阿蒙のつぶやき

精神満腹 。器量を広げたいと願うなら、目の前のことをとことん命がけでやることだ(鉄舟山岡鉄太郎)

エッセー・紀行

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マイベストメモリー12

10月27日(日)
【欧州小さい旅-英国コッツウォルド編
旅の終わり>
 
Cotswoldsを走り回っていると、Snowshill(スノウズィル)という、撮影に格好のロケ地を見つけた。
 
撮影に適した高いところが見つからないので、クルーは道路から1段高い民家の庭先の斜面に上がり込んで撮影をはじめた。
 
 「大丈夫かな〜」と心配していると、案の定家から人が飛び出してきた。
ガイド兼運転手のJ氏も一緒になって、一同平謝りに謝って事なきを得たが、図々しくなければよい絵柄は得られない、という制作者の経験則そのままの行動が、裏目に出た格好だった。
 
ブロードウェイの本線に戻ってコッツウォルドをしばらく走ると、最後の取材地 Stow on the Woldに到着。コッツウォルド辺の英国らしい地方都市を、と日本を出る前にリクエストして、リストに上がっていた町だ。
 
ここは古くから羊毛の大マーケットタウンとして発展してきた。市内を流れる川も、日本の急流と違って浅くゆったりとしている。
 
街角には赤い郵便ポストや木造の電話ボックスがあり、それらはいまも
現役だ。 
イメージ 1
=== 
 変貌著しい日本から来たわれわれに、フローよりストックの大切さを教えてくれているようだった。 
 
 
 
   
逞しい市民の表情(市内)
イメージ 2
 
 すべての取材を終えて、帰途遅い昼食を摂るために停まったのは、Blenheim Palace(ブレナム・パレス)というところだった。
 
 チャーチル家の墓所がある。せっかくだから見学させてもらい、そのあと近くのpubに入った。
 
 外観が白く、なんとWhite ouseと書いてあった。地元の人たちが何人かカウンターで屯っていた。
 
 食事の後休憩していると、カメラや三脚を持った東洋人の撮影クルーが珍しいらしく、話しかけてくる。
 
 かれらやパブの経営者(パブリカン)と一緒のところを写真に撮ったりして過ごした。
 
やがて、ヒースロー空港に向かって帰路についた。肩の荷が下りた気分に満ちて、車中熟睡したのは言うまでもない。
===
  帰国後、編集・MA作業を経て、本編は8月中に夏休み特集の「小さい旅欧州編」として無事OAされた。
 
 以上が、阿蒙のにわかプロデューサー体験記の顛末。今思えば、じつに得難い経験をさせてもらったものと感謝している。(終)
===
 
 
 
 

マイベストメモリー10

10月25日(金)
【欧州小さい旅-バルセロナ編】
 
バルセロナに入ったのは、そんな騒ぎのあった翌日。カメラマンの士気が落ちていないか心配だったが、米の飯を腹に収め、機嫌を直したかれの働きはさすがだった。精力的にビデオカメラを回す。
 
さいわい、バルセロナの取材対象は多く、忙しく動くうちに次第に元のチームワークの良さが戻ってきた。
 
オリンピックの前年で、さぞ市内は準備で雑然としているだろうと思っていたが、意外にそうでもなかった。
 
グエル公園内の修復工事のための立ち入り禁止区域と、港近くのコロンブス像の周辺の工事用フェンスが目につくくらい。
 
メイン会場となるモンジュイックの丘にも、それほど工事らしいものは見かけなかった。1964年の東京オリンピックを基準に考えてはいけなかったようだ。
 
イメージ 2
バカンス期間に入ったからだろうか、
ミラ邸前の交差点に佇んで、しばらく様子を
眺めていた。
 
老警官がひとり、暑い陽射しのなか横断歩道を渡っていく。
 
急ぐわけでもなくゆっくりと足を運ぶ。
途中で立ち止まって左右を見まわしたり、なんとものんびりした所作が印象に残った。 
 
ランブラス通りに入る。この大通りはさすがに観光スポットだけに、様々な観光客が行き交い、活気に溢れていた。極め付きは何と言ってもサンホセ公設市場。(詳細は元エントリーに譲る)
 
 
===
街の風景*街角の新聞販売店(日刊紙el Periódico中道・左派系紙)若者がいない。
イメージ 3
 
*サンホセ市場の八百屋の店頭(陳列は男性の役目)
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

マイベストメモリー9

10月24日(木)-2
【欧州小さい旅-コート・ダジュール編
 
翌日あらためてニースの海岸線を取材したあと、今度はニースの東、モナコ方向にある鷲の巣村のひとつエズを訪ねた。
 
 山の頂上まで細い道に沿って家々が重なるように続く。上のほうは霧がかかっていた。
 
村の入り口から山頂まで、撮影の機会がどこにあるかわからないので、クルーは重たい三脚やビデオ機材を担いで、喘ぎ喘ぎ登って行った。南欧の暑い日差しにあぶられて、クルーにも疲れが隠せない。
 
  実際、ちょっとしたトラブルも起きた。クルーのカメラマンが、米の飯を食わないと動けないと言い出したらしかった。
 
 出発前に聞いていたのは、かれは海外取材経験が多いという触れ込みだったので、驚くとともになんだかなあの思いを抑えきれなかった。
 
どうやらかれの疲労がピークに達したらしく、抑制が効かなくなってしまったようだ。しかし、カメラマンが動けなければ仕事は始まらない。
 
 事情を知っているディレクターが気を利かせて、晩飯ではかれをチャイニーズレストランへ連れて行った。
 
===
村の入り口から山上を見上げる
 
イメージ 1
 
ガイド(右)の後ろ、ガラス工房のピクトグラフ看板が面白い
イメージ 2
 

マイベストメモリー8

10月24日(木)−1
【欧州小さい旅-コート・ダジュール編
 
  南仏コート・ダジュールの意味は紺碧海岸。地中海沿いの長〜い南フランスの海岸線を、2日間で3都市の強行取材を敢行した。寒い地域から降りてきたので、暑くてたまらない。
 
  ニースを調査取材したあと、西のカンヌ方向にあるカーニュ・シュル・メールに向かう。目的地はルノワールが晩年を過ごした記念館。
 
昼食に立ち寄ったオ・ド・カーニュは、かつてイスラム海賊に襲われることを避けて山上に作られた、鷲の巣村のひとつ。家並も人の表情も鄙びた感じで心地よい。
 
===
ルノワールの出生証明書
イメージ 1
ルノワール記念館(カーニュ)市長の出迎えを受ける
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

マイベストメモリー7

10月23日(水)-1
【欧州小さい旅-ジュネーブ編】
 
  レマン湖のほとりに国連機関が集中するジュネーブ。
 
 ほんとうは1日でも日程にゆとりがあれば、もうすこし突っ込んだ取材ができたかもしれない。
 
フランス語圏のガイドさんからもいろいろアドバイスをもらったし、ルソー島くらいは立ち寄ってみたかったが、叶わなかった。
 
それはのちの機会に譲ることとし、ジュネーブを後にした。(詳細は元エントリーに)
 
===
 
建物壁面の日時計
イメージ 1
レマン湖大噴水の根元まで近づく
イメージ 2
  
 
 

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