日記
お由羅騒動
2月2日(1851年3月4日)幕府の命により薩摩藩主・島津斉興が隠居し、斉彬が藩主に就任した。このお家騒動をお由羅騒動(おゆらそうどう)という。
藩主・島津斉興の後継者として側室の子・島津久光を藩主にしようとする一派と、嫡子島津斉彬の藩主襲封を願う家臣の対立によって起こされた。
お由羅の方は、江戸の町娘から島津斉興の側室となった。彼女が息子・久光の藩主襲着を謀り、正室出生の斉彬廃嫡を目したことが事件の原因とされている。
斉興は祖父・重豪の影響が強い斉彬を嫌っており、家老・調所広郷などの重臣が久光後継者にと望んでいたとされる。
久光は、文政元年(1818年)に種子島家の養子となったが、斉興の心変わりにより種子島家との養子縁組を解消し、島津一門家筆頭の重富島津家へ養子に入ることとなった。
斉彬は、薩摩藩
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