心のかけ込み寺 庵 妃慧のブログ

私は今”世界遺産”で脚光を浴びている「熊野古道」をふる里にして生まれた、占い師です。

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皆さん、お久しぶりです。
毎日うだる様な暑さですね〜。
暫く御無沙汰しておりましたので、もう誰にも相手にしてもらえない…と思いつつ萎れていましたら、今日「ハイライトの知らせがあり、尋ねてくれている方が増えているのです??
申し訳なくって、ご免なさいね。
お尋ねいただいて有り難うございます。
今年は「運期が悪い」ので無く、エネルギーが低い年の更に低い月になりつつありまして、青息吐息なのです。

春から始まりました「TABICA=たびか(まち歩き)」
https://tabica.jp/travels/1113
の方も御陰様で好評の中13回目を迎えました。
自慢出来る事は、12回の内に一度も雨に出会っていない!という自負です。

10月からは、新企画で頑張ろうと現在『申請中』です。
3ヶ月間(年末迄)『占いの基礎勉強』を提供しようと考えて今は裏方で必死に教材を作っております。
そう云う訳で、忙しい目をしていて頭と身体がチグハグになり時々
《バテ》ています。

そう云う時に、凄く活気づけられる《懐かしーい!》写真を娘からみせられたのです。

前置きが長くなりましたが、これからも頑張りますのでご贔屓に…。

::::::::::::::::::::::::::::::

『お母さん、此の写真知っている。紀和町の写真だってよ』
「わーっ!懐かしい。此の写真は知らなかったけれど、この巡業の時は観に行ってたよ。そしてね、トラックに乗ってお相撲さん達が帰るのを手を振って見送った想い出がある」

イメージ 1
http://blog.murablo.jp/kiwafurusato/kiji/343544.html
紀和町のブログアドレスです。(お写真おかりしました)

「何処から探したの?この人“横綱の鏡里”さんだよ。まだ何人か?大人の人達が名前云ってたけれど…。“大内山さん”と言う人も居たよ」
『私ね、なにか?紀和町の想い出になるモノがないか?探していたのよ。その中に出て来たよ』

「紀和町の時でなく、三重県南牟婁郡入鹿村の時代だよ。紀和町になったのは昭和30年だからね。此の写真は昭和26年10月とあるからね。現在は三重県熊野市紀和町になってしまっている。懐かしいねー。此の写真を見て当時を思い出す人も少ないだろうね。」
『おかあさん、喜んでくれてよかった!』

「横綱鏡里さんわね、凄く肌が綺麗だって大人の人が驚いていたよ。
鏡餅みたいだって…。相撲とりの名前を一番最初に覚えたのは、この人だったよ。私の著書にもイギリス兵の捕虜の事を書いているけど、お相撲さんの事を書いたのはこの写真の事なのだよ。誰かと当時を語りたいね。あの時の巡業を観た人いるかな〜」

久しぶりに活気が沸き起こった。

何が懐かしいかって、此の写真が存在していた事は、2000年に出版した【生き永らえて…】の著書の中の話が立証された事も嬉しい。

万が一、同じ空間であの時を過ごした人が存在していたら連絡して欲しい。
私ももう少し頑張ってみよう!!
そんな気持ちになった夜でした。

ありがとう!


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