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3月26日(火)
まもなくキリスト教の年間の大行事、イースター(復活祭)がやってきます。2019年の今年は、4/21の日曜日が復活祭の日に当たるようです。
今まで考えたこともなかったのですが、最近ヨーロッパの民俗学に関心が出てきて、復活祭とはどういうものか、一応気になったので、ネットで検索してみました。
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イエスが十字架上で処刑されて3日目に復活を遂げたことを祝って、設けられたのが復活祭。春分の日が動くために、教会としては決めておきたかったんでしょうね。
古代キリスト教の時代、“A.D.325年”に開かれたニカイア公会議で、教会暦としての決め方が決まったと言います。「イースター(復活祭)は、春分の日を過ぎて、最初の満月の次の日曜日とする」というものです。
実暦では春分の日は3/20の年と3/21の年があり、複雑になりますので、教会の定める暦として春分の日は3/21と決めました。これが教会暦です。今年2019年の春分の日は3/21(木)。しかも、たまたま今年は3/21が満月でしたので、それを過ぎて次の最初の満月に相当する日は4/20(土)。したがってその後の最初の日曜日が4/21(日)というわけです。合ってたかな?
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すでに、街中のお菓子屋さんや玩具屋さん、コンビニやスーパーの店頭などには、生命の誕生と復活を象徴するイースターの卵などのシンボルのお菓子商材がずらりと並び、イースター商戦真っ盛り。商魂逞しいというか、話題起こしの賑やかさがお祭り騒ぎにでもなってくれれば、もっけの幸いといったところです。
ただ、一神教であるキリスト教やユダヤ教の、まじめな信仰の対象であるべきイベントを、日本人のようにお遊びや商戦の素材としてだけ利用されるのは、信仰心の篤い信者にとって納得いかないでしょうね。
一神教の信仰者にとっては、自分たちの信仰が唯一絶対だとしているわけですから、日本人は無信心で信仰心を持たない民族であると、勘違いされてしまう。じつは唯一絶対の神にではなく、森羅万象すべてに神威を感じ、手を合わせることのできる倫理観をもつ日本人は、ドナルド・キーンさんやトレヴァー・レゲットさんらが見抜いたように、信仰心が薄いのではなく、どの宗教に対しても敬意を持って宥和的にふるまうことのできる、実利的な徳性をもった民族であって、特定宗教にのみ肩入れすることがないだけなのだと考えることができます。
それらは、儒教によって培われた倫理・道徳、そして感謝の念を以て相手と対峙する武道の「残心」の心がけ、また舞踊・華道・茶道などの稽古事では、しぐさや手順の隅々に気を配ることをも「残心」と称する、日本人特有のこまやかな心遣いの有り様がそうさせるのだと思います。
世代が代わっても、日本が民主主義国家でいるかぎりは、前提として国民一人ひとりの資質の向上は常に求められるものです。
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最近、政治家を始め社会の各方面に顕れてくる日本人の心性・品性が、多少劣化してきたような気がしてなりません。阿蒙の僻目だけならいいのですが、どうなんでしょう。
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