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12月8日、太平洋戦争開戦の日にちなんだブログ記事をいくつか拝読した。
それらの中で、戦争の犠牲となった人たちを「英霊」と呼び あの戦争をあまりにも無邪気に美化している記事を多く見かけ そのたびに「結局、この国民にしてこの政府ありということなのか」と気が滅入る思いがした。 「英霊」 使い方によってはなんと抽象的で軽くていかがわしい言葉なのだろう。 戦争で犠牲になった方々は、果たして「英霊」という言葉で 死後も軽々しく扱われることにどのような思いを抱いているのだろうか。 「英霊」という言葉を用いている人の文章を読んでいると
おそらく「国のために命を投げ打つという崇高な行為を行った人」という思いが込められているのだと思う。 そもそも、その前提は正しいのだろうか。 日清・日露の戦争に限ってはそうかもしれない。 日清戦争はロシアの南下政策に対する脅威に対して朝鮮半島を影響下に置くことで 自国本土の安泰を図るという目的(国家戦略)があった。 日露戦争はその延長線上にあり、満州を勢力下におさめ さらに南下政策を進めるロシアの脅威から朝鮮半島の権益を防衛するという目的(国家戦略)があった。 いずれも、戦略目的を達成するためのやむにやまれぬ戦争という考えが成り立ち、
そして日本は勝利と言う形で目標を達成した。 ということは、それらの戦争で犠牲になった将兵達の努力は報われたのであり、 彼等の犠牲には意味があったといえるだろう。 それにくらべて、15年戦争はどうだろう。
満州事変については、石原莞爾という一軍人の個人的な思想ながら、かろうじて「戦略」と呼べるものがあった。 だが、その後の日中戦争(支那事変)及び太平洋戦争については、明確な国家戦略どころか戦争計画すらなかったのだ。 日中戦争では本来の戦略目的に備えた対ロシア用の軍備を食いつぶすという本末転倒を絵に描いたような 不毛な泥沼戦を戦うハメになった。 そして、立て続いた外交戦略の不手際で開戦に追い込まれた太平洋戦争に至っては、 当時の連合艦隊司令長官 山本五十六による「短期決戦案」に基づくハワイ真珠湾への奇襲攻撃に始まり 石油等の資源確保を目的とした南方作戦までは「第一弾作戦」として綿密に計画されたが、 その後計画された第二段作戦についてはいかにも「泥縄的」(※)で、真面目に戦争をする気があったのか疑わしく思えるくらいだ。 (※): 第二段作戦として「米豪遮断作戦」が立案・実施された。 国家戦略なき戦争。
国力の開きから短期戦しか戦える体力がないと分かっていたにも関わらず 早期講和への糸口すら見つけられなかった政府。 日露の戦勝に驕り、近代戦というものをまったく理解していなかった軍部。 補給の軽視、生命線であるはずのシーレーン防衛の軽視。
戦術上もっとも忌避される所要に満たぬ兵力の逐次投入。 南海の孤島で、熱帯の密林で、 武器弾薬どころか、水や食料の補給さえ満足に受けられず 連合軍の圧倒的火力の前に次々と犠牲になった将兵達の死に、一体どんな意味があったのだろうか。 「国家の命令に従い、命を投げ打つことに意味がある」ということを全面否定はしない。 先述した日清・日露の両戦役のような場合だ。 ただし、 「お前等、とりあえずそこいらで首でも吊って死ね」というようなことを強要され それで命を絶った(あるいは絶たれた)場合はどうか。 極論のように聞こえるかもしれないが、15年戦争はそれくらい理解しがたい 意味不明の戦争だったのだ。 「ハルノートのようなものを突きつけられたら、どんな国だって戦争を選ぶ」 それはそうかも知れない。 だが、そのひと言だけをもって思考停止してしまって良いのだろうか。
「ハルノート」を突きつけられるまでの経緯についてはどうか。
本当に外交上もそうなる道しかなかったのか。 アメリカが腹を立てていたのは日本による中国市場の独占だった。
であれば、例えば満州(国)でのアメリカの権益を保証し、資本の導入を図れば それだけでも事態は大きく変わっていたはずだ。 (もちろん、外交的に追い詰められる前でないと意味はないが) その後、大陸のみならず太平洋での権限についての交渉を粘り強く行い
何某かの協定を結んでしまえれば、日米同盟成立の可能性だった皆無ではない。 #色々と難問は山積みだが、ソビエトの南下政策や共産主義勢力拡大に対抗する点等、 #利害が一致する部分は必ず見つけられたはず つまり、「ハルノート」にしてもお粗末な外交戦略の失敗が招いた自業自得の事態だと考えられる。 敵を知らず、身の程も知らず 肥大した自尊心と根拠のない自信がまねいた破滅。 同じ過ちを二度とおこさぬよう、 しっかりと原因を追究し反省すべき点を洗い出す。 そして、次代にしっかりと伝えていく。 そういうプロセスが大切になってくると思われる。 しかしながら、 肝心の教育では近代史はほとんど駆け足で通り抜けるだけ。 ここ最近の歴史の中で、日本人にとり一番大きな苦難を味わった時代の検証も総括も おざなりにされているのが現状だ。 実際、過去の過ちを穿り返すのは辛い作業である。 無くなった方々が「実は犬死だった」なんて、これほど辛い確認作業があるだろうか。 だから、手っ取り早く犠牲者を「英霊」と祭り上げ、拝み続けるほうが楽なのだ。 「辛かったね、国のため、僕らのためにありがとう♪」(ちゃんちゃん!) 誠実を装い、美しさを装い、 背景にどのような事情があったのか、死ぬことに意味はあったのか そこから、今の時代のどのようにつながっているのか 肝心な部分には一切踏みこまず、表面だけの薄っぺらい言葉で全てを「良し」と片付ける。 これ以上無責任かつ、いかがわしい行為があるだろうか。 彼等は、国の無策、軍部の無能という「人災」のため命を落とした犠牲者だ。 残された我々がやるべきことは、そのような犠牲を出すに至った原因を調査し 理解し納得し、同じ過ちを繰返さないための教訓として厳粛に受け止めていくことだけだと思う。 「英霊」という言葉に酔い、自己陶酔の中でうやむやに片付けてしまうのはただの自慰行為でしかないのだ。 「英霊」など存在しない。
そこにあるのは防げ得た人災による無意味な死のみ。 ただ、それだけだ。
注記: 「英霊」という言葉を否定したからといって、 |

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