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ミロワール・ド・シクリズムのシクロツーリズムコラム、1969年5月 No114号のつづきです。
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[つづき]
それは、
オスキッシュ峠、オービスク峠、スロール峠、トゥルマレ峠、アスパン峠、およびペルスールド峠を通って、
実に325kmを28時間以内に走りきるというものだ。
この権威ある、そして壮絶なルートは、
Thys、Alavoine、Christophe、Bottechiaなどの伝説のチャンピオン、
彼等ツールドフランスのヒーロー達の女王ステージだった。 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e7/Eug%C3%A8ne_Christophe.jpg/220px-Eug%C3%A8ne_Christophe.jpg
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d9/Bottecchia1920s.jpg/220px-Bottecchia1920s.jpg
(※ 左から、Philippe Thys, Jean Alavoine, Eugene Christophe. Ottavio Bottecchia )
私たちは、この大会を支えてきたシクロツーリストたち(1)に敬意を表し、
伝統あるこの企画がずっと引き継がれる事を期待しつつ、
今年、ランドナーの集団になってバイヨンヌを土曜の夕方16時に発ち、 カンボ、
サン・ジャン・ピエ・ド・ポル、
コースの最初の峠であるオスキッシュ峠、
と、控えめだが夕暮れ時に目立つようないでたちで走った。
(1) そして、Henri Duffaure、数年前に亡くなったこのBayon人に。
タルデの村、このシーズンオフで静かな村を目指す頃、照明を灯した。 幾人かは最新の電池式ライト、他の人はクラシックなダイナモだ。(2)
(2) 伴走車はもちろん禁止されている。 足元には、
夜の冷気に備えて、またモントリーの荒れた坂から足を守るために、
オーバースーツやスパッツをつけた。 オロロンは、シネマが終わる時間に通過。
(その時間には就寝する善良な人々にとって、なんと非常識な集団だったろう!)
そしてその先は長い坂、ラランスとオービスク峠の最初のつづら折れへ
曲がりくねって、しかもずっと続いている。 さあ、ここからだ。
小さい方のチェーンリングにかかったチェーンを、
時々、グレットとその上の峠を照らし出す高貴な月明かりのもと、この"ツール"があたかも永遠のレースであるかのように夜通し回し続けている。
(※ グレットは、オービスク峠の手前にあるウインタースポーツリゾート。)
その甲斐あって、夜明けにはトゥルマレ峠の麓、アルジェレスに着いた。
だが、危険な時間にさしかかってきていた。
その日は寒く、また眠気に襲われてきた私には、
朝の日が当たらないリュスとバレージュへの道は、意地悪く険しかった。
私たちは日陰の登りを必死に頑張って攻め続け、
ついに、暖かい日差しが、ガンビアの橋とその峠の最後のヘアピンが横たわる頁岩斜面を
包み込む所まで到達した。 トゥルマレ峠は無事攻略した。
でもまだ終わりではない。
暗い松林の凹んだ部分のアスパン峠をこなすと、
ペルスールド峠はその向こうだ。
一番上のダムの奥、
峠の窪みに向かって牧草地の中をうねっているだらだらと長い登り坂は
こいでもこいでも終わらない。。。
永遠に続くのか?この坂は?
こう思った頃に着いたようだった。とても緩やかな峠だったので、
既に一番軽いギアを使っていはいたが、
さらに先に備えて、フロントバッグの底で探し当てた最後の砂糖だかチョコレートだかの欠片を
口に入れたりしていて、あやうく気づかないところだった。
最後は下るだけ。
リュションのエティニー通りまでは、もうずっとフリーウエーだ。
このツールのゴールに我々を導き、それを見届けてくれたのは、
そんな事には無関心な、ただ街を行きかうだけの人々だった。 完走を認めるオフィシャルスタンプと力強いサインは、
少ししわになって、少し汚れてしまったルート表をバイヨンヌクラブの主催者に提出すれば、
そこにしたためてもらえる。さらに、感動のメダルが授与された。
まあ、これには多少の出費が必要なのだが、
シクロツーリストなら、tapponeと真剣に向かい合うことができ、 そしてそれを克服できた証としてこのメダルを受け取るのだから、
細かい事は言いっこなしだ。 スポーツの取り組み方は人それぞれだろう。
そしてこれもその中の一つなのだ。 おわり
著者による追記: <バイヨンヌ−リュション>に参加したい人は、
Piguet氏 , Villa Guernika, quartier du Port, 64 Mouguerre
に、必要事項を記入して申し込めばよい。 なお、自分の住所を記載し、切手を貼った封筒を同封する事。
[ここまで]
今回は、一段と難しかったです。
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おはようございます!
毎朝電車の中で記事を読んでいます〜!
世界有数の峠325kmを28時間以内に走りきる・・・
凄すぎます!
しかも、伴走もなしとは・・・無茶なきがします。
でもその無茶さが人々を魅了するんでしょうね〜!
[ ride a bicycle ]
2011/6/3(金) 午前 8:07
この道を325kmを28時間以内だなんて・・・(^^;)
しかも〜山道を夜にスタート!!!!
ダイナモで明かりを照らして走る〜〜
地図を見ただけで×です。
ただ凄いの一言〜〜お見事です☆ポチッ
[ ユンカー☆ ]
2011/6/3(金) 午後 0:59
rideさん
ありがとございます〜。(って私が走ったわけじゃないけど。笑)
昔も今も、過酷なコースを走りきる事に充実感を求める人はいるんですね。
[ AncienneBicyclette ]
2011/6/3(金) 午後 9:00
ユンカーさん
もしかして、私が走ったと誤解していただいてます〜?(んなこたぁないか。)
このコラムを書いた人も、M的な事が好きだったんでしょうね〜。
[ AncienneBicyclette ]
2011/6/3(金) 午後 9:07
凄いルートですねェ!
昔の伝説のヒーローたちは、どうみても変速機がなさそうな自転車でここを制覇していたのですね・・驚きです!
これに敬意を表して走られるのも凄いと思いますね(^o^;
ボテッキアさんはあのボテッキアさんでしょうか!?
[ アッキー ]
2011/6/6(月) 午後 7:54
アッキーさん
ツールは1930年代半ばまで、変速機禁止だったようですね。
でも昔のフランス人も、有名なコースはこの目で見てみたかったんですね。 けっこうミーハー!
オッタビオ・ボッテッキアさんですよん。
[ AncienneBicyclette ]
2011/6/6(月) 午後 11:47