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VENT DU SUD −南風−
Pierre. ROQUES
2月、他の多くのサイクリスト同様、Godefroyも平地ばかりを走っていた。 冬の間、全く峠へ行っていないわけではなかった。 体力維持のため、ピレネーの麓には時々行っていたし、そんな時には、舗装が途切れた道でも、歩けそうならウォーキングシューズに履き替えて進んだりしていた。
しかし、こと2月に関しては、サドルが壊れ、その修復に時間をとられていて、峠の方へは足が向かなかった。 ただ、これはシーズンの走り始めのつらさに対する口実に過ぎないことを自分自身でもよく判っていた。 だから、そろそろ重い腰をあげて、トレーニングの舞台を峠へ戻さねばと思い始めていた。
では手始めにどこへ行こうか? もちろんピレネーの峠だが、例年通り最初はあまり厳しくないAres峠や、Portet-d'Aspet峠、... そうだ、Portet-d'Aspet峠なんか手頃ではないかな。 多くのチャンピオンがそこで足をつくのを見てきたが、でも自分のマシンは28x26まであるから、足を付かずに何とかいけるだろうなどと思いめぐらせた。
もう少し暖かい3月下旬か4月上旬だったら、Peyresourde峠と、頂上付近が雪を被って冬季閉鎖となっているAspin峠は、自転車には良い練習場所になるはずだ。 そのほか、実力をわきまえずに行ってみたいというだけなら、近所の人気峠、トゥルマレ峠とオービスク峠があるが、残念ながら6月まで通行止めだ。
でも、時期に応じたお勧めの峠というような型通りの選び方は、今年に限っては通用しないかもしれない。 2月初旬の満月以降の8日間、例年のこの時期ならあまり無いような南風、つまりスペイン側からの風が、N??thou峰やSierra Encantats峰方面から地鳴りのように吹いている。 その熱い息はピレネーの高原を一舐めし、アラン谷やMent??峠に密生するモミの木の枝々を揺さぶる。
そう言えばMent??峠(*1)、ツールのルートとして今年から使用されることが決まっていて、今後選手達にその名を覚えられるのは間違いない! さらにここは、Godefroyにとっては古いなじみでもあり、その時は、森の中の荒れた道が途切れてしまって、羊の運搬道を通って登ったのだった。 しかし今、その道は舗装され拡張されている。 スキーリゾートとリフトが建設され、この新しいスポーツを楽しもうと休日に大挙して人が押し寄せるのが恒例となっていた。 ただ今年、この8日間に南風が吹き荒れたおかげで、雪が融けてスキーができなくなり、舗装路もむき出しになってしまっていた。
(*1)註: 1966年のツール・ド・フランスの第11ステージから組み込まれたようです
この年のステージ優勝はJoaqu??n Galera
Godefroyは、この状況が自転車にとっては逆に好都合であることに気づき、また気づいた事にうれしくなるあまり、昨年まで続けてきた段階的に負荷を増やしていくやり方をすっかり忘れて、いきなりMent??峠の南西面を攻めることにした。
彼は、家があるイベリアから十数キロメートルのあたりから、ガロンヌ川に沿って走った。 Ment??峠への入り口のSaint-B??atの街(*2)を過ぎると、突然始まる坂、ローマ時代の遺跡(*3)でもある大理石運搬道との格闘が始まった。
(*2) 註: 3番目の画像はネットから借りてきたSaint-B??atの街とガロンヌ川の風景です。
(*3) 註: 4番目の画像の左側です。
すぐさま、28x26にチェンジ。 笑われるかもしれないが、段階的に体を作り込んではいない今年のGodefroyは、人からどう思われるかを気にする余裕はなかった。 暑かった。 とても暑かった。 足が重くなり、息が小刻みになってきた。 汗の滴が小鼻をくすぐり、したたり落ちる。 自転車の進みが鈍く感じられる。 ハンドルバーが遠すぎる。 サドルが低い。 チェーンがキシキシ言う。 右側のトゥークリップが大きすぎて足先が奥にぶつかってしまう。 Godefroyは苦しさを紛らわせるため、そこかしこに八つ当たりを始めた。 20年も自転車に乗ってきたのに、なんという体力の無さか! マシンにしたって、フレキシブルだと? これは便利なことなのか? 全てこの言葉で片付ければ良いと思いやがって。 Ment??峠? こいつ、険しくて、言いようのない悪い道、坂が緩まって一息つけるような所もない。 2台の森林トラックの悪臭、熱した油とディーゼルと一酸化炭素の臭いを放ち、さらに苦しめやがる。 こいつが来ると悪い空気を吸わないようにしようとして、呼吸のリズムが崩れてペースが維持できない。
とても長く感じられる苦闘の末、ようやくBoutx村まで来た。 Boutxの噴水がある村だ。 だが、今はここには用は無い。 すこしくらい休憩してもいいじゃない?と、花々が心地よい音をたて、囁き、語りかける。 しかし、そんな誘惑を払いのけ、村の奥にある見上げるような連続の切り返しの攻略にとりかかった。
無心だった。 最後の頑張りだった。 一時間後には、モミの木が密生(*4)するところ、峠まで残り数キロメートルの場所に届いていた。 そこまで来ると、もうそれほど苦労はない。 道の途中に残っている雪が邪魔する程度だ。 春の到来を確信したクロウタドリのように、Godefroyは快適さを楽しんでいた。 ハンドルバーは丁度よい距離だし、サドルの高さも申し分なかった。 つま先はぴったりとトゥークリップにフィットし、チェーンも静かだった。 Godefroyは時計を見て、かつて来た時よりは時間がたっていないことに気づいた。 もう峠か。 建設された新しい舗装路は、Godefroyの自己記録を短縮させただけでなく、峠を越えてスキーリゾートまで延びていた。 Godefroyは止まることなく、そのまま峠の先へ入った。
(*4)註: 4番目の画像の右側です。
山の頂上でわずかに人の声がする。 彼は自転車を大きな木に立てかけ、静かにスエットスーツを置いた。 スキー場には誰もいない。 リフトは止まったまま。 黒い塔が空に向かって不必要に立っているだけだ。 いつもなら雑踏と化してる場所が、不思議な静寂に包まれている。 Godefroyは、大きなオレンジ色の鞄をもって、乾いた草の上に座った。 そして、この静寂をくれた南風、それが時折山の奥で鳴るのをしばらくの間楽しんだ。
[おわり]
作者のPierre ROQUESについて、Wikipedia(fr)で調べてみました。
--- ここから、WikiPediaの内容 --------------
1932年生まれ。
ミロワール・ド・シクリズムのシクロツーリズムコラムを担当した一人。
パスハンティング、あるいは山サイ(randonn??es montagnardes)を、生まれ故郷のピレネーで実践・啓蒙した。
彼のコラムは、彼の分身であるGodefroyの冒険物語としても知られる。 全身の力を振り絞り、全ての毛穴から汗を噴出させながら、一人でヒルクライムする。 ただ、登りきった峠(summit)とそこから見える地平線のために。 読む人を引きこまないではおかないこれらの描写は、1976年出版の「Du soleil dans mes rayons」(*5)にまとめられている。
(*5)註: 直訳すると「スポークのきらめき」です。(クサイ訳ですみません。何か良い訳がないですかね。)
1971年5月号に寄せた、ランドナーの目を通してみた自然の個人写真が、彼の本コラムへの最後の記事である。
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これ以上の訳は無いと思いますよ!
今度使って良いですか?『スポークのきらめき』♪ ゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
2009/4/24(金) 午後 10:59
ちゅーやんさん アグネスチャンの「草原のかがやき」を連想してしまって。 でも時代はあってますけどね。
[ AncienneBicyclette ]
2009/4/24(金) 午後 11:17
「無心だった・・」凄く、引き寄せられる言葉ですね。僕もツーリングレポートを書くんですけど、なかなかそういう言葉が出てこないです。今日もシビレました。
2009/4/24(金) 午後 11:33
katoさんもよかったら、今度使ってください。
[ AncienneBicyclette ]
2009/4/24(金) 午後 11:57
峠登り途中の心と体の葛藤、苦しさをマシンのせいにする わかるな〜 峠頂上に着いた瞬間の達成感のために又峠に上る 行きたくなりました! どこにしよう? あっ!まだダメだ、腰が治るまで。
「スポークのきらめき」goodですよ!
2009/4/25(土) 午前 9:14
あきぼーさん 私らはなぜ辛い思いをして登るのに、また行きたくなるんでしょうね?(登山も同じですけどね) 不思議ですね。 いわゆるMなんでしょうか?
[ AncienneBicyclette ]
2009/4/25(土) 午前 10:00
素晴らしい名訳ですね。
2009/4/26(日) 午前 1:47
日本画野郎さん ご訪問ありがとうございます。
とんでもないです。 とても名訳なんて事はないです。 場所や時代が違っても、気持ちが伝わる内容である事に助けられています。
[ AncienneBicyclette ]
2009/4/26(日) 午後 5:30
熱い吐息とサイクリストの葛藤、、、
リアルに伝わってきますね!
[ velovelobar ]
2009/4/27(月) 午後 2:22
veloさん みなさん。 長い文字列を読んでいただきありがとうございます。
[ AncienneBicyclette ]
2009/4/27(月) 午後 9:07