
住職の言葉に俺はびっくりして住職を見つめた
ミキはお抹茶が苦かったのか半分も飲んでいなかたった。
奥から奥さんらしい人が現れてミキを母屋へ連れて行ってくれた。
多分これも住職の計らいだったのだろう
「住職・・・こんな事言っても頭が変になったなんて思わないでくださいますか?」
俺は住職に話しを聴いてもらう事に決めた
住職は微笑みながら頷いた
「俺・・私はまだ信じられないんです。あんなに元気だったマコ・・・家内が逝ってしまった事が・・・家内は本当に癌だったのでしょうか・・俺が命を短くしてしまったように思えてならないんです。」
多分マコの病名は癌だと思って口に出してから確信した。
「そうですな、奥方はとても明るいお方でした。なにせ、生前葬まで思いついた程気丈な女性でした。ご自分が癌だとわかった時、母親の眠る墓に自分を埋葬するように頼みにきた程にね。」
そこまで言うと住職は自分の前に置かれた湯飲みも取り、一口飲んだ。
マコは自分で、自分の入る墓を決めていたのか・・俺の実家の墓じゃなく・・・
「あの方は貴方の将来を考えて悩み抜き、答えを出したんでしょうな。籍を入れなかったのもその為だったのですな。」
何?籍が入っていない?
喉がゴクリと鳴った
「貴方にこどもを託したくないとも・・・負担になりたくないと笑って言ってらした」
俺は正座していた。
体が揺れているような感覚
マコは結婚式は挙げたけれど、俺の籍には入らなかったのか・・・何故・・。
「ミキちゃんが無事に生まれた事が唯一の救いだったと・・・自分の命が消えてしまっても、この世に生きた証が残せる事が生きる希望だと。よく頑張りましたな」
ミキが生まれる前から、マコは病に冒されていたのか・・。
何時から知っていたんだ?
「抗がん剤治療を拒み続けた・・ご主人はさぞお辛かったでしょうな」
辛かった?俺はそんな大変な時を全く覚えていなかった。
何故記憶が無いんだ。
これもまだ夢の続きなのか?
「住職。聴いてください。私の記憶が変なんです。覚えていないんです。」
住職は驚いたように俺を見た
「それは?このごろの事を想いだせない?それともその過去を?」
「こんな事があるんでしょうか?俺・・いや私がまだ、家内と結婚した時の事も、ミキが生まれた事も、そして・・マコが死んだ事も全く想いだせない。。覚えていないんです。」
住職は湯のみのお茶をもう一口飲んだ
「記憶喪失・・何らかのショックが原因かも知れませんな・・頭を酷くぶつけたとか」
「いや・・その結婚前に滑り台から落ちた時からの記憶が全く無いんです。今朝目覚めたら、大きくなったミキがいたんです。。。。」
住職は立ちあがった
俺の頭を確かめるように撫でる
「この傷ですな・・その時の怪我は、随分前の傷のようだ。」
やはり頭の傷は昔のもので、今今のものでは無かった。
抜け落ちた記憶
俺は一体どうなった?
あの時に戻りたい
マコに結婚を申し込みに行ったあの夜に・・・
砂時計のような時間の砂が少しずつ足元に落ちていく
手ですくいとり砂を容器に戻そうとしても
砂はきめ細か過ぎて指の隙間から零れていく
住職が手を差し伸べる
「戻ってみましょう。過去へ」
「えっ!住職・・・どうやって?」
「暫くの間、ミキちゃんは此処で預かりましょうな。家内が居るから任せてやってくださるかな?あれも子がみな大きくなって寂しがっておったから」
住職の笑顔に思わず頷いた。
そうだ。今、ミキと一緒にいてはミキまで混乱させかねない。
俺は住職に付いて車に乗り込んだ。
|
|
マコが死んだ
そんな・・何でだ・・
娘はここにいるし、俺はパパと呼ばれてるって事は・・・
マコと俺は確かに此処で結婚していたんだな・・マコはいつ死んでしまったんだ
何故だ・・何があったんだ・・・マコ・・笑顔のマコは変わらず俺に笑いかけていた
「ねえパパまだなの?なんだ〜ママにお話ししてたんだ・・ママなんだって?」
ミキを見ないで声だけ聴いてると、その口調がマコに似てて俺は思わず涙ぐんでいた
「パパ・・・泣いてるの?ママに逢いたい?寂しい?ミキがいるから・・ママが命をかけて産んでくれたミキが・・・パパ・・ごめんね・・・ミキのせいで・・・ミキのせいで・・ママ死んじゃって・・」
ミキが泣いている
後ろをふりむきミキを抱きしめた
「すまんすまん。ミキのせいなんかじゃないさ・・神様がママに恋してしまったんだよ。」
「神様がママに?」
「ああそうさ。ミキのママはとても素敵な女性だったから、神様が俺と引き離してしまったんだ。俺のせいかも知れない・・・」
「パパ・・チーズケーキ作ろう・・今日はママの命日でしょ。。。お供えしようよ」
ミキは俺のシャツに涙を湿らせていた
「ああそうだな・・命日か・・よし!作ろう。お供えして。。墓参りに行こうな」
「うん。ママ喜ぶよ!!」
ミキは無理に笑ってみせてくれた
俺はまだ理解できずにいたが、目の前の現実を受け止めて、なるべく情報を集める事にした。
マコの書いたレシピを見ながら、ほとんどをミキが作ったんだが、旨そうなケーキが焼ける匂いが部屋中に広がっていた
本棚にアルバムがあった
ケーキが焼けるまでそのアルバムを見ながらミキと想い出を追った。
結婚式は仲間だけで祝ったようだ
ドレス姿のマコの笑顔が眩しく輝いていた。
俺は柄にもなくグレーのタキシード姿で苦笑いしてた。
お腹がふっくらしたマコ
今にも破裂しそうに大きく膨らんだお腹を大事そうに庇いながら笑うマコ
分娩室に向かうマコのピースサイン
生まれたてミキと嬉し泣きしてるマコの頬にキスしてる俺
ベビーベッドのミキ
ベッドのマコ・・・髪を剃ってるのか・・白い毛糸の帽子を被っていた。
顔いろが随分青くなっていた
赤ん坊を産んだからか?
痩せていくマコの姿・・胸が詰まる。。。
「ママ・・頑張ったんだよね・・ミキのために・・・」
「ミキ、お前を産むためにママは生まれてきたんじゃないかな」
「ミキのため?パパのためじゃなくって?」
「ああ ミキをこの世に誕生させることがママにとって一番の幸せだったんだ」
チンー!!
「焼けたー!!パパー焼けたー!!」
無邪気な笑顔のミキを俺はギュッと抱きしめた。
|
|
『パパったらー早く早くーもうーいい加減にしなさい!』
言い方がマコに似てて驚いた。
俺は頭に触れてみた
きっと打ちどころが悪かったんだ。これは夢に違いない。
けれど何処も傷みは無く、その変わりに髪の毛の薄い部分に縫った後があるようだ
『こんな処に傷・・・まさか・・あの時の傷がこれって事か?それなら本当に俺の眠ってる間に時間だけが過ぎていった?そんな馬鹿な・・あーいかんいかん水でも飲もう』
冷蔵庫のドアを開こうとして驚いた
冷蔵庫だけじゃなく、台所のあらゆる場所に所在が書かれて貼ってあり、その紙にはイラストも描いてあった。よく見るとその紙はもうだいぶ長い時間をそこで過ごしたように色褪せて見えた。
マコは?
マコはどうしたんだ?
まさか俺達って結婚したものの早くも別れた?
俺がこどもを引き取って育ててる?
そんな馬鹿な!
この俺がこどもと二人暮らしだって?
ありえない 絶対にありえない!!
俺はこどもが苦手だ
特に我がまま言って叫びながら泣いているこどもが嫌いだった。
「パァパーほらちゃんと顔洗って!!歯磨きもね!!」
この子が俺とマコの娘か・・・マコに似て気が強そうだ。
俺に似てなくてホッとした。かなり美少女で、賢そうだ。
『あのさ・・えっと・・・名前は・・・リコ・・・』
「パパ?一体どうしたの?娘の名前を忘れた?美樹!!リコってだあれ?まさか・・・パパの新しいガールフレンドの名前じゃないでしょうね!!」
あはははは
俺ってそんなにガールフレンドいるんだ・・
しかも、娘公認か?マコの奴どんな教育してたんだ?
『あはは〜ちょっと夢で観た女の子だよ。ミキ。。処でマコ、ママはどうしてるかな・・』
ミキは首を傾げ、腕を組むと右手を顎につけて考えていた
『きっとお花畑からパパが寝ぼけてるの観て大笑いしてるでしょ!!はいはい顔洗って〜早く作ろうよー!!ママのレシピのベイクドチーズケーキ!!』
タオルを渡されて洗面所まで背中を押されて入った
そこの壁にも洗濯の仕方やらなんやらが事細かく書いてあるメモが貼ってあった
マコは何処へいったんだ?
ハブラシに歯磨き粉を付けて歯を磨きながら俺は棚を見た
女物の洗面用品や化粧の類は一切なかった
マコの痕跡はこのメモだけ・・・。
オカシイ
まあ離婚してんなら当たり前か。。。
待てよ・・・ミキがさっき何言った?
お花畑?
おいおい
ちょっと待てよー
そんな・・・まさか・・・マコが?
急いで口をすすぎ顔を洗うと俺はリビングに走った
そんな・・・どうして・・・
写真の中のマコは幸せそうにピースサインをしていた
けれど
その横に一輪の白い薔薇が飾ってあった。
|
|
マコが放った言葉が胸に刺さる
あれからマコと別れて俺は一人いつもの酒場にいた
バーボンをロックであおる
「おいおい無茶な飲み方するな。」
マスターが苦笑いしながら言うと俺も笑った
「マスター俺とマコがさ・・もしもだ・・夫婦になるって事になったら上手くやっていけるのかな・・・」
マスターはグラスを落としそうになるほど驚いていた
「それって・・ん?どうなってる?まさか・・お前が手出したのか?」
「当たり・・あいつ妊娠してて、俺の子だってさ・・・笑えるだろう?あいつと俺だぜ?大学の頃からツルんでた男友達みたいな奴と・・・」
マスターは店の外の灯りを落すとクロスの札をかけた
バーボンを氷に入ったグラスに注ぎ俺のグラスにカチンと合わせた
「落ち着く処に落ちたって事だな・・まあおめでとさん」
「めでたい?めでたい・・めでたいって事か・・・そうだよな。赤ん坊が生まれるんだ。
喜ぶべき事だよな・・そうだ、そうだ。喜んで良いんだ。なあマスターそうだよな?」
マスターはウインクしてグラスのバーボンを飲みほした。
ふらつく足で辿り着いた場所は
マコの住むマンションの前だった
マコが居る部屋の灯りはもう消えていた
「もう寝てるよな・・・」
マンションの前にある公園に入る
この公園で何回、マコと語っただろう
ブランコに乗ってジャンプの距離を競争した
滑り台の上まで昇って滑らずに夜空の星を見上げた
星が煌めく
幾つもの星が俺に問いかける
「お前はマコを幸せに出来るのか?」
「赤ん坊を愛せるのか?マコを愛してるのか?」
流れ星が一つ
アッ!
その後を追うようにもうひとつ星が流れた
小さな赤い光がちかちかと目に入る
「酔っ払っちまったか・・」
目頭を押さえてみた
そっと目を開ける
目の前に赤いビー玉ほどの丸い玉が浮かんでいた
「おいおいこれはなんだ?幻まで見るほど俺は酔ってるのか?」
ふらつきながら滑り台の途中で立って、目の前の玉を掴もうと手を伸ばした
ふわふわ浮かぶその赤い玉は逃げるように手をかわす
「ちくしょう・・絶対捕まえてやるぞー!!」
体がぐらつく
構わず飛んだ!!
「よっしゃー!!捕まえた!!おおおヤバッー落ちるーうわああー」
俺は滑り台から横に落ちていた
落ちていく中で手の中の赤い玉を見て笑った
赤い玉がマコの顔に見えた・・・泣いているマコ・・・。
「俺は幸せを掴んだんだ。マコ・・お前も俺が幸せにするから、一人で泣くなよ・・」
夢を見ているのか?
俺は見知らぬ家のベッドの上で目が醒めた
『パパー早く起きなさいー!!』
小さな可愛い女の子が俺の手を引っ張っていた
『パパ?これって夢だよな?』
『パパー今日は幼稚園お弁当の日だよー早く起きて一緒に作ろうよー!!昨日約束したでしょ!!大人が約束やぶっちゃいけないよ!!』
なんだこの夢
『痛っー』
女の子がほっぺたを抓る
『もうーいつまで寝てんですかー!!ママに言いつけるからね!!』
痛さがあるって事は・・・?
まさかだよな
そんな・・馬鹿な・・
|






