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9月2日(火)
日経夕刊終面(文化面)に、俳優役所広司さんの談話が載っていた。
(後掲の画像参照)
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役所さんは、「『人生っていいな』と感じる潔い映画。出演作ではあるけれど、僕自身が感動した」という。葉室麟の直木賞受賞作を映画化した首題「蜩の記」がそれ。10/4公開らしい。
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じつはこのところ葉室作品を続けて読んでいた。作家の名前をほとんど知らないわたしが、図書館のハ行の棚から試しに借り出して読んでみたのが、葉室作品だった。
作品全体を通して「武士の気概」を色濃く醸し出す作品が多い。そのいっぽうでは、女性が主人公の作品やユーモラスな作品も書いている。
読んでいて、どこか「端麗辛口」なのだ。スーッと入って、あとから馥郁たる香りや旨味が感じられ、ベタベタ感がない。譬えてみれば熊本の純米酒「美少年」か。先日は高杉晋作を描いた『春風伝』を読み終えたばかり。読んでみれば、知っているはずの、知らないことばかりという思いだった。
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この『蜩ノ記(ひぐらしのき)』は、直木賞を受賞した作品だという。よくある側室がらみのお家騒動が発端。大義を貫く忠臣か、はたまた利権漁りの大奸物か。
主君から「藩譜」を仕上げるまで10年の期限を区切られ、完成とともに、すべてを腹に収めて従容として罪に服した戸田秋谷は、武の達人であり、また茶人としても聞こえた著名人だった。
汚名を晴らす機会もないまま終末を迎える戸田秋谷を惜しむ読者も多いだろう。わたしもそうだった。
しかし、すべての助命の機会を峻拒し、従容として死に臨む戸田秋谷の姿勢は、「言い訳無用」の『葉隠』の潔さに通じると思うのは、作者が九州人だからだろうか。
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監督が原作をどのように昇華させ得たか、いまから楽しみにしている。変に若者向けにアレンジしてほしくないな。単発酵の焼酎はいらない。
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映画の話題
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8月13日(火)
思い起こせば、映画は2011年の3.11以来です。大泉のシネマ・コンプレックスで、ジブリ作品『風立ちぬ』を観てきました。
話題になったジブリ作品はたいてい見ているつもりですが、前宣伝につられて、今度も期待していました。
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この映画をより理解するためには、戦前の歴史的知識があったほうがより楽しめます。したがって当然観客は中高年が多いようでした。
当時の世相や街の情景は相変わらず精密に描写されていました。がしかし、他の作品に比べて全体に省略が多いと思いました。
またアニメの自由さからか、ときに主人公が見る夢とストーリーの映像とが溶け合って、ストーリー展開がどうなっているのかよくわからない時もありました(たとえば避暑地のホテルでの、宿泊客のドイツ人と主人公との絡み。どこまでが主人公のイメージのなかでのことなのか、あるいは現実のことなのかといったような)。
どうやら、宮崎駿監督のこの映画にかける思い入れの故なのか。純文学や文芸作品に縁のないわたしは、この手の設定・再設定・展開・結びという構成のはっきりしないストーリー展開が、苦手なのです。
また主人公の声を担当した庵野某(CMにも登場していた人)の、どうにもたどたどしいせりふ回しが気になって、それにもだいぶ興をそがれました。
主人公堀越二郎と言えば、零戦の設計者として、わたしも記憶しています。したがって零戦の設計秘話的なストーリーも出てくるものと期待していたのですが、これは期待はずれでした。
長尺であったこともあり、見終ってもどこかすっきりしない感じで、見疲れが残りました。
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7月3日(水)
幼児保育に関連する事故が絶えない。つい先日もプールの溺水事故が報道されていた。詳しく読んだわけではないが、どうやら園児27人に対し引率は2人だったようだ。
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一度に27人が2人の先生に引率されて入水したのか、あるいは2人の先生が、複数回に分けて園児を順番に入水させたのかはわからなかったが、もしかりに全員を2人で入水させたのだとしたら、これはかなり危険な人数比だったと言わざるを得ない。
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一度に先生の目が届く範囲は10人以内だ。わたしが所属する水難学会では、着衣泳講習の人数比は10:1が限度とされている。それ以上では目が行き届かないからだ。
幼い子供は思いもかけない行動に出ることがあるので、一人一人の安全には常に目配りが必要なことは言うまでもない。
先生たちの指導方法に人数比という概念があったのだろうか。
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職人の世界に「捨て眼、捨て耳」という言葉がある。ベテラン職人は普段通り仕事をしている間にも、目の端や耳で周囲を観察していて、普通ではない何かの異常を感じ取るものだということだ。
報道に接する限りでは、人数比もさることながら、先生たちの経験不足もあったのではないかとの疑念が残る。
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先日、近くの公園での出来事。近所にある保育園の子どもたちが先生に連れられて遊びに来た。20数人はいたろうか。おとなは5人くらい。
やがて、少し離れた滑り台で孫娘たちを遊ばせていたわれわれのところに、ひとりの園児が仲間から離れてやってきた。孫娘に交じって滑り台によじ登ったりして遊び始めた。
先生たちを見やると、そのことに全く気が付いていない様子だった。事故を心配したわたしは、念のためかれらに近づいて「あそこでひとり遊んでいますからね」と声をかけた。
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これでは引率の人数比がいくら多くても、実際に気を配っている人が少ないわけで、「捨て眼、捨て耳」の心構えが先生たちに足りないことは一目瞭然だった。
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3月2日(金)
夕刊を見ていたら、なんとも懐かしいSFファンタジーの映画化の広告が掲載されていた。4/13(金)から3Dでロードショーが始まるディズニー映画『ジョン・カーター』だ。
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若いころ夢中になって読んだバローズの「火星シリーズ」の映画化だった。当時いつになったら映画化されるのだろうと夢を描いたことが思い出される。
ときは南北戦争時代。南軍騎兵大尉ジョン・カーターは戦場で気を失ってしまう。気が付くとそこはなんと火星(バルスーム)だった。
重力が地球よりも少なく、スーパーマンと化したジョンの剣技が冴えわたる。ヒロイック・ファンタジーの始まりだ。
バローズはこの「火星シリーズ」のほか「金星シリーズ」や地球内部の世界「ペルシダー・シリーズ」を書いている。
SFファンタジーの面白さに気が付いたのは、あれは確か「デューン(砂の惑星)」を読んでいる時だったか。次巻が出るのを待っているとき、本屋で期待せずに手に取ったのが、このシリーズだった。
アメリカンファンタジーは、ヒーローがいて常に美女がいる。ハワードの
「狂戦士コナン」シリーズなどもそう。この手のファンタジーは何も考えずにストーリーを楽しめるのがいい。
じつはさっき検索してプロモーション画像を見ていたところ。小説とはイメージがずいぶん違うらしいが、別物として鑑賞すれば面白そうだ。
このほか「ペリー・ローダン」シリーズなど、映画化しないかなと思える材料がアメリカにはたくさんあるので、これからも期待できるかな。
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3月10日(水)
きょう、60ウン回目の誕生日を迎えました。Samuel Ullman(ウルマン)の詩「青春は人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、(以下略)」ほどの決意があるわけではありませんが、好奇心だけは衰えないように心掛けています。
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ところで、ファンタジー好きのわたしはきのう、前から観たかった「ナル
ニア国物語」をやっと観に行ってきました。「第3章:アスラン王と魔法の島」です。
春休みということと、水曜日のレディスデーで、しかも3Dですから、映
画館は子どもと女性でいっぱいでした。
今回はぺバンシー家の下の兄妹、エドモンドとルーシーが主体。新しい趣
向としては、かれらに従兄のユーステスが絡みます。
黄金に目がくらんでドラゴンになってしまった性悪な従兄ユーステスが、リープチープのおかげで善良な心を取り戻した経緯、そのユーステスの決死の働きが悪の魔法を滅ぼすことになったのですから。
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物語の展開からは、原作者C.S.ルイスの頭にホメロスの「オデッセイ」
が下敷きにあったことがうかがえます。英雄オデュッセウスの息子テーレ
マコスが父を探す旅に出る、あの叙事詩ですね。
若きカスピアン王の遠征の旅に偶然邂逅したエドモンドとルーシー、ユー
ステスの冒険の数々。ストーリー全体はダラダラしていますが、それでも映像と音楽の良さがそれを救っています。こういう映画は楽しもうと思わなければ、損ですね。
それにしても、言われているように、ルーシー役のジョージー・ヘンリー
の、羽化寸前の女の子のハッとするしぐさが全開なのも、印象深かった。
画像出典:*Movie walker http://movie.walkerplus.com/mv45507/
公式HPからキャプチャー
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