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高校3年生まではスポーツ万能だった大佐ちゃんdeath!
オイラが一番好きなスポーツは野球です。
小学校の頃は少年野球にも所属していました。
大佐ちゃんは第二次ベビーブームのまっただ中に生まれたので、小さな町出身でも子供の数は結構いたん
んですよ。
で、当時はサッカーなんてやる子供は皆無だったので、ほぼみんな野球をやってたのね。
田舎町なもので、実力制じゃなくて年功序列制でレギュラーが決まっていくんですよ。
どんなに能力があろうと6年生しか試合に出ることはできない。
そんな田舎ルールがあったのです。
大佐ちゃんは社会人野球をやってる伯父さんに小さい頃から鍛えられていたので、少4の頃には6年生
なんかよりずっと上手い自信があった。
でもあえて6年生になるまでは少年野球には入らなかった。
やっぱ試合しでてナンボでしょ〜。
6年生になり某野球チームに入団する。
大佐ちゃんの町には9チームの少年野球があった。
それまでは下から3番目くらいの実力だったチームだった。
取りあえず親友がそこに所属していたのと、ユニフォームがピンストライプで格好良かったのでそこに入
団した。
初日の練習で監督が大佐ちゃんのテストをする。
大佐ちゃんは腕力はあまりないので、タイプ的に言ったら篠塚タイプのバッターだった。
来た球はほぼ狙った所に打ち返せた。
そして肩が強かった。
当時のチームは捕手が弱かったので即捕手のレギュラーを獲得した。
大佐ちゃんはチーム1の俊足だったので1番を打たされた。
打率は7割を超えていたし、四球も入れると出塁率は9割近くになってたと思う。
そしてすかさず2盗3盗を決めて、ノーアウト3塁までもって行けた。
あとはゴロを転がして貰えれば1点は確実に入った。
大佐ちゃんのチームの投手は割と優秀で防御率は3点台程だったので、地区で2位の強豪チームにまで躍
進した。
地区大会で2位まで入れると県大会に出れるんだけど、そこは流石にレヴェルが高かった。
でも大佐ちゃんは渋いヒットかっ飛ばしてきたけどね。
チームはコールド負けの大惨敗で上には上がいる事を思い知らされた。
県レヴェルでは歯が立たないが、地区レヴェルならそこその成績を残せた1年間だった。
取りあえず、大佐ちゃんのバッティング技術はかなりのものがあり、中学に入学したときに野球部からス
カウトが来た。
でもやっぱり第二次ベビーブームで野球部員が100人近くもいたし、やっぱ年功序列で3年生になるま
では絶対に試合に出れないので、無駄な2年間を過ごしたくないのでお断りして帰宅部という選択肢を選
んだ。
6年生の後半からビルボードのヒットチャートにのめり込んで音楽少年と化してたから、運動よりも音楽
を聴いている方が楽しかったしね。
でも今思うと、中学の1〜2年の間我慢して練習漬けで頑張って、3年生の時にその実力をフルに発揮で
きたらもしかして、某有名高校からスカウトが来てたんじゃないかと思うくらい打撃技術には自信があっ
たのね。
だってボールが止まって見えてたんだから・・・。
まあ、たらればのお話なんですがね。
ちなみにオイラの同年代のプロの選手ってあまり実力者いないんだよね。
イチローは1つ下で、元木大介が1つ上で大佐ちゃんの同級生で甲子園のスターっていなかったんだ。
プロに入って頭角現してきたのが、和田ベンちゃんくらいかな〜。
あと西武の西口くらいしかいない・・・。
やっぱ野球は、高校野球、大学野球、社会人野球、プロ野球、みんな面白いねッ!
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